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14話 トリカブトの薬

 子供の成長は早いもので、気づけばもう、ラルフは一人で歩けるようになっていた。最後に見たダニエルよりも背が高くなっている。


「母上〜!」

「アカシア様!」


(ああ、今の彼の背は超えれていないか)


 パタパタと二つの足が駆けてくる音が聞こえてきて、私は握っていた工具を机の上に離した。扉が開く音に身を動かす。

 そこには、真っ赤な顔で息を上らせているラルフと、涼しい顔で微笑んでいるダニエルの姿があった。

 離宮に来た数年後、なんと、彼は偶然にもここの庭に迷い込んだらしい。ラルフと私が彼を見つけた時、とてもニコニコの笑顔を向けられたため、追い返すことはできなかったのだ。今は普通に迎え入れられている。入り口は毎回、庭からだが。

 彼は私と目が合うと、これまた爽やかな微笑みを浮かべた。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。今日は何をしていたんだ?」

「兄さんと虫を捕まえていました!」

「森が近いので、様々な種類のものが採れるんです」


 ああ、なるほど。だから昆虫図鑑を脇に抱えているのか。

 ふと、ラルフが眉を下げ、しょんぼりと耳も顔も下げてしまった。


「母上にも見せたかったんですけど、とちゅうでにげてしまいました」

「また一緒に捕まえよう」


 そう言って頭を撫でるダニエルと、大人しく撫でられているラルフ。二人の姿は見た目は大きく違うが、本物の兄弟のように見えた。

 その微笑ましい様子に笑みをこぼす。


「そうだね、また捕まえてきてごらん」

「はい! つぎはもっと大きいものをとってきます」


 えへへ、とラルフは笑った。次いで、ダニエルの手を握って踵を返す。ダニエルは苦笑しつつもどこか嬉しそうだ。


「では、兄さんとオバケごっこをしてきます」

「約束してたんです」

「そうか。気をつけて行ってくるんだよ」


 はーい、と元気な返事をして、二人は部屋から出て行った。私も魔道具に向き合う。


「ん? オバケごっこ?」


 時間差で気になってきた。何をしているのだろうか。少なくとも、ジャスパーとしている姿は見たことがない。

 はて、と首を傾げたその時、ノック音が響いた。


「失礼いたします。紅茶をお持ちしました」

「ありがとう。いただくよ」


 入ってきたのはクレナで、ティーセットを持っている。作業の手を止めずに返事をすると、机の上にカップとソーサーが置かれた。懐かしい茶葉の香りがする。


「王城から送られてきたんだな」

「メイドの一人が持ってきただけですよ」


 二人してクスリと笑った。

 ふと、クレナの目が魔道具へ向いていることに気づく。どうしたのかと私も彼を見つめると、クレナは視線に気付いたようで、小突かれたように顔を上げた。


「作業は捗っていらっしゃいますか? 確か、魔物と話ができるようになる魔道具をお造りになっているんですよね」

「ああ、そうだ。でも行き詰まっているよ」

「そうですか。なかなか難しいことでしょう」

「そうだな。でも、今日はジャスパーが来るから、少しは進むかもしれない」


 彼はほぼ毎夜、この離宮、いや、私の部屋を訪れていた。だが、やはり自身の相手であることと、魔物であることを知っている人物は少ないに限る。下手すれば、魔物を恐れた者が離宮に潜り込み、彼を襲うかもしれないから。

 なんて、考えすぎかもしれないが、慎重に放った方がいい。

 そのため、彼が来るのは夜、と決めていた。これは、事情を知った彼からの提案でもある。

 とはいえ、満月の夜の前後は必ず会えないが。動けないほどの怪我を負えば、まるまる一週間も空いたりする。


「満月か」


 綺麗なはずの存在が、少し憎い。


「いかがされましたか」

「なんでもないよ」


 せめて、写真があったなら、寂しさも紛れるのだろうが……。

 そっと、ペンダントロケットが入っている魔道具箱へと目を向ける。

 彼は写真にも映らないことを決めた。写真という目に見える形に残ることで、私やラルフ、もしかしたらその先を苦しめることになるかもしれないから、と。


(すべてを話すべきではなかったのだろうか?)


 いや、これでよかったはずだ。隠すより、すべて知らせた方が、行動しやすいところもあるだろう。第一、ラルフの姿を見せたのだから、誤魔化すことは難しいだろう。


「あの、おこがましいかもしれませんが」

「なんだ?」


 クレナは珍しく自信なさげだ。


「私、実は休日中に町や港を周っていたんです。そうしたら最近、やっと薬学と魔物の研究に詳しい者を見つけまして」

「それがどうかし――」


 目の前に、小瓶の詰まった箱が置かれた。中に液体が入っているようで、持ってみるとトプンと空気を飲むが聞こえてきた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「変身の発作を抑える薬……ですか」

「あ、ああ」


 ジャスパーが月明かりに小瓶を透かして見ている。私はその様を、不安を感じながら眺め、頷いた。次いで目を逸らす。

 すごいものを見つけたと話を聞いた時は思ったが、本当にそんなものあるのだろうか。副作用はないらしいと言っていたが、クレナが騙されている可能性もある。

 第一、本当に魔物について調べる、命知らずな物好きなどいるのだろうか。もしものリスクを負ってまで、彼に飲ませる必要はあるのだろうか。

 会えなかった一年のことを思えば、月に一度、一週間会えないことは我慢できる。今はラルフもいることだし。

 あと、胸がザワザワするのだ。言いようのない不安感と違和感が胸に巣食う心地がする。


「ジャスパー、やっぱり、この薬は――飲んだのか」


 彼へ目を向けると、瓶の蓋が開いていた。中の液体もなくなっている。


「これで貴女と過ごす時間を増やせるのなら、多少苦しんでも構いません」

「私が気にする」


 彼の手から瓶を受け取り、ため息をつく。叱られたと悟ったのか、ジャスパーは耳を垂れてしまっている。


「ごめんなさい」

「次からはもっと慎重にね。何か異変はない?」

「大丈夫です。ちょっと眠いですけど」

「薬のせいなのかわからないね」

「でも、試してみる価値はあると思います。どこまで行ってしまったとしても貴女の元に帰ってくる自信はあります。ですが、自分の意思で変身する時とは違い、我を失っている状態なので、うっかり命を落としてしまう可能性があるので」


 その可能性は考えていなかった。

 彼は全身切傷だらけだったり、打撲痕ができていたり、骨折寸前まで手や足を痛めたりすることが多々あった。全身びしょ濡れで帰ってきたこともある。

 リスクを測り得ないが上手くいけば安全を得るであろう薬を飲むか、多少の程度はわかっているがリスクが続く今の状態をキープするか。

 どちらを選ぶことも難しい。

 私はジャスパーの顔を見つめた。懇願するような真剣な表情をしている。


「わかった。試してみよう。ただし、ほんの少しでも変化を感じたらやめること。いいね?」

「わかりました」


 ジャスパーは私の言葉にしっかりと頷いた。この薬は満月の夜の前日から飲む必要があるらしい。試す日は近かった。



 結論から言って、薬は眠気がする程度の副作用があるだけで、効果はばっちりだった。念のため森から離れていた彼は、満月の翌日、傷一つなく私の元へ帰ってきた。陽が落ちてから昇るまで、ずっと離宮の方を見ていたらしい。

 私と彼は喜んだ。クレナにお礼を言うと、必死に探した甲斐があったと、彼も喜んでくれた。

 ちなみに、薬を飲む前にクレナが教えてくれたのだが、効果は既に実証済みらしかった。資料を貰うのを忘れていたと、ギリギリで渡しに来てくれた。

 資料の内容は非常に理論的だった。数値が細かく記載され、実験数も十分。

 試す日まで悩みが晴れなかった私は、安心した。そして、服用を許可した。


 でも、それが間違いだった。

 最初に感じた不安を、違和感を、大切にすればよかった。

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