15、優しかった母
今日は、何事もなく時間が過ぎ
今は、午後4時
仕事も落ち着いてきた私は
少しのんびりしようと
紅茶を入れていた
何か甘いものが欲しいなと考えていた時
後ろからお嬢様の声が聞こえた
振り向くとそこには
膝にクッキーを乗せたお嬢様がいた
そして、私が入れていた紅茶を指さして
「私も飲む」
と言った
私は、すぐにお嬢様が愛用している
カップを取り出し紅茶を入れた
お嬢様のカップと私のカップを
テーブルに置き
膝の上にあるクッキー缶もテーブルに置いた
お互い1口飲んだあと
何を話そうかと悩んでいた時
「あなたが紅茶を入れてるのを見たから
私は、クッキーを持ってきたの
一緒に食べるかなって思って」
と呟いた
私は、「そうだったのですね」と返した
その時、お嬢様は少し笑って
「でも、この時間に食べたら太っちゃう」
「4時までは太らないと
聞いたことがありますよ」
「もう、4時でしょ」
「なら、5時で」
「あはは、便利な言葉」
「そうですね」
この会話のおかげで
場の空気が少し和んだ
そして、お嬢様は私の目を見て
「さぁ、あなたの過去を話して」
と言った
「やっぱり、その話でしたか」
「私は、忘れないから」
「そうですね」
お嬢様はもう聞く準備はできているようだった
私は、ふぅと息を吐いてから
過去を話始めた
私は、昔から人の顔を伺う子でした
それは、きっと母親の影響だと思う
私の母は、気難しい人だった
昔はそんな人じゃなかった記憶がある
きっと、何もかも失敗してから
そう私は思っていた
私が、小学生3年生の頃までは優しい人だった
いつもにこにこしていて穏やかだった
私は、母のことが大好きだった
そんな、いつもニコニコしていた人が
ある日突然
壊れた
まるで、丈夫なガラスが
少しの刺激であっけなく割れてしまったように
母は、笑わなくなった
そうなった原因は知っている
会社をクビになった
何か悪事を働いたと言われたらしい
どんなことをしたのか
それが、本当なのか
嘘なのかは分からない
母にしか分からないこと
その時から私の生活は変わった
「ねぇ、お母さんおやつ食べたいな」
「……」
「ねぇ、お母さんお買い物行こ?」
「……」
「ねぇ……お母さん、このゲーム面白いよ」
「……」
「ねぇ……お母さん」
「……」
母は、どんなに私が話しかけても
何も答えてくれなくなった
最初は、落ち込んでいる
悩んでいる
そうと思って
何度も、元気づけようと幼いなりに頑張った
お菓子を一緒に食べようとしたり
ゲームをしようとしたり
でも、全部上手くいかなかった
その時、私の中で
「あぁ、もうダメなんだ」
という気持ちが出ていた
それでも、ほっとけなかった
父親のいない私は母親だけが頼りだった
私が小学生4年生になって
半年がすぎた頃母は
突然暴力的になった
私が少しうるさくしたり
上手くいかないと叩かれた
きっと、母は自分と私を重ねていた
私に失敗して欲しくない
そういう気持ちがあったからだと思いたい
それでも、その時の私には
荷が重かった
なぜ、殴られないといけない
殴られるのが怖い
失敗したのは私のせいじゃない
お母さんが怖い
私の人生に入らないで
そんな気持ちがぐるぐるしていた
反抗したい自分と
母が怖い自分
そして、次第に私は
「今、何を考えているの?」
そう考えるようになり
母の顔色ばかりを伺うようになった
何かある度に
少しでも、機嫌を損なわせるような
ことを言ったと感じたら
すぐに母の顔を見た
声色や表情一つ一つに敏感になっていた
中学生になると母以外の人でも
無意識に顔色を伺うようになった
学校で友達と話している時も
先生の顔色も常に見るようになった
直した方がいいことも
大人になるにつれ大変になることも知ってる
それでも、どうすることも出来なかった
唯一私を助けてくれる方法だと思っていたから
私は、そう話しながら
ちらっとお嬢様の顔を見た
お嬢様は静かに聞いてくれていた
きっと、私はずっと声が震えている
それでも、気にせず聞いてくれたのは
お嬢様とおじいちゃんだけだった
しばらく何も言えずにいると
お嬢様は、心配そうに私の顔を見た
そして
「大丈夫?やめてもいいよ」
と優しく言ってくれた
私は、首を横に振り
「少し考え事してて」
「考え事?」
「はい、お嬢様は私のおじいちゃんに
似てるなって」
「あら、私が年老いてるってこと?」
「いえいえ!そういう訳では」
「あはは、わかってる
どう?少し和んだ?」
「はい、ありがとうございます」
「それで、似てるって?」
「えっと、雰囲気と言いますか
こうやって私の長い話を静かに聞いてくれたの
おじいちゃんとお嬢様だけでして」
「そうなのね」
「はい」
「私は、どんなに長くても聞くよいつでもね」
「ありがとうございます」
「でも、少し休憩しよっか
ずっと話してても七海が
辛くなっちゃうでしょ」
「そうですね」
私たちは、紅茶を飲んだり
クッキーを食べたりして
気持ちをリセットした
楽になってきて
私は、また話し始めた




