聖戦!『アヤカシVSカーキチ』!
その日、朝早くから気温はどんどんと上がって行き、『カキ氷早食い大会』の始まる昼前には、とっくにその夏の最高気温を軽く更新していた。
気絶しそうなくらいの太陽の直射。
その下で、当日のエントリーを済ませた風小にレンレンが何事かをミーティングしていた。
「わかったわねん」
腕を組んだレンレンが念を押すように風小に確認する。
「ちりすけデスよ!」
風小が答える。
とりあえず自信はあるらしい。
「じゃ、あたし等、観客席で見てるから」
そう言ってロープで仕切られただけの観客席へと踵を返す。
「がんばれよ!風小!」
歩夢がそう言ってレンレンの後を追う。
「おまかせくださいませデスよ!」
そんな二人を風小が元気に手を振って見送った。
レンレンは、しかし、真直ぐに観客席には向かわず、『竜宮町町内会』と書かれたテントで屋根を作り、折りたたみの長机とパイプ椅子を並べて作った『大会事務所』と立て看板が出ている一角へと足を向け、そこで陣頭指揮を執るパンチパーマの女性を見つけると、彼女の前に割り込むように立ちはだかった。
「勝つわよん」
レンレンが腕を組み仁王立ちすると、それに応えるように腕を組み、源九浪の女将――、おばちゃんが胸を張った。
「あらよぉ!返り討ちだよ!」
不敵な笑いが二つぶつかり合う。
「どうでもいいけど」
レンレンの顔に嘲るような笑いが浮かぶ。
「退屈させないでねん」
「あらよぉ」
おばちゃんが芝居がかった仕草で目を伏せて首を振る。
そして、鋭い眼光をレンレンに向けた。
「外国人のおねぇちゃんに聞くのも何かもしれないけど、物を知らないおばちゃんに一つ教えてくれないかい?」
「?」
「『タイクツ』って言葉は――、日本語かい?」
再びぶつかり合う眼光と眼光!
一触即発のそのとき。
「えぶりばでぃー!み、な、の、しゅうー!」
盛大なハウリングの後、海岸にラウドスピーカーの音声が響き渡った。
会場から歓声が上がる。
「あらよぉ。始まったようだねぇ」
砂浜の方を見ると、真っ黒に日焼けした茶髪の青年が、ダボダボの派手な海水パンツに蝶ネクタイのチョーカと言う出で立ちで、無意味に大きなハンドマイクを片手に観衆の歓声に応えている。
青年は、分厚く、あたかも強い度が入っているかのようにぐるぐると渦を巻いたおもちゃのメガネを掛けて、鼻の下には、おおげさに先端の跳ね上がった髭を左右に油性ペンでメイクしている。
気合は認めるが、そのあまりのあざとさは、初めて彼を見るレンレンにはちょっと引くものがあった。
が、歓声の中には青年の名前と思われる「タケちゃーん!」という声を掛ける者も多くおり、地元ではそう言う芸風の有名人なのかも知れなかった。
「あらよぉ。ここで、見て行きなよ。あんたはあたしのお客人だからねぇ。特別にご招待だよ!」
呆気にとられて立ち尽くすレンレンにおばちゃんが声をかけ、パイプ椅子を歩夢の分と二つ差し出した。
「今年もやってきたザンスー!ものわけさん大祭前の奉納試合!海の家源九浪主催!『かき氷早食い大会』ザンスー!」
海パン一丁の腰をくねらせ、愛おしそうにマイクに顔をすりつけるタケちゃんの、奇怪な語尾の物言いが砂浜に響き渡る。
わき起こる歓声!
「お手伝いスタッフわあ、海の家源九浪のあんちゃん達ー!オレンジハッピの憎い奴!おなじみー『ゲンクロウズ』!ザンス!」
紹介のアナウンスに応えるように、源九浪の文字が背中に入った揃いのハッピ姿に色とりどりのビキニパンツをはき、競泳用の水中メガネという出で立ちの、二十人ほどの青年達が一斉に手を振り挙げて歓声を上げた。
「大会中、なにか困ったことが有ったらば、会場に散らばってるゲンクロウズに微塵も情け容赦なく言い付けるザンス!そして司会はー!」
そう言ってタケちゃんがおもむろにパンツを脱ぎ始めた。
飛び交う怒声と黄色い声!脱いだパンツの下からは紫色の紐パンが現れる。
「ゲンクロウズのヨゴレ!あ、な、た、のタケちゃん!ザンスー!」
そう言うと、メガネを外し放り投げ、頭髪に手をかけた。
その手を思いっきり上に持ち上げると、茶色い頭髪は頭から離れ、下から青々としたスキンヘッドが現れる。
再び起こる大歓声。
「まずは、初めての、あ、な、た、のためにルール説明イクッ!ザンス!」
そう言うと、タケちゃんは自分の後方に設置された、長机の方へとぎくしゃくした足取りで歩いていく。
机は8つを横に並べ、大会の出場者と思われる風小を含めた老若男女14人の集団が、首から提げて脇で止めるタイプのゼッケンを付けて前に待機していた。
その向かい合う反対側にも、10メートル程の間隔を設けて同じように机が並べられ、その上にはレトロ調手回し式の厳つい氷かき器が10台、横一列に陳列されるように並べられている。
「よーいドンで、氷かき器の有る配給所のいづれかの場所より、器に盛られたかき氷を受け取って、自席に戻ったら早食い開始ザンス!」
タケちゃんの説明が合図であったかのように、十人のゲンクロウズがそれぞれ一人ずつ、かき氷器の脇に待機した。
「完食した後は、再び配給所へと走り、新しいかき氷の入った器を受け取って――。の繰り返し!10分間の間に何個のかき氷を『完食できるか』を競うザンス!」
タケちゃんのテンションに会場が盛り上り出す。
すると、待機していたゲンクロウズ達が自分たちの後ろに置かれているダンボール箱を漁り出し、両手にガラスの器を持ち出して、会場の歓声に応えるかのように掲げながら小躍りした。
「な、なによん!あの器!」
レンレンが驚くのも無理はなかった。
多分、競技に使われると思われるその器は、普通にラーメンどんぶりと変わらぬほどの大きさだったのだ。
「ただし、運んでる最中、もしくは、お食事中に器を落としてこぼしてしまったり、器から崩してしまった場合は、配給所に戻って新しいかき氷と交換してやり直し!さらに一杯分のペナルティーが課せられるザンス!だ、け、ど!終了のホイッスルがなった時に食べ残しが有った場合は、カウントにはならないザンスけど、ペナルティーが付かないザンスからねー!最後まで諦めないでかんばるザンスよー!」
「あらよぉ。覚悟はいいかい?お嬢ちゃん」
おばちゃんが不敵にレンレンを挑発する。
「ふん!アンタの姑息な策略はすべてお見通しだわよん!」
負けじとレンレンが毒づいた。
「これから先わあ!のん!すとっぷ!」
天を指差し、恍惚の表情で腰をくねくねとくねらせながら、タケちゃんが叫ぶ。
「位置について!」
タケちゃんが不意打ちのようにそう言うと、紐パンから真っ赤なハンカチを引っ張り出して高々と振り上げた!
「よーい!」
机の前に並ぶ参加者達が、それぞれにスタートの準備をする。
すると、手回し式氷かきのハンドルをゲンクロウズ達が威勢の良い「セイヤ!セイヤ」のかけ声と共にそろって回しだした。
「す!たあーとおぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
タケちゃんが勢いよくハンカチを振り下ろすと、選手の固まりが我先にと氷かきのある机目がけて飛び出した。
「セイヤ!セイヤ!」
「セイヤ!セイヤ!」
「セイヤ!セイヤ!」
向かってくる選手に負けじと、ゲンクロウズ達のかき氷を作る手とかけ声にも力が入る。
走り慣れない砂場の為か、競技者達の足並みは遅く、足をもつれさせて転ぶ者も少なくない。
そんな中から。
ゼッケン2番を着けた選手が矢のように飛び出した!
もはや確認するまでも無い。
それは、あのカーキチ男、しげちゃんだった!
「しげちゃーん!」
あちこちから、声援が上がる。
その期待に充ち満ちた彼への励ましの声に、おばちゃんの言うとおりこの町で彼はヒーローなのだとレンレンはさとり知る。
しげちゃんはあっという間に、『どんぶり』に入ったかき氷を両手で受け取ると席へと戻り、大きなスプーン片手に山のようなかき氷をかっ込みだした。
ほかの一団は、やっとかき氷にたどり着き、折り返しに入ったといった具合だったが、帰りの行程では、やはり大半の選手が足をもつれさせていた。
持っている器はラーメンどんぶりほどあるので、両手で支えなくてはならず、一度身体のバランスを崩してしまうと、態勢を立て直すのは非常に困難だった。
あせればあせるほどバランスを崩し、ころんで器を落としてしまう者が続出する。
「はーい、11番、6番、8番の選手は器を落としたので、食べる前からマイナス1杯ザンス!」
タケちゃんの戦況報告が場内に響き渡る。
だが、その戦況報告に上らないところで、その異変は起こっていた。
全員が折り返した、会場の誰もがそう思った。
一瞬後、場内がざわめきだした。
誰もがその異常事態に気づきだす。
「4番さん!4番さん!どーしたザンスか?おなかでもイタイザンスか?」
選手の集団を追いかけていたために、実況のタケちゃんすら気が付かなかった異変。
亜麻色の髪の娘。
スク水を着た4番の選手がスタートラインでうつむいたまま立ちつくしている。
「風小。どうして動かないんだ?」
心配そうに歩夢がレンレンに尋ねた。
そう、風小は競技開始からずっと、その場にじっとうつむいて立ったまま動こうとしない。
「私、考えたの。『しげちゃん』がチャンピオンでいられる理由が何か有るはずだってね。だから、お風呂の中でこのガキに大会のルールを事前確認したのよん」
レンレンはそう言って横に座るおばちゃんに嘲笑するような視線を向ける。
「ただの早食いなら、それも良し。だけど、やっぱり『タネ』はあった!なるほど、砂の上を走るなんて事、あまり普段からやってる奴なんていないわよね。案の定、このザマよ。それに比べて、カーキチ野郎は慣れてると言うよりは、かなり上手いわ!つまりそれがこの競技にカーキチが常勝のタネだったのよ!」
「だから、諦めたって言うのかい!」
昨日の浜で転げ回る風小を思い出しながら、蔑むようにおばちゃんが言った。
「あらよぉ。おばちゃんアンタには失望したよ」
おばちゃんが大きなため息をつくと、レンレンはおかしくてしょうがないというように笑い出した。
「私がなぜ、昨日、風小を一日中放し飼いにしていたと思うのぉ?」
「?」
「確かに昨日、初めての砂浜で風小は戸惑っていたわん。昨日の風小だったら勝てなかったわよん。でもね、あんたも見たでしょ?風小がどうやって泳ぎを覚えたか!」
レンレンがそう言うと、おばちゃんは「あっ」と小さく叫んで身を固くした。
「理屈を根性で補完する娘!風小の身体能力を持ってすれば、昨日一日でこの砂浜の性質を把握しきることなど造作無い事よん!そして。あんたも知ってるよね!風小の化け物じみたあのパワー!」
言ってレンレンが椅子から立ち上がった!
「待たせたわね風小!」
レンレンが、砂浜でたたずみうつむく風小に叫ぶと、彼女の肩がひくりと反応して、静かに顔を上げた。
「余興は終わったわん!」
その時!一杯目のかき氷を食べきったしげちゃんが、二杯目を手に入れるために自席から飛び出す!
「GO!風小!」
レンレンの合図と共に、風小も飛びだした!
早い!
まるで、整備された競技場のトラックを走るように駆けていき、あっという間にしげちゃんに追いついて――、追い抜いてしまったに及んでは、一瞬間唖然としていた会場が、大歓声に包まれる!
「いったい、あいつは誰ザンス!とんでもない娘が現れたザンス!走る速さもさることながら!スク水のコスプレがミーより目立って悔しいザンス!」
そう言って悔しそうに腰をふるしげちゃんが会場の失笑を買う。
器を受け取ったのは風小もしげちゃんもほとんど同時!だが、その後は風小の独壇場だった!あっという間にしげちゃんを引き離し席に戻る。
そして、器を口に付けるとそのまま仰向き、氷をスプーンで口に流し込むように掻き込んで行く!
器に高々と盛られた苺シロップのかき氷を、瞬く間に、風小は喉を鳴らして『飲み込んで』行く!
静まりかえる観客達、他の選手達の大半もその光景を唖然と見守るしか無かった。
その時、大きなハウリングがして、タケちゃんの声が鳴り響いた。
「み、な、の、しゅー!ゼッケン4番!謎のスーパー・スク水美少女の詳細がたった今!本部より届いたザンス!お名前は『風小』ちゃん!年齢不詳!お仕事不詳の観光客様だぁ!風小ちゃん!竜宮町へようこそ!」
「竜宮町へようこそ!」
ゲンクロウズの面々が、タケちゃんに応えるように、拳を振り上げコダマコールする!
観客達がどよめき出す。
そんな中――。
「ふうこー!」
レンレン達の座る大会事務所のテント正面の観客の中から、風小を応援する少女の声。
レンレンが目を凝らすと、背の高いやせっぽちの女の子が、他の子供達の間から伸び上がり、両手を口に当てて拡声器のようにして叫んでいる。
「ふうこー!がんばれぇー!」
「キッコだ!」
歩夢がレンレンの方を振り向き『そうだよね』と言うように目を輝かせた。
レンレンが小さく頷くのを確認するが早いか椅子から飛び出し、テントを出た辺りで立ち止まると、キッコのまねをして叫んだ。
「ふうこぉー!がんばれぇー!」
それが口切りになった。
砂浜に『しげちゃん』、『風小』の応援合戦が巻き起こる。
満足そうな表情でレンレンがおばちゃんに視線を送った。
「どうよ!」
それは、レンレンにとっての勝利宣言の筈だった。
しかし、すっかり意気消沈していると思われたおばちゃんは、真っ直ぐにレンレンを見つめ、薄ら笑いすら浮かべているのだった。
「あらよぉ。いい読みだったけど。詰めが甘かったようだねぇ」
「な、なにを負け惜しみを!」
一抹の不気味さを感じながらも、レンレンがたしなめた。
「あらよぉ、負け惜しみなもんかよ。ほんとの勝負はこれからなんだよ!」
おばちゃんの貫禄に、レンレンが戸惑った。
負ける要素など何もない。
無い筈なのだ、いくら考えても思い浮かばないのだから!
しかし何かが――。
これから、何かが起ころうと言うのか?




