最終話 置いていかずに待てと言って
「ジャスパー、怖い顔をしているよ」
懐かしさを感じる優しい声に、俺ははっと意識を取り戻した。
顔を上げると、国王や王妃、ラルフまでもが心配そうにこちらを見ていた。
「まぁ、気持ちはわからないけどね」
随分と小さくなってしまった愛しい彼女が、愛おしさを滲ませた瞳で苦笑した。
クレナの裁判は終わり、今は、彼と自分たちの今後を国王たちと共に話し合っていた。彼の名前を聞くだけで、正直に言って噛み殺しに行きたくなる。しかし、それは彼女は望んでいないとのことなので、我慢する。彼女が望むなら、どこにいたって追いかけて、殺しても殺し足りないほど噛み潰すのに。
そんな彼女の優しさにまた、懐かしさを感じてしまうのだけれど。
「これから彼はすべての罪を洗い出した後、この大陸内で最も環境が劣悪な牢獄へ入れられることになるだろう。それほど、彼は、いや、彼の家は様々な悪事に手を染めていたからな。間接的に関わったものも含めれば、その数は千はくだらない」
「そうですか……」
国王の言葉に下を向いて反応する。
できるならば、自分の手が届かないほど厳重で、警備がしっかりとした場所に入れてほしい。でないと、狼化した隙に襲いに行きそうだから。
「そういえば、君が生まれた研究所は彼の家が秘密裏に運営していたものだった」
「なるほどな。だから薬を用意できたのか」
「ああ。作成者も今回捕まえた者たちの中にいるだろう」
「ちょっとあなた」
「なんだい?」
王妃が国王の袖を引いた。アカシア様も国王も二人して首を傾げる。
「あの方は生を後悔するほど苦しめるということで、いいではありませんか。アカシア様はあと五分もしないうちに消えてしまわれるのに、あんなげろ――あの方の為に時間を費やすのは惜しいですわ」
「待てリリー。君、そんな性格だったか?」
「あら、わたくしは今も昔も変わりませんわ。ずーっと貴女のことがお友達として大好きで、ずーっと怒っていますのよ」
「お、怒っているだと?」
予想していなかったのか、アカシア様はビクリと肩を震わせた。しょんぼりと眉を下げてしまっている。ああ、かわいい。かわいすぎて、このまま飲み込んでしまいたくなる。この手で触れることができないのが、本当に悔しい。
自身の拳を握ると、王妃がビシリと指を差した。
「わたくし、ずーっとアピールをしてきたつもりでしたのよ」
「な、なんのだ?」
「すべてを受け入れるアピールですわ!」
小さなアカシア様は首を傾げた。本当にかわいい。
「私たちが気づいていないと思っていたのかい?」
国王の質問に、アカシア様は反対側へ首を傾げた。このまま引っ張り出せたらいいのに。
「恋愛初心者はわかりやすく変化が出るからね」
「えっ」
アカシア様の顔がどんどん赤くなっていく。おいしそうだ。
「いっ、いつからだ?!」
「割と最初からですわ」
「お前が話してくれないから細かくはわからないが、うなじに赤い跡をつけてきた数ヶ月前からだな」
「すごい最初じゃないか!!!!」
彼女の叫びに、国王と王妃はクスリと笑った。ラルフは不思議な表現でやり取りを見ている。
「さ、このことを話せたから、わたくしはもう結構ですわ。あとは冥土の楽しみに取っておきましょう、陛下」
「ああ、そうだな。名残惜しいが、彼女との残りの時間は、君たちに譲ろう」
ペンダントロケットが渡された。俺の手におさまったアカシア様は、恥ずかしさに潤ませた瞳で見てきて。
ああ、自分もこの中に入れたらいいのに。
部屋に扉が閉まる音が響く。
「……ラルフ」
表情を戻したアカシア様が、息子の名前を呼ぶ。自身の服の袖を握っていた彼の手が強くなった。俺は彼へとペンダントロケットを渡す。
絵の中の彼女が涙に濡れていく。
「こうして、君の成長する姿が見れてよかったよ。もう会えなくなるけれど、ちゃんと見ているから」
「さみしいよ」
「うん、ごめんなさい。……ねぇ、ラルフ。この世界にはあの世というものはないんだ。でも、何かに混じるわけではなく、自由に世界を飛び回れる」
「どういうこと?」
「要するに、見えないだけで、いつでも側にいるってことだよ。声の出せない透明人間だと思ってくれたらいい。……まぁ、それで歯痒い思いをしてきたんだけれど、殿下やルミナス嬢たちのおかげで、もう大丈夫そうだし」
彼女の顔に影がさす。しかし、すぐさま微笑みを浮かべた。
「だから、私の代わりにこの世界を楽しんでくれないかな?」
「側にいてくれるの?」
「うん。見えないだけでね。約束するよ」
「……わかった」
「ありがとう。じゃあ、よろしく頼んだよ、ジャスパー」
「ははうえ!」
ラルフはペンダントロケットを胸に抱きながら、涙を流した。そこには、俺と赤子の彼の写真が映っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜、月明かりの下で俺はペンダントロケットのスイッチを押した。
彼女の優しい歌声を思い出しながら、そっと息を吹きかける。
すると、写真がアカシア様の姿へと変わった。パチリと開いた彼女の目が、俺を見つけて細められる。
「君なら気付いてくれると思っていたよ」
「貴女の魔力を忘れるはずがありませんから」
俺も彼女に微笑み返した。
ラルフへ別れの言葉を告げた後、ロケットにはまだ魔力が僅かながら残されていた。だから、賭けてみたのだ。
「どうしても、君に伝えておきたいことがあって」
彼女の瞳がまっすぐに見つめてくる。月と同じ色をしていて丸いのに、与える感情は真逆だ。
小さく息を吸って、彼女は口を開いた。
「ジャスパー、君のことが、私は好きだ。大好きだし、愛している」
彼女の言葉に胸が痛んだ。張り裂けそうな甘い痛みに、言葉が出せなくなる。
「私から伝えようとしたことはなかったからね。最後に伝えられてよかった。ありがとう」
「俺も……俺も、アカシア様が、大好きです。愛しい貴女がいないこれからの人生を、どう生きていいのか、わからない」
「ラルフに伝えたように、この世界を楽しんで」
涙の海にのまれて歪むアカシア様を、指で必死に拭う。すると、彼女は困ったような表情を浮かべていた。
「このままだと後を追ってきそうだな……それは嫌だからな、やめてくれ。だから、えぇと……ほら、こうして死んでも魔力と意識は残るんだ。私を楽しませる為にも、たくさんこの世界を知ってくれ。それで、寿命を迎えた後に、君が、君自身の目で見たことを教えて。ね?」
「貴女が、望むなら」
「うん、ありがとう」
アカシア様は満足げに頷いた。
ああ、そんな。俺はまだ、そんな風に笑えない。
あと十もしないうちに、魔力が尽きてしまうのに、「行かないで」という言葉が頭を埋め尽くす。そんなこと、言ったことも、思ったこともなかったのに。
「じゃあね、ジャスパー」
俺を待たないで。俺を待たせる君でいて。
お願いだから、行かないで。
「――俺」
彼女の姿が薄まり始めたその時、心を決めた。浮かんだ考えを口にする。
「俺、魔道具を直します。直して、また貴女と話したい」
「でも、かなり壊れてしまっているよ」
声だけになった彼女を見つめ、微笑んだ。
「俺に魔道具を教えてくださったのは、他でもない貴女ですから」
声はもう聞こえなくなった。それでも最後まで言葉を紡ぐ。
「アカシア様、俺、殿下たちと、貴女と夢見た魔道具を造ったんです」
嗚咽を飲み込む時間も惜しい。
「きっと、貴女と話した夢を叶えて見せます。でも、変わった世界を見るなら、貴女と一緒がいい」
そうでないと、嫌だ。
「貴女を待たせたりなんかしません。でも、言いつけは守ります」
よくやったと頭を撫でてくれなくても、抱きしめてくれなくてもいい。
俺が、貴女を抱き締めるから。
これにて『黄薔薇の糸が解けたら〜公爵令嬢はループを断ち切りたい〜』と『過去編 花と石』は完結となります!
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
初めて書いた長編作品。見つけてくださっただけでもありがたいのに、読んでくださって。
ブクマ、いいね、感想、評価…本当にありがとうございました!
皆さまはどのカップルが好きでしょうか。私はすべてですが、もう少しアカシアとジャスパーの話を書きたかった気が…。でも、書きたかったことは書けたので、よしとします。本当に、ここまでありがとうございました!(*´꒳`*)




