逆転!そしてまた逆転!
「速報!イクザンスよー!」
タケちゃんの実況が入る。
「現在までで、1位はゼッケン4番!風小ちゃん!記録は3杯!現在4杯目を流し込み中ザンス!つづいて、2位にゼッケン2番のしげちゃん!記録は2杯!現在3杯目をかっ込み中ザンスー!3位は――」
最初の一杯分のハンデを既にはねのけ、その上1杯逆転している。
これから差は付いていく一方だろう。
一体それ以外のどんな展開が有るというのか?
辺りを見回したレンレンは、ふと、参加者達と会場に奇妙な行動が起こっているのに気づいた。
何故か、大半の参加者達が、スプーンを持つ手を止め、固まったように動かなくなっていた。
会場は、『タケちゃん』が何をしているわけでもないのに、大勢の笑い声が突発的にわき起こっている。
何かが、起こって――。
「しまった!」
レンレンが椅子から飛び上がり、そう叫んだのと同時だった。
「ぐあああああああ!」
絶叫に近い叫び声と共に、風小がかき氷の器を放り投げ頭を押さえて悶絶すると、会場から爆笑がわき上がった。
「あたまがぁ!あたまがきーんって!きーぃんって!」
言いながらしゃがみ込み、そのまま崩れて砂浜に転がった。
「はあーはははははははははははは!」
おばちゃんが椅子にふんぞり返り大笑いする。
「おーっと!ゼッケン4番風小ちゃんが4杯目のかき氷をこぼしたザンス!この時点でペナルティ発動ぉぉッッッッッッー!完食3杯分から1杯がマイナスされ、完食記録は2杯に後退ザンス!同時にゼッケン2番しげちゃんが3杯目完食!4杯目にかかったザンス!逆転!逆転!逆転ザンス!現在トップはしげちゃんの3杯!後は、ほぼ横一線!烏合の衆!ビリケツはゼッケン8番のマイナス3杯ザンスー!」
タケちゃんのアナウンスに力が入る!場内が大きくどよめいた。
「あらよぉ!砂地の余興に気が付いたのは、おばちゃん誉めてあげるよ!だけどね!この競技はそんな甘い物じゃないんだよ!14人の参加者に対して供給所の氷かきは10台!かき氷を作るスピードだってそれぞれ違うのは言うまでもないことだよ!上手く立ち回らなくては足が速いだけじゃどうにもならないねぇ!」
おばちゃんの言葉で、レンレンはしげちゃんを振り切ったはずの風小が彼と同時に供給所でかき氷を受け取ったのを思い出していた。
「余興はあくまで余興!この競技に勝つための本当の条件はね、『確実にかき氷を運び、確実に平らげる』そう言うことなのさぁ!」
「くっ!」
レンレンが唇をかむ。
「源九浪の料理運びで鍛えた正確さに加え、しげちゃんが独自に習得したかき氷を食べたときに『頭がキーンとならないギリギリスピード』!これこそが、ほんとうのしげちゃん常勝の秘密なのさ!」
「フッ――」
勝ち誇ったように語るおばちゃんに、突然レンレンがせせら笑いを浮かべた。
「いい事聞いたわよん」
そう言ってゆっくりと椅子から立ち上がると歩夢の脇に仁王立ちする。
「あ、あらよぉ、何をしようってんだい」
おばちゃんが訝しがる。
「言ったでしょ。勝つッて」
「風小、勝てるの?」
歩夢が心配そうにレンレンを見上げた。
「だから――。言ってるでしょ!勝つのよん!」
そう言うと、少し先で地面に転がって戦意喪失している風小に視線を向ける。
「まず、あのレンタル品を何とかしなくちゃね」
見れば、しげちゃんは4杯目を完食、5杯目を自席に運び終わっていた。
風小の完食数は2杯で変わらず。その差は2杯。
「風小ー!」
レンレンが叫んだ!
「私は、アンタを『勝つ』ためにここに呼んだのよん!そして、アンタの『姫さま』姫緒はそのためにアンタをここによこした!ここで、アンタが万が一負けるようなことがあったら!そんときゃアンタ、ただの役立たずなのよん!」
風小は動く気配を見せない。
「解ってんの?アンタが負けると言うことは、姫緒の命令に背くことになるのよ!」
ぴくり、と風小の肩が震える。
「しかも、戦闘放棄したと言うナラバ!アンタの大好きな『姫さま』の顔にドロを塗ることになるわよん!それでもいいの!」
ゆらり。
静かに――、静かに風小が立ち上がる。
レンレンが底冷えする微笑を浮かべ――、叫んだ!
「恥をしれ!このやくたたず!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっっっ!」
風小が走り出す!すぐに砂に足を取られて転ぶ。
転んでもそのままボールのように転がっていき、回転が止まると、立ち上がるのももどかしげに四つん這いのまま走り出し、その蹴り出す脚力で上半身が浮き上がって来た。
その結果、風小は二本足で駆け出していた!
そのまま氷かきの待つ机まで一気に走る!
机の周りは参加者達で混雑していたが、その鬼気迫る風小の迫力に、他の参加者達は順番を譲るしか無かった。
譲ってくれた参加者達に半べその顔でぺこぺこと頭を下げつつ、カキ氷を受け取ると、叫び声とともに再び自席に戻り、かき氷をスプーンで一口、口に入れる。
次の瞬間。
歯を食いしばったかと思うと目を硬く閉じ、天を仰いで数秒固まった。
襲い来る激痛に耐えているのは火を見るよりも明らかだ。
ダメか?
その凄まじい事の成り行きを見守っていた観客の誰もがそう思った、そのとき――。
最初ゆっくりと、そして段々と加速して、風小のスプーンを持つ手が凄いスピードで再起動する!
一口飲み込むごとに歯を食いしばり、目に涙を溜めながら、次々とかき氷を口に運んで行った!
「おーっと!ゼッケン4番、怒涛の復活劇ザンス!しかし、しかし!しげちゃんはすでに5杯目を完食したザンスよー!」
しげちゃんが、6敗目のかき氷を受け取り戻ってきた時に、再び、レンレンが動いた。
「おい!そこのカーキチ!」
しげちゃんがレンレンの声に反応して顔を上げる。
「カーキチって言うのは車が死ぬほど好きな奴なんでしょ!なら、私の顔は忘れても、私の乗ってる車がどんな車か!良く知ってるわよね!」
明らかにしげちゃんの目の色が変わった。
間違いなく、一昨日の赤いコルベット・スティングレーに乗った体験を反芻しているとレンレンは確信する。
ならば!
すっとレンレンは指を三本、しげちゃんの視線に向けて掲げる。
「私が、三つ数えるうちに、そのかき氷。空にしたら。私の車――」
レンレンがくすくすと悪魔の笑みを浮かべた。
「アゲル」
固まるしげちゃん。
しかし、そんなこととはお構い無しにレンレンはカウントを開始する。
「ひとーつ」
しげちゃんが、突然、ラーメンの汁をすする様に器を抱えると、スプーンも使わず、飢えた野獣のようにカキ氷に喰らいついた!
その瞳には最早、人としての知性は無く、その動きは野生そのものだ!
「あらよぉー!しげちゃん!だめだよ!罠だよー!」
そう、それは罠。
カーキチと言う、野生動物に仕掛けられた、ばかばかしいまでに原始的な罠だった。
「ふたーつ」
「うぉっぅおおおおおお!」
突然、しげちゃんが頭を押さえたかと思うと、手に持った器を取り落とす!
「みっつぅ」
器は机に転がり、半分ほど残っていたカキ氷が脇にこぼれて、こんもりと小山を作った。
「『頭がキーンとならないギリギリスピード』。ぎりぎり超えたら、そりゃ当然そうなるでしょうぉ」
レンレンはそう言って振り向き、おばちゃんに微笑んだ。
「なんか文句ある?」
レンレンがそう言うと、おばちゃんは「ふう」と小さく息を吐いて首を振りながら口を開く。
「おばちゃん、あんたを好きになっちゃったかも知んないよぉ」
おばちゃんは、そう言って椅子にもたれると満足そうに微笑んだ。




