片鱗!なにやらキナ臭い!
「はははははははは」
そんな二人を見て満足げに笑いながら生川が続ける。
「つい先日、あの病院の退魔行はもう完了しておりますよ、美しい娘さん方。いやいや、今回は、あまりに意外に次ぐ意外な展開に、スタッフ達がすっかり怖気づきましてな。少々しんどうございました」
「わー!聞きたい!聞きたい!」
キッコが目を輝かせてせがむと、美土里もこくこくと首を縦に振って同意する。
「申し訳ない。下衆な話で悪いのですが、色々と大人の事情と言うものが有りましてな」
生川がそう言ってにやりと笑う。
「来週の水曜日。またあの番組の中でそのときの模様が放送されるはずですから、お楽しみに!と、言うことで勘弁していただけませんか?」
生川がそう言うと、二人は「あ~ん」と残念そうな声を上げて、お互いを慰めるような視線で顔を見合わせた。
「それじゃあ、えーと――」
キッコが少し考え込む。
ふと、生川の脇でソファーに鎮座する和装の人形、タルトと目が合った。
何かを語りかけるような視線と心なし微笑むような口元。
瞬きもせず真っ直ぐにこちらを見る透明で黒目がちなドール・アイの視線に、何か物凄いプレッシャーを感じて慌てて目を外す。
外した先に――、襖の墨絵があった。
「あのう――」
ちょっと躊躇しながらキッコが口を開く。
「あのー、おまつりの日。何をやるんですか?」
キッコがそう尋ねると、美土里は驚愕の面持ちで一生懸命首を横に振り、キッコの質問を否定しようとしていた。
「よろしい」
生川がそう言って、二人を代わる代わる眺めると、声を落として続けた。
「あれもダメ、これもダメでは、私も些か心苦しい。あなた方だけに、お話しましょう。私がここで何をしているか。何をしようとしているのか」
「ほ、ほんとですかー!」
美土里が歓喜の声を上げる!生川は人差し指を自分の口の前に持っていき「しっ」と言って彼女を制した。
「そのかわり、約束してください。『他言無用』。ここで聞いたことは決して人に話してはなりませんよ」
生川の言葉に二人はこくこくと頷いて答えた。
「あの襖に私は『百鬼夜行図』を描いております」
生川の言葉に、美土里は「あ、それだ!」と言って、何故かキッコに得意げな態度を取ってみせる。
「百鬼夜行図とは、さまざまの妖怪が列をなして夜を練り歩く、その、みはらしの様を描いた図絵でしてな。しかし残念ながら、私の夜行図に描かれた妖怪達は、広く皆さんにテレビや映画で知られる有名な妖怪達とは違い、すべて私のオリジナルですが」
「見たことあるんですか!妖怪!」
キッコが食い入るような目で生川を見ながら尋ねた。
「いや。わたしは妖怪を見たことは有りません。と言うより――」
生川の瞳の色に悪戯げな光が浮かぶ。
「この世に妖怪など居ないのです」
「えッ!」
あまりに意外な生川の言葉に、二人が驚愕する。
「失敬、言葉が軽率でしたな。つまり、『妖怪が居ない』とは、『目に見える妖怪』は妖怪の影でしかないと言う事なのです」
「えーと」
美土里が腕を組み、頭をひねりながら、キッコに「解る?」と言うような視線を送る。キッコはそれに全力で首を横に振って答えた。
「そもそも妖怪とはその名の通り、「あやしき怪異」ということです。つまり、正体の判らない音、物、現象。それは、後ろから付いてくる足音であったり、誰もいない筈の川岸で聞こえる小豆を研ぐ音であったり。突然、何かに憑かれたように前に進めなくなったり、物に触れてもいないのに、刃物で切られたような切り傷が出現したり」
そう言って生川が座りなおした。
釣られて二人も座りなおす。
「それらを人は怖がったのです、怖くて怖くて仕方がなかったのです。それはそうでしょう、正体が判らないのですから。だから、人々はそこに名前を付けた。後ろから付いてくるのは『妖怪べとべとさん』小豆を研ぐのは『妖怪あずきあらい』進めなくなるのは『妖怪ぬりかべ』が前にいるからであり、刃物で切られたようになるのは『妖怪かまいたち』が悪戯しているのだ――。それらはすべて見えないが存在する。だから気を付ければいい――。気を付ける?どんな奴に?」
そう言って、生川が傍らの人形――。
タルトを抱きかかえる。
「悪さをする妖怪の素性は判った、では一体どんな姿をしているのか?それが判らなければ気を付けようがないではないか?こうして、ただの気のせいや、今では科学現象として解明できる『怪異』が、どんどん擬人化されていき、現在の妖怪というキャラクターを作り上げていったのです」
「科学――、現象ですか?」
美土里が繰り返すと、生川が頷いた。
「さよう、激しい労働の後、充分に栄養の補給が出来ず、低血糖になれば前に進むどころか、身体の自由すら利かなくなります。突然刃物で切られた様な傷が出来る――。これはアカギレです。ついでに言うと、もともと、『あずきあらい』はカワウソや蝦蟇が川底や川岸の砂利をかき回す音を聞き違えたのだという説があり、現に、今のような人の形はしておらず、カワウソの形をしていたと言う文献も有るのです。これらは、当時では『正体の判らないもの』。怪異だったのです」
「えっと――」
キッコが戸惑いの表情を見せた。
「話を急いでしまったので混乱させてしまいましたね。つまりは、妖怪とはキャラクターでは無くて『怖い現象』つまり、おのれの心に芽生えた恐怖に付いた名前だということなのです。名前だけしか存在しない物を見ることなど不可能だと理解してください。恐怖という感情を、名前と、その上、姿までつけて縛り、封印したのです。有る意味では民間的な退(対)魔術と言うことですね」
そう言って生川がタルトの髪を撫でてやる。
「しかしながら。その個人の感じた『恐怖の力』はどうなってしまうのでしょう?」
「恐怖の力?」
キッコが呟くと、生川が頷いて続けた。
「そう、『恐怖の力』です。其処で起こった怪異。もし、それがすべて夢だったとても、其処には『恐怖』が生まれます。それは『怪異はあったという記憶』で、脳はその感覚を――、『恐怖』を感覚として記憶してしまうのです。確かにその時、その体験をした人物は『怖かった』のです。そこには恐怖の力、エネルギーが確実に生まれているのです」
そう言って生川が二人を見渡した。
「夢と言うものがありますな」
唐突に生川が話題を変えた。
二人が困惑しながらも頷く。
「夢は現実には無いもの、寝ている間に脳の見る記憶の再編集。しかし、実際に人に触られたり触ったりと言う感覚があったりしますな、首を絞められれば苦しかったりもする。しかし、それは当たり前ですな、人の感覚は脳が判断するのですから、脳の記憶が夢の間、感覚として蘇ればそれはまごうことなき、リアルな視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚なのですから」
二人が頷く。
「『怪異はあった』と言う記憶はやがて脳により『視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚』に変換され、人は恐怖を現実として『感じる』ようになるのです。妖怪を封印するために誕生させるプロセスとはとまったく逆さまの行程により、人が感覚として感じる事の出来る恐怖をこの世に送り出すことになれば――。その恐怖こそは妖怪!ならば妖怪は実体化する事が出来る!そうは思いませんか?」
生川がタルトをソファーに戻し、姿勢を正した。
「じつは、私はこの町の或る場所に、恐怖を封印しました。言うなれば妖怪のタネを蒔いたのです。この方陣は――」
そう言って畳に手を置いて撫で回す。
「その場所とここを繋ぐ為の隧道――。トンネルの結界です。そしてあの百鬼夜行図が――」
襖絵を、生川の白い手袋が指し示す。
「妖怪達を入れる器」
「あの、つまりー」
美土里が自信なさげに質問する。
「生川さんはー、妖怪を作ろうとしているんですかー?」




