孤独!色々納得いかない朝!
その日、レンレンは、もはや見慣れた深山の家の一室で、朝の目覚めと共に大変驚いていた。
ひとつに――。
何故自分は真っ裸で布団に横たわっているのだろう?
次に――。
何故自分の横には、パジャマ姿の歩夢が寝息を立てて寝ているのだろう?
昨日の早食い大会の後。
源九浪のおばちゃんと意気投合してトコトン呑みまくったまでは覚えている。
何やら取り留めのない話題の、何もかにもが楽しくなって、ゲンクローズや風小を巻き込んで、大騒ぎした記憶。
その後の、源九浪を出た記憶と、深山の家に帰った記憶。
それら一切が――。
無い。
思い出せない。
まぁ、酒を飲んだ後に記憶が無いと言うこと自体は、今に始まったことでは無かったので、それに関しては大して驚きは無かったが――。
「まあ――、ガキに手を出すような事は――。まさかねぇ」
そう言って上半身を起こすと、大きくひとつ伸びをする。
「私はお止めしたのデスけれどもねぇ」
不意に聞こえた背後からの声に、ギョッとして振り返る。
そこには、思慮深そうに目を閉じて、腕を組んだ風小が立っており、レンレンを見下ろしている。
「何が――。あったの?」
レンレンが問いただす。
「知りませんデス」
「風小!」
尚もレンレンが問い詰めると、風小は拗ねたような視線をレンレンに向ける。
「ホントに知りませんデスよ!海の家で大騒ぎした後で、私に歩夢さんを運ばせて、帰って来るなり勝手に真っパになったのです!あまつさえ、眠っている歩夢さんの寝室に躍り込み!一緒に寝るんだと拉致してしまったのですよ!その後の事は知りませんです!」
知らないという割にはよく知っていた。
「なんで止めないのよん!」
「言いましたデスよ!私はお止め致しましたのデス!」
そう言って風小はしゃがみ込むと、自分の頭のてっぺんを、レンレンにこれを見よとばかりに突き出した。
其処は、風小が竜宮町に着いた当日に源九浪のおばちゃんにゲンコツで打たれたところらしかった。
「あらー」
物の見事に巨大なタンコブになっており、膨れ上がった地肌が、髪の隙間からかなりむき出して、心なしか赤紫色に変色しているようにも見える。
「随分とまあ、派手にふくれたわねん。いたそー」
レンレンがそう言いながらコブに触れようとすると、風小はその手を払い、頭を庇うようにして離れ、憤怒の形相でレンレンを睨みつけた。
「最初は、この半分も膨れ上がっていなかったのデス!」
「およ?」
なんとなく察しがついたがとぼけてみる。
「私は止めましたのデス!なのに、そしたら、レンレンさんが、私をヘッド・ロックしてぼこぼこと!」
「あいたたたたたたた」
共感性痛覚。
レンレンが思わず耳を押さえる。
「おはよう!ネモ!」
歩夢が起き上がり、レンレンの耳栓も役に立たないほどの元気声で挨拶した。
「楽しかったな!昨日!」
「およ?」
意味深な歩夢の言葉を勘繰って、思わずレンレンが顔を赤らめる。
「今日は、ラジオ体操行ってご飯食べたら、ハリガネに付き合わなくっちゃならないんだ!だから、午前中はダメだ!案内できないぞ!」
「ハリガネに付き合う?」
レンレンが問いただそうとした時、風小が立ち上がり先に口を開いた。
「あっ、そうデスよ、歩夢さん!早くしないとラヂオ体操に間に合いませんデスよ!早く着替えて、一緒に参りましょうデス!」
「ちょっとまちなさいよん!」
今度は、風小にレンレンの物言いが入る。
「何で、あんたやる気満々なのよん!なんで?大体なんで突然ラジオ体操なのよん!」
歩夢と風小がきょとんとした顔でレンレンを見た。
「ネモ、風小は来た次の日からちゃんと俺と一緒にラジオ体操出てるぞ?」
「え?」
レンレンが風小に、歩夢の言っている事は間違いないか目で確認する。
「はい!そうデスよ?歩夢さんのおばあさんがラジオ体操にはちゃんと出るものだからと。そう言うものだからとおっしゃったので、私、キチンと参加させていただいておりますデスよ」
「ババアが?」
「今日はネモも行くか?」
寝床から飛び起き、風小と並んで歩夢が言った。
「何をいまさら」
「だって、ネモ、最初の日は朝早く居なくなっちゃったし――」
歩夢が、寂しげにそう言って口ごもると、風小が続けた。
「昨日は私が起こしに来ても、起きて下さらなかったじゃないデスかあ!」
「があー!うっさい!うっさい!」
なんだか仲間はずれの理由が微妙に腹立たしい。
「勝手に行って来なさいよん!私はやることがいっーぱいあっていそがしいのよん!」
レンレンはそう言うと、またごろりと寝転んでしまった。
「行きましょう、歩夢さん。本当に遅れてしまいますデスよ!」
風小がそう言って歩夢の手を引くと、歩夢は力無く「うん」と答えて風小に従う。
そして、一旦廊下に出て、見えなくなったかと思うと、小走りに一人で戻って来て、寝転がるレンレンの枕もとに立った。
「?」
「ネモ!お酒、飲みすぎちゃダメだぞ!」
そう言って再び、急いで風小の後を追いかけて行ってしまった。
レンレンは寝転がったまま大きく一つ伸びをすると、ほんの数秒、けだるい脱力感に身を任せ、ぼんやりと歩夢の言葉を反芻した。
廊下側の障子戸を通し、柔らかな暁光が、漂うように部屋に注がれる中――。
厳つく古めかしい柱時計が時を刻む振り子の音が、まるで、違う空間から聞こえてくるようにはっきりと聞こえる。
ゆるゆるとした時間。
「『お酒、飲みすぎちゃダメだぞ』。か――」
「うー~!」と唸ってだるそうに立ち上がる。
「余計なお世話よん」
そう言ったレンレンの口元は、なぜか微かに笑っていた。
ふと、下を見ると。
枕もとに赤と蒼の朝顔の柄が入った浴衣が用意してあるのが目にとまる。
廊下からは朝食の湯気の香りが漂って来ていた。




