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鬼追師の姫緒外伝 悪夢の降る町  作者: カンキリ


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召喚!かわいい支援者!

 そこは、電車のホームと言うよりは、果てなく広がる真っ青な水田の中に浮かぶ、小さな浮島と言った様相だった。

 改札口の上に、申し訳程度のトタン屋根がかかっていたが、辛うじて日よけとしての機能を果たす程度で、雨風を凌ぐことは不可能だろうと思われた。

改札を抜けた先にある待合室は、屋根とベンチが有るだけという質素なもので、駅の待合室と言うよりは、路線バスの屋根付き待合所を連想させる。

 ホームには単線の線路が左右に伸び、風に吹かれてさわさわと涼しげにゆらぐ稲波の中を抜けて、山間へと消えていた。

 その浮島に、彼方よりやって来た赤い二両編成の気動車が停まり、中から、その車両唯一の小柄な乗客が、その身体に不釣り合いなほど大きな古いかばんを抱えて降りて来る。

 くりくりとした瞳は翡翠のような緑色で、その瞳孔は猫のそれのように縦長だった。

 ジーンズ地のホットパンツを履いたその少女の、亜麻色をしたショートカットと黒いTシャツがさわさわと風になびく。

 娘は、不満げな顔で辺りをきょろきょろと眺めると、深く深く長いため息をひとつついた。

 すると、気動車は、まるで娘を下ろしたのを見届けたようにゆっくりとホームから滑り出し、青くざわめく海原へと分け入る旅客船のように進み出して、段々と小さくなっていくのだった。

 その後ろ姿を見送りながら娘は、自分が無人島に置き去りにされた罪人のような気分になり、なんとも虚しげに、ただ、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 空には、鯨のように大きな白い雲がゆっくりと流れ行き交い。

 稲葉を風が渡ると、清々しい葉擦れの音が辺りを包んだ。

 ふと、足下に気配を感じて視線を落とすとそこに、自分とそっくりな緑の瞳で娘を見上げるロシアンブルーの猫がいた。

「あれあれ」

 娘はしゃがみこみ猫に顔を近づける。

「なんとも、他人様とは思えぬ瞳をしてらっしゃいますデスねぇ」

 身体をのりだしてしみじみと見おろす。

「わたくし、あやかしの風小と申しますデスよ。もしや、あなた様もあやかしで御座いますデスか?」

 猫は風小の問いかけに答える様子はなく、近づいていくと、彼女の膝の辺りの匂いをふんふんと嗅ぐ仕草をして見せた。

「ただの猫ですかねぇ。なにか妙な――」

 そこまで言って、風小はその猫のしっぽの先が、まるでハリガネでも入っているように鋭角に折れ曲がっているのに気づく。

「ややややや!そのしっぽのありさまわぁ!」

 思わず、好奇心に駆られ、しっぽに手を伸ばそうとしたちょうどその時、その場に似つかわしくないフルオーケストラの『スタートレック』のテーマ曲が流れ出す。

 音楽に気を取られ、一瞬、躊躇した風小の手をかいくぐり、猫は改札の外へと駆けていってしまった。

「なんとも、珍妙なネコ様でございましたデスねぇ」

 猫の消えた方向に視線を向けながら、風小はTシャツの襟元から手を突っ込んで、何やら胸元をごそごそとまさぐる。

 Tシャツにプリントされた白いドクロのイラストが、まるでくすぐられて笑っているようにくねくねと揺れた。

 やがて、何物かを探り当てたように風小の手の動きが止まると、襟元から中折れ式の携帯電話を引っ張り出して耳に当てる。

「やっほー!風小ぉ!ちゃんと着いたぁあ?」

 風小が受け答えする間もなく、これ以上に無い高いテンションで、レンレンの声が携帯より聞こえてきた。

「あー、まぁ、鉄道でございますからねぇ。よほどの大事が無ければ予定どうりデスよ」

 風小は、気乗りのしない声でそう答えると、また、大きくため息をつく。

「なによん!ノリが悪いわねん」

「ノリが成立する要因が何かあるのでございますのでしょうか?」

 いきどおりきった口調で風小が続ける。

「依頼を受けたお仕事も一段落ついて、これから姫さまと、尊重すべき、愛しい、愛すべき、楽しい、貴重な、且つ、つかの間の!幸せを謳歌しようと言うときに」

 そう言って、風小はまたまた、深いため息を漏らし、辺りに視線を巡らせる。

「なにゆえに、私はこのようなところに。電話一本で呼び出されなくてはいけないのでしょうか?」

「あら?」

 意外だというようにレンレンが声を上げた。

「あんたってば、『カプセルあやかし』だと思ってたら、『レンタルあやかし』だったのねぇ」

「レンレンさん」

「なーにぃ?」

「帰っていいデスか」

 電話の向こうからレンレンの大きな笑い声が聞こえる。

「さっき道案内ガイドをそっちに行かせたから、そろそろ着くと思うわん」

「ガイド?」

 風小がそう言って改札口に目を走らせると、待合室のその先の田舎道に一台のタクシーが止まり、中から男の子が飛び出すと、真直ぐこちらに駆けて来るのが見えた。

「お子様が一人、こちらに駈けて来ておりますデスよ」

 風小がそう言ううちに、男の子は切符を買うことも、ましてや、それを誰かにとがめられる事も無く改札口をくぐり抜け、そのまま、ホームに出ると、きょろきょろと辺りを見回していたが、すぐに風小の方へ向かって駆け出した。

「そうそう!多分それよん!」

 レンレンが可笑しそうに笑いながら答えた。

「そのガキと一緒にこっち来なさいよん、いいもの見せてあげるぅ!」

 そう言うと、風小が答える間も無く電話は切れてしまった。

 一瞬、風小は非難するように電話をにらんだが、すぐに諦めたのか携帯を折りたたんで、襟首からTシャツの中に投げ込んだ。

「あんた、風小だろ!」

 そんな、男の子の声がする方へ、風小は視線を移す。

「あー、見た目、あなたさまとあまり変わらないので致し方ありませんが、私、こうは見えても少々、長く生きておりまして。まあ、それではなくともやはり、初対面に呼び捨てと言うのは、お里が知れるというものでございますデスよ。でも――、まあ、お子様では致し方ありませんのですかねぇ」

 ほとんど八つ当たりにも近い風小の説教を、男の子はきょとんとしながら聞いている。

 風小は大きな鞄を片手で肩に担ぎ上げると、「さて」と言って少年と向かい合った。

「いかにも、私は風小でございますデスよ。よろしければあなたさまのお名前を教えていただけませんデスか?」

 風小がそう言って微笑むと、男の子は、「うん」とひとつ頷いて「俺は、歩夢だ」と自己紹介した。

「そうですか、それでは歩夢さん、レンレンさんの所まで道案内よろしくお願いしますデスよ!」

「?」

 風小の言葉に、歩夢が戸惑いの表情を見せた。

「いかがなさいましたのデスか?」

 風小が問うと、歩夢が恐る恐るといった感じで口を開いた。

「『レンレンさん』ってネモの事か?」

「えっ?」

 風小はうろたえて、肩の鞄を落としそうになった。

 レンレンが、ネモの名前を使うのは『仕事』の時と風小は認識していたのだ。

 レンレンの仕事。

 彼女は、『組織』切っての超級符術者にして暗殺者。

 ネモ(誰デモナイ)・レンレン。

 妖と人。双方を滅する殺業せつごうの者。

「レンレンにはさんを付けるのか?やっぱり普通はネモにも『さん』づけするのか?」

「え?え?え?」

 混乱しかけていた風小に、歩夢の矢継ぎ早な。

 しかも要領を得ない質問が飛んでくる。

 必死に理解しようとするが、もともとの質問が要領を得ていないので、当然、理解など出来るわけがなかった。

 眩暈めまいにも似た感覚に、ただ、立ち尽くす。

「ネモが言ってたんだ、俺だけ特別だって!それに――」

 『歩夢は特別』。

 やっとそれだけ風小は確認する。

「風小の事も『風小』って呼べって言った。『そう言うお国柄』なんだって」

「は、はいっ!はい!」

 風小が少しだけ正気を取り戻した。

「そうです!お国柄デスよ!私は風小でよいデス!レンレンさんは特別にネモデスよ!」

 なんだか解らないが、解らないだけに、話を合わせなければイケナイ。

 風小は直感的に――、そして盲目的に、そう判断していた。

 もし、自分がここに呼び出された事が、レンレンの仕事に関する事だと言うならば、そうしなければ『ヤバイ』と言うことは疑う余地のないことだったからだ。

 今は、一刻も早くレンレンと接触しなければならない。

 そして、何が起こっているのかを把握しなければ、何もかもがヤバイ。

 そうに違いない!

「さあ、さあ、歩夢さん!早速、早速参りましょう!」

 そう言って風小は歩夢を背中からせっつく様にして改札へ向かった。

 歩夢が改札を抜け、その後を追うようにして風小が抜けたそのとき。

「もしもし」

 突然、後ろから声をかけられ、風小は飛び上がった。

「????????」

 心臓は早鐘のように高鳴り、あまりの驚きに声も出ない。

 何事かと後ろを振り返ると、そこにはツバ付きの帽子をかぶり、開襟シャツを着た初老の男が愛想のいい笑顔で立っていた。

 男の右手は何事かをねだるように掌を上にして風小に突き出されている。

「お客さん。キップを置いてってください」

 言われて初めて、風小はその男のかぶっている帽子が駅員のものであることに気がついた。

「あ、ああ。無人駅ではなかったのですね――」

 風小は顔を赤らめながら、パンツのポケットからキップを取り出すと、差し出された男の手に渡す。

「それでは、よい旅を――。竜宮町へようこそ」

 男はそう言って、笑顔を崩すことなく、帽子のツバに手をかけて小さく挨拶すると、奥に有る詰め所のような部屋に戻っていった。

「冥土へ旅立つところでしたデスよ」

 その後ろ姿を見送るように見つめながら風小は、どきどきと動悸する胸を押さえて、大きく息を吐いた。

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