表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/99

15話 枯れることも叶わずに

 薬の服用を始めて二年が経った。ジャスパーの身に大きな変化が現れたことは、今のところない。しかし、私の周りでは異変が起こっていた。気のせいのようにも感じる、小さな異変が。

 私は魔道具の棚から取り出したペンダントロケットのスイッチを押し、中を開いた。魔道具として使えるよう弄られたそれの中には、一枚の写真が入っていた。

 眠っている赤子のラルフと、彼を抱え、安堵と愛情を混ぜた表情で微笑むジャスパーの姿が映されている。これは、彼が初めてラルフを抱いた時のことだ。


(柔らかくて潰してしまいそうだと、怖がっていたな)


 泣いている姿を見て焦り、必死にあやして、泣き止んでくれたことに嬉しさを感じて。


(かわいいと呟くその姿が、眠るあの子が、どれほど愛しかったか)


 どうしても、その瞬間をおさめたくて。

 私はそっと、カメラのスイッチを押した。


「何かありましたか?」


 聞こえてきたジャスパーの声に振り返る。彼にはラルフの様子を見に行ってもらっていた。一時間も経っていると言うことは、起きていたのだろう。そして絵本の読み聞かせをしていたか。

 流れるような動きで抱き締めてきた彼へと顔を向ける。不思議そうにコテンと首を傾げた彼を見て、ほんの少し言葉に詰まり、口を開く。


「実は最近、離宮の外から視線を感じるんだ」


 ジャスパーの眉間がピクリと動いた。


「俺はどうしたらいいですか?」


 彼の動き(暴走)を長いこと止めてきたからだろうか、外へ飛び出すことなく、彼は指示を仰いだ。ふわふわとした耳を一撫でした後、ペンダントロケットを持たせる。


「綺麗ですね」

「ああ。私の思い出が詰まった美しい品だよ。

これを学園のどこかに、埋めてきてほしい。中は開けないでくれ」

「わかりました」

「ありがとう」


 私は離宮から出ることはできない。完全に信用がおけて、尚且つ他所の人間に姿を認識されていない存在は、彼しかいない。彼は運動神経がいいから、学園の低い塀は軽々と越えられるだろう。


「でも、無理はしないでくれ」

「大丈夫ですよ」


 いつも通りの言葉に、いつも通りの返し。


「君の言う大丈夫は信用できないからなぁ」

「裏切ることはしませんよ。……早い方がいいですか?」

「そうだね。何もないのが一番だけど、念のためにね」

「わかりました」


 ジャスパーは抱き締める腕を強めた。グググ、と彼の重みが上体にかけられる。

 腕が離され、彼は窓枠へと足をかけた。


「では、行ってきます」

「ああ。気をつけ、!」


 枠を掴んでいたはずの彼の手が離れ、私の両頬をそっと掴んだ。ほんの一瞬、小さな音を立て、離れてしまう。

 月明かりを背に微笑して、彼は夜の闇へと消えていった。


「だから、不意打ちはやめろといつも……! はぁ」


 行き場のない気持ちを独り言に変える。次いで私は、ベッドへとダイブした。


(あの時の言葉が、意味をなさなければいいんだがな)


――もし自分に何かあったら、三十一個の魔道具をすべて集めてほしい。

 ラルフが生まれた数週間後、皆が寝静まった頃に、私は国王の部屋を訪れた。その際に伝えたのがこの言葉だ。

 これは、離宮後の未来がどう転ぶか分からなかった際にかけた、保険だった。

 三十一個のうち三十個は、生徒だった時に造ったものだ。だが、それだと居場所が見られている可能性がある。見られてもいいと思っていたから、さほど周りに隠すことなく埋めていた。タイムカプセルみたいなものだ。

 故に、新しく一つ足しておこうと思ったのだ。その時はまだ何を造るのかはまったく決めていなかった。


(もし何も起こらなかったら、あの写真は一生土の中か)


 しかし、何かあったとしたら、私とジャスパー、ラルフの関係を知る者は、当事者を除いてクレナだけになる。

 大切な友人である国王とリリーにも、彼のことを知っていてもらいたい。


「ん?」


 誰かが扉をノックした。夜に私の部屋を訪れる許可が降りているの使用人は、彼しかいない。


「アカシア様。そろそろ薬がきれる頃かと思いまして、購入してまいりました」

「ありがとう」

「おや、ジャスパー様が見当たりませんね。明日には薬を飲まなければいけないのでは?」

「少し用事を任せたんだ」

「用事ですか」

「ああ」


 クレナは辺りを見回していた頭を止め、窓の外へと視線を向けた。貼り付けたような微笑みを浮かべている姿に、違和感を感じる。このような表情をするような人物だっただろうか。


「では、喉がお渇きになるでしょうから、飲み物を用意してまいります」

「よろしく頼む」


 こちらへ向いた彼の表情からは、違和感など感じられなかった。


(気のせいか?)


 そっと胸を撫でおろす。

 しかし、また違和感が走った。

 クレナが扉を閉めるほんの一瞬、机の辺りへ瞳を動かしたような気がしたからだ。

 机の上には、試作品の魔道具たちがゴロゴロと転がっている。脳に作用するもの、意識に作用するもの、耳に作用するもの、眠気を誘うものなど、アプローチは様々だ。

 完全にとはいかなくとも、夢見たものにかなり近いものができただろう。とはいえ、ここで終わるつもりはない。目指したのは、会話ができるようになる魔道具。ただ一方的に避けるよう仕向けていては、本当の平和は訪れないだろう。


(進捗を、彼も気にしてくれているのだろうか?)


 私は机へと近づき、魔道具の一つを手に取った。

 ようやくゴールに近づいた。そのことに胸が高鳴るのは、時間を考えれば、当たり前のことだった。

 もちろん、その時間は楽しかったけれど。


「アカシア様」

「わっ!」


 突如、後ろから抱き締められた。窓を掴む音も、風を切る音も、気配もしなかったのに。


「驚くじゃないか」

「魔道具を見つめる貴女がかわいくて、わかっていても抱き締めたくなったんです」

「わ、わかったから、部屋に入ってくれ。君を支えるものが窓枠にかけた足だけというのは、なかなか心配な気持ちになるんだ」

「わかりました」


 そう言って、ジャスパーは私から手を離した。大人しく部屋に入り、再び抱き締めてくる。


(あの一年を経て、スキンシップが激しくなっているような)


「あ」

「どうしたんですか?」

「忘れていたよ。はい、これ」


 彼から腕だけを離し、クレナから渡された小箱を取った。

 中から引き抜いた小瓶の中身は、音を立てることなく揺らめいた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 夜空に、落ちそうなほど大きな満月が浮かんでいる。蝋燭の溶けきった暗い部屋に、ため息が消えていく。


「遅すぎる」


 そう声を発したのは、他でもない私だ。

 今までは陽が落ちた瞬間に入ってきていたというのに、ラルフも使用人も寝てしまっても、ジャスパーは来なかった。「また明日」と言ったのだから、来るとは思うのだが……。


(寝て待っていようか)


 ベッドに腰掛けていた体を横たえて、目をつむる。

 待たされるのは初めてだった。彼は「来る」と言ったら必ず来たし、「待っていて」と言うこともなかった。私が「来て」と言わなくてもいいくらい、彼は離宮に通っていた。恐らく、体が動く限り来てくれているだろう。

 心臓がやけに速く動いている。不安で、不安で、たまらない。


(大丈夫。彼はきっと来る)


 待たされるのが、こんなにも辛いものなんて。


(彼が戻ってきたら、精一杯ギュッとしてやろう。頭も撫でて、大好きだと――)


 そういえば、私から彼に好きだと伝えたのは、いつだろうか。

 いつだって、彼の方から伝えてきてくれていたのではないだろうか。


「……やっぱり、座って待っていよう」


 ベッドに座りなおす。


「い、いや、やっぱり窓の側かな」


 起き上がり、窓際の壁へともたれかかる。

 その時、ガサガサと木々が揺れる音が、窓の外、一階の方から聞こえてきた。


「ジャスパー!」


 私は気持ちに任せて窓の外へと乗り出した。予想した通り、力強い腕が抱き締める。

 その力は、抱擁というには強すぎた。やはりおかしい。

 彼は狼にはなっていなかった。狼の耳と尻尾はピンと立っているが、首元に埋められた顔からは皮膚が見えている。なのに、息が荒くて、爪が肩に――


「ツッ!」


 パタリ、小さな音を立てて何かが床に垂れた。

 甘い香りに、錆びたにおいが混ざる。

 全身を駆け巡った熱く、激しい痛みに、彼の体を引き離した。


「……ジャスパー」


 痛む首筋を抑え、目に映った光景に息を呑んだ。胸がドクリと波打つ。


 しくじった。


 そう、瞬時に頭の中で理解した。

 混乱し、悲痛な表情を浮かべるジャスパーの口からは、赤い血が垂れていた。瞳孔は狭まり、体を震わせ、手についた血を見つめている。


「アカ、シア様、俺……俺」

「待って、ジャスパー」


 私が一方踏み出すと、彼は二歩後ずさった。


「ジャスパー!」


 目をギュッとつむり、彼は身を翻した。

 伸ばした手は、夜空を掴んだだけ。


「くっ」


 ぐらりと視界が歪み、地に膝をついた。

 零れた彼の涙が血と混ざり、赤くなって床に染み込んでいく。


(とにかく、血を止めないと)


 肉を食い破られなかったのは、彼に理性が残っていたからだろう。大丈夫、すぐに処置すれば助かる。患部を押さえ、治療するために立ち上がった。

 その時、扉が静かに開かれた。


(クレ――)


 名前を告げる前に、胸に鋭い痛みが走った。倒れた体を抉るように足が乗せられる。

 自身を見下ろすクレナの目は、愉悦に細められていた。

 悔しさと痛みが意識と共に飛んでいく中、最後に残ったのは、彼と子に対する愛しさだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ