悪夢!無情のホイッスル!
「あーっ、これは予想外ザンス!ゼッケン2番!常勝のしげちゃんがまさかの器落としザンスー!ペナルティー発動!しげちゃんの完食数から1杯!ドン!マイナスザンスー!しげちゃん完食数4杯!追いかけるのは3番、7番、9番の完食三杯!いや――、いやいやいやいや。待つザンス」
そう言って何事かを確認していたタケちゃんの声が再び浜辺に響き渡った。
「ゼッケン4番!スク水番長!風小ちゃんが怒涛の追い上げザンスー!今――」
観客が息を呑む。
「4杯目を完食うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!トップ争いに踊りでたザンスよー!」
「ネモ!」
歩夢が競技場のしげちゃんを指差しながら、レンレンに叫んだ!
しげちゃんは早くも替えのかき氷を自席に持って帰り、再び5杯目に挑戦を開始している。
「チッ、さすがチャンピオンね。回復が早いわ」
「あらよぉ、勝負はまだまだこれからだよぉ」
おばちゃんが不敵に笑う。
「しげちゃんは『頭がキーンとならないギリギリスピード』を身に付ける際に、何度も頭の血管詰まらせて、痛みへの耐性もついてるんだよ!それに比べてあんたんとこのお譲ちゃんは、まだ後遺症に苦しんでるんじゃないのかい?」
確かに。
5杯目のカキ氷に挑む風小は、最初のように流し込むような食べ方ではなく、スプーンを使ってかき込むやり方に変わっていた。
先ほどと同じ食べ方をして、また同じように氷をこぼしてしまえば、もはや1位になることは難しい。
負けられないと言うプレッシャーと、先ほどの一件がトラウマとなって風小に圧し掛かり、無難な戦法を取らせているのが解る。
それでも風小の食べるスピードは早い!
確かに早くはあるのだが、やはり2年間チャンピオンであっただけあって、しげちゃんも並ではないのだった。
「しげちゃん5杯完食!」
そう言ったタケちゃんの顔が見る見る驚愕の面持ちに変わる!
「うそーっ!しかし、しかし!風小ちゃんも今5杯目を完食ー!な、並んだー!信じられないザンス!食べる時間は風小ちゃんの方がやや優勢ザンスかぁ?しかし、もう、時間が無いザンスよー!」
二人が同時に席を飛び出した。
先に席に戻ったのは風小!
「ネモ!あと、3分ちょっとしか時間が無いよ!」
思わず歩夢がレンレンの手を握った。
「だいじょうぶよん」
静かにレンレンが答える。
「?」
「だって風小だもの」
レンレンはそう言って歩夢に微笑んで見せた。
少し遅れてしげちゃんが席に戻る。
チラリと彼を横目で見る風小。
すると、一瞬、何事かを躊躇っていたかのような風小が大きく息を吸って。
「いっくぞおぉぉぉぉぉぉぉー!」
雄たけびとともにどんぶりのような器をあおり、咽喉を鳴らして一気にカキ氷を飲み込んでしまった。
静まり返る会場。
「あやかし――。なめんじゃねーゾー!」
風小が叫ぶ!
「スク水番長!完全ふっかあーつっっっっっ!風小ちゃん6杯目完食ー!まさか!マジすか!の大逆転劇ザンスー!」
タケちゃんの声が木霊すると、一斉に沸き起こる風小コール!
風小が大きく右腕を振り挙げ、それに答える!
「馬鹿たれー!そのままじゃ、同点になっちゃうわよん!」
レンレンが激を飛ばす!見れば、確かにしげちゃんは黙々とカキ氷を食べ続け、もう後、半分を残すまでになっているではないか!
残り時間は2分を切った!
食べきれないと読んで、ここで見守るか?
確実を考えて打って出るか?
風小は走り出していた!勝つために!
一気に配給場所の机まで行くと、もはや、そこには人だかりは無かった。
それどころか、他の参加者達は左右に分かれて風小に花道を作り、拍手で出迎えるのだった。
風小は器を慎重に受け取り、周りの選手達に照れくさそうに一礼すると、器を抱えて走り出す!
誰もがこの後の劇的な展開を予想していた。
そう、確かに、その後に待っていた展開は劇的であったかもしれない。
しかし、それは誰もの予想を裏切り、誰もの予想を遥かに越えたものだったのだ。
最後の魔物が口を開いた。
受け取り場所付近に付いていた沢山の選手達の足跡。
重なり合い、へこんだ砂地に、他からの足跡が砂をかぶせる。
乾いたさらさらとした表面の砂は締め固められ、適度に湿った硬い砂地になっている――、ハズだった。
だが、そうでない場所はまだ存在していたのだ。
風小が、そんなふかふかな砂地に足を取られた。
波が引くように、その場に居たすべての人々の表情から笑顔が消えていく。
ただ一人。
何が起こっているのかを理解できないでいる風小だけが笑っていた。
足掻こうともせずにゆっくりと倒れていく風小が、まるで車に轢かれたカエルのように砂浜にうつ伏せに張り付くと、会場のあちこちから大きな溜息が漏れた。
やがて、風小がゆっくりと顔を上げ前方を見る。
そこに、空しげに転がっている器が見えた。
カキ氷と器は完全に分離し、氷はじわじわと焼けた砂に吸収されつつあり、その存在を消滅させようとしている。
「そんなあ。そんなあ――」
うわ言のように呟きながら、ふらふらと立ち上がり、おぼつか無い足取りで器まで歩いて行くと、その場でがっくりと両膝を地についてかがみ、消えかけて、ほんの少しになった氷を両手ですくう。
氷は風小の手の中ですぐに溶けて、苺シロップと混ざり合い、血のような赤い液体になって指の間から流れ落ちた。
「そん――、なあ。そんなあー!」
ぐすぐすとべそをかいてうずくまる風小の声が、静まり返った会場に漂う。
「あ――」
唖然と事の成り行きを見ていたタケちゃんが、自分を取り戻してマイクを握る。
「ふ、風小ちゃん転倒ー!ペナルティーにより完食数より一杯マイナスされる、ざんす。これで、風小ちゃん5杯、再び風小ちゃんとしげちゃんならんだザンスー!しかし、しげちゃんは6敗目挑戦中!完食すれば」
全員の視線が風小からしげちゃんに注がれようとしたその時!
『ぴいいいいいぃぃぃぃぃぃーーーー!!!』
ゲンクローズの時間係がタイムアップを知らせるホイッスルを鳴らした!
「試合終了ー!」
タケちゃんが宣言する!
しげちゃんが完食していれば風小の負け。
していなくても同点。
果たして――。
「風小の勝ちだ!」




