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鬼追師の姫緒外伝 悪夢の降る町  作者: カンキリ


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暗雲!成川ルーク再び!

 その旅館は、旅館と言うよりは旅籠屋と言った方がしっくりと来る――。

 そんな木造二階建ての古めかしいたたずまいで。

 黒々とした瓦屋根には大きな鬼瓦が乗っており、ぱっと見その造りは、お寺の本堂を思わせるかも知れない。

 入り口の格子戸脇には『旅館豊玉』と掘られた、ごつく黒々とした木の看板が下げてあり、これもまた歴史を感じさせるものだった。

 海には遠からず近からず、海水浴場と繁華街のちょうど中間。

 町の観光拠点とするには最適のロケーション。

 日が暮れて間もない頃。

 そんな豊玉の庭先に、一台のワゴンタクシーが横付けされた。

 後部座席のドアが自動で開き、紺色の安っぽい紋付羽織袴の男が降り立つと、タクシーの車高が倍ほどに膨らむ。

 男はタクシーをそのまま待たせると、格子戸を開けて旅館の中へと進み入った。

「これは、これは。ようこそおいでくださいました。当旅館の女将でございます」

 玄関の気配に気づいた女将が、淡い桃色の和服姿で男を出迎えた。

 紋付袴と両手には白手袋。

 その左手には赤い和装のおかっぱ頭をした女の子のお人形を抱いている。

 特徴のあるその容姿から、この男の素性は紛れもない。

 今、テレビで売り出し中の退魔師。

 生川・ルークその人とすぐに確認できた。

「予約をさせて頂いた生川・ルークです。この度は、色々とご無理をお願いして申し訳ありません」

 そう言って深々と下げた頭を上げると、人形を支えるように添えていた右手を離し、外のタクシーを指し示す。

 白い手袋が外の闇に映える。

「お話してありましたように、少々、荷物が多ございます。部屋へ運び入れるのを手伝ってはいただけませんでしょうか?」

「いえいえ、それには及びません」

 女将は奥に向かって「お着きだよー!」と声をかけると、再び生川に向き直った。

「もしよろしければ、すべてうちの者で運ばせて頂きます。ただ、もし、人には触られたくないと言うような大切な物が有りましたらば、貴重品の指示さえしていたければそれには手を付けません」

 女将がそう言うと、生川は小さく首を振って答えた。

「いやいや、貴重品と名の付くようなものは何もありません。すべて私以外の人間にはガラクタ同然の物ばかりです。いや、運んで頂けるというのならありがたい、ぜひにお願いしたいと思います」

 生川はそう言って、女将の進めるスリッパを履いた。

「お部屋はご指示のとおり、奥の離れをご用意しておきました。ただ、あまり景観はよろしくないのですが」

「それはまったく問題有りません。ありがとうございます」

 そう言ううちに、女将が事前に段度っていたのであろう五人ほどの旅館の者達が、会釈しながらいそいそと生川の脇を通り抜けて、タクシーの止まる庭へと出て行った。

「それと――、生川様」

 女将が先に立ち、生川を部屋へと誘いながら話を切り出した。

「部屋の襖と畳に墨絵をお描きになりたいとの事でしたが」

「はい」

 生川は、懐から出した紫色のハンカチで、額からだらだらとにじみ出る汗を拭いながら答えた。

「ええ、どうしても『祭』に必要なのです。もちろん、汚してしまったものはすべて買い取らせていただきます」

「いえ、そうではなくて――」

「はて?」

 生川が額を拭く手を休める。

 言いづらそうに女将が口を開いた。

「じつは、大変ぶしつけなお願いではありますが、もしよろしければ、その絵をそのままこの旅館で使わせていただけないでしょうか?何なら、買い取らせていただいても結構です。旅館の名物にしたいと存じます」

 女将がそう言ってちらりと生川へ振り向くと、生川が大きな腹をせり出すようにして大声で笑った。

「いやいや、出来ても無いものを商談するわけには行きませんなぁ。ええ、解りました。もし、完成品を見て、気に入っていただけたならご無理を聞いていただいた御礼に、ただでお譲りすることにしましょう」

 そう言うと、女将に顔を近づけ、小声で続けた。

「ただし、その際も、張替えのお代は払わせて下さい。私の前では『気に入らないから要らない』とは言い辛いでしょうからなあ」

 そう言って生川が再び大きく笑うと、女将は生川の気さくさに驚いた様子で「まあ!」と言ってつられるように笑った。

 確かに、生川の言うように、出来てもいない作品に対して、値踏みするような真似は早計過ぎたと女将は反省した。

 結果を焦り過ぎて意地汚い真似をしてしまったと後悔もしていた。

 生川の対応に救われたと感じた女将は、今はひとまずその話を控えることにしようと、小さく会釈すると先へと進む。

 渡り廊下を抜けて、尚も奥に進んでいくと、廊下の並び、一番奥まった部屋の前で女将が止まって深々とお辞儀をした。

「こちらがお部屋になります」

 女将が『ひらめの間』と書かれた部屋の格子戸を開けて生川を部屋の中へ導き、続いて入ろうとすると、生川がそれを制して言った。

「女将さん、ここで結構です。すぐに準備を始めなければなりません」

 女将はかしこまって「それでは、ごゆっくり。竜宮町へようこそ」と言うと深々とお辞儀をした。

「はい、それではしばらくご厄介になりますでちよ」

「『でち』?」

 生川の言葉に、いままで笑顔だった女将の顔が固まった。

 思わず二人、顔を見合わせる。

「あ――、あははははははははははははは」

 頭を掻きながら生川が笑い出す。

「ほ、ほほほほほほほほほほほほ」

 場を取りなす言葉が見つからず、仕方なしに女将も笑う。

「そ、それでは!」

 逃げるように生川が、突然ぴしゃりと格子戸を閉めてしまった。

「ほほほ、ほ――」

 独り取り残された女将の笑いが乾いて行く。

「『でち』?」

 そう言って小首を傾げる。

「どこのお国の方言ことばだったかしらねえ」

 気がかりそうにそう言うと、生川の大荷物を運び入れる従業員達とすれ違いながら、もと来た廊下をもどる女将だった。

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