13話 待つ身が辛いか、待たせる身が辛いか
殺風景な部屋の中を、使用人たちが慌ただしく行き来する。中心で指示を出している私の元に、数人、使用人がやってきた。
「工具の移動が終わりました」
「小屋の中身を移し終えました」
「ありがとう、私も最終確認が終わったら向かうから、残りの荷物を運んでしまってくれ」
「かしこまりました」
指示を受けて使用人たちが去って行く。
私は廃妃となり、離宮へと移されることとなった。今日でこのお城とはさよならしてしまう。窓から見える景色も見納めかと、懐かしさと寂しさを感じてしまう。
ふと、使用人たちの足音が途絶えた。
「アカシア様。お迎えにあがりました」
入り口へと目を向けると、クレナが側に控えていた。頷き、部屋を後にする。
二人がここへ来ないことは予想できていた。
国王との間に生まれた子でないことは一目瞭然で、出産した瞬間、騒然とした空気を感じたものだ。
この話はすぐに広がり、緘口令をひいたから王宮内で留まったものの、その速さは予想を遥かに超えていた。専属の者以外、すべての使用人と関係者が、静かな避難の目を向けてきた。覚悟はしていたので傷つきはしなかった。
しかし、このまま王宮にいては魔物を敵視する組織に目をつけられ、危害を加えられかねないからと、動けるようになってそうそう移動することになったのだ。
故に、まだまだ話題の熱は冷めていなかった。そんな中私に会いにくれば、火に油を注ぐことになるだろう。
このことを予測してか、一日の大半をベッドで過ごすようになってから、二人は毎日会いに来てくれた。細かい時間を縫ってまで。
(本当に、私は友達に恵まれているな)
王宮の裏口を抜け、振り返る。
私を小屋へと送り届けてくれた、白亜の王宮。国王とリリー、二人との思い出が詰まった場所。もう二度と、訪れることはできない。
「アカシア様?」
「今行くよ」
微笑みを漏らし、私は王宮を背にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
離宮は自分が思っていたよりも広く、綺麗だった。温かみを感じる木造建築と、暖色のカーペット、ところどころに置かれた観葉植物はあの小屋を彷彿とさせた。もしかしたら、二人が気を利かせてくれたのかもしれない。
クレナに中を紹介してもらいながら歩く。
「もう歩いても大丈夫なのですか?」
「ああ。もう少しで半年が経つからな」
「リリー様は一年近くかかっていらっしゃいましたから」
「彼女と私では、筋力も体力も違うからね」
「ご無理はなさらないでください」
「そうだね」
階段に差し掛かり、クレナが手を差し出した。手すりにも手をかけ、登って行く。まだ本調子ではないが、このくらいならば大丈夫だ。
「寝室は二階に用意しています。ですが、念のために、一階にも予備の寝室を用意しておきました」
「確かに、階段はできるだけ使いたくないな。どちらを使うかは、部屋の中を確認してから決めるよ」
「かしこまりました」
最後の階段を登り終わり、手を引かれたまま部屋へと案内される。
「あ……」
扉が開き、目の前に広がった景色に、思わず声をこぼした。
この離宮は、小屋から離れたところに建てられた。私がそこへ足繁く通っていたことを思い出し、不審な目を向ける者が多々いたため、当然のことである。そのため、小屋はおろか、その奥で茂る木々たちも、王宮と同じくらい思い出が詰まった森も、見ることはできないと思っていた。
しかし、窓の外から見えたのはその森たちで。風に揺られて動く姿に、頬が緩んだ。
「陛下からお手紙を預かっております」
「えっ?」
少しの間見入っていると、クレナが手紙を取り出した。
「私は外に控えておりますので、御用がありましたらお呼びください」
手本のようなお辞儀をして、クレナが部屋から出て行った。
「こんな物を用意してくれていたなんてな」
涙が出てしまうじゃないか。
机に置かれていたペーパーナイフを手に取り、封を開けた。近くの椅子へと腰かける。
「!」
中を見て、私は目を見開いた。
自分たちが足を踏み入れることはないから、自由にしてくれて構わない。
ただの友人より。
そう、短い言葉が綴られていた。
しかし、門出を祝う言葉には十分だった。
「ん?」
微かな柑橘類のにおいが鼻を掠めた。手紙に鼻を近づけ、嗅いでみる。
香水とは違った、オレンジのようなにおいだ。似たような香りを学生時代に嗅いだことがある。主に、国王としていた秘密の手紙のやり取りで。
「もしかして……」
魔道具の置かれた棚の鍵を開け、中から炎が出る物を取り出した。
「わっ!」
スイッチを入れたその途端、間近に炎が迫ってきた。
音を立てて魔道具が床に落ちる。
「あぁ、そうか。出力装置を弄っていたんだったな」
スカートを折ってしゃがみ込み、魔道具を持ち上げる。傷がないか確認し、立ち上がった。
しゃがんだ拍子に、頬にかかった髪を耳にかける。毛先を摘めば、焦げた髪がまだ残っていた。
鏡に映る姿の私は、ジャスパーと初めて会った時よりも長くなっていた。
(短い髪もかわいいと言ってくれたな。今の髪も……かわいいと言ってくれるだろうか)
もういないけれど。
王宮に庭はあるが、それ以上外に出ることはできない。だから、彼を呼ぶこともできない。
(まぁ、ここには使用人の目があるし、無理な話だな)
「……読むか」
ため息を吐き、魔道具の出力装置を元に戻す。小さく出た火の上に手紙をかざす。
すると、みるみるうちに文字が浮かび上がってきた。
――またいつか、みなで茶が飲めたらいいな
本当に、本当に小さな字で書かれていた。
その横に、小さな……小さな……何かの絵を添えて。恐らくこれは、リリーが描いたものだろう。
「そうだな」
口元を綻ばせて、私は手紙を便箋に戻した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
深い森が目前に迫る窓から、月の明かりがさす。
(やはり、二階にして正解だったな)
ただ景色を見ているだけのに、ひどく懐かしい気持ちが込み上げてくる。一年経っても埋まることのなかった寂しさが、ほんの少しだけ和らいだ。
(いや、本当は……)
今だって、いつだって、彼に会いたい。
ギュッとカーテンを握ると、手触りのいい絹が擦れる音がした。ふと、閑静な部屋の中に、小さな人間の泣き声が響き渡る。
私は窓際から体を離した。新たな愛しい存在のために。
ベッドの中へ手を入れて、顔を真っ赤にして泣く赤子を抱き上げる。何時もはぐずるように泣いているのに、今日は珍しく声を上げているようだ。
「どうしたの、ラルフ」
かわいい、かわいい、愛しの子。彼と私が生きた証。
子守唄を歌いながら、あやしてみる。しかし、彼はより一層声を上げるだけで。
「なかなか泣き止まないね。初めて来た場所だから、緊張しているのかな?」
そう語りかけると、ラルフは目を開けて、むすりと唇を尖らせた。
月明かりを反射して靡く柔らかい黒髪に、涙に潤む赤い宝石の瞳。少し尖った耳の先は、じんわりと桃色に染まっている。
すぐ泣くところも、驚くところも、彼にそっくりだった。
突然、彼が顔を歪めた。そんな姿も愛おしい。
「う」
「ふふ。よしよし」
再びぐずり出した彼の頭を撫で、ゆっくりと部屋を歩く。
しばらくすると、落ち着いたようで小さな寝息が聞こえてきた。
(起こさないように戻すのが大変なんだよな)
そっと、そっとラルフをベッドへ戻す。
すると、彼の眉根がピクリと動いた。私の胸もビクリと跳ねる。しかし、焦ったのも束の間、彼は顔の力を抜いた。
(よかった)
幸せそうな寝顔を見つめ、毛布をかける。私もそろそろ寝るとしよう。
とはいえ、眠れそうにはない。なんだかんだいって、新しい住処に緊張してしまっているらしい。
「おやすみ」
ラルフの額を一撫でした。
その時だった。
「アカシア……様?」
窓際から、カタンと物音がしたのは。
次いで聞こえてきたのは、呆気に取られた懐かしい声で。
(まさか)
バクバクと胸が鳴る中振り向く。小さな息が漏れ出た。
「ジャスパー」
最後に彼の名前を口に出したのは、随分と前のことだった。
夜に食われた三日月を背に、彼は窓枠に両足をかけていた。黒い髪が風に揺れ、大きな瞳が私を見つめている。
嬉しさに上がった口が、下げられた。次いで彼は、私から目を逸らしてしまう。
「ごめんなさい。待っているって言ったのに」
今にも消え去ってしまいそうな彼へと、近づいた。
「来てくれて嬉しかったよ。……お待たせ」
夜風に冷えた頬に手を伸ばし、微笑む。赤く染まった彼の目元が細められた。
次いで、私の手に彼の手が重なり、ふわりと髪が揺れた。互いの温度を確かめ合うように目を閉じ、開かれた。
「俺も、また会えて嬉しいです。ちゃんと会えるって、信じていました」
「わっ」
窓枠に腰掛けたまま、彼は私を抱きしめた。すりすりと首元に顔を埋めてくる。
「好きです。大好きです。会えない間も、ずっと貴女のことを考えていました」
素直で忠実な彼のことだから、本当に四六時中考えていそうである。
一年以上会えていなかったことがこたえたのか、彼は愛の言葉をずっと話している。私の存在を確かめるようかのように。揺れる尻尾が、ブオンブオンとありえない音を鳴らしていた。
(もし、国王が私をとめなくて、あのまま遠い場所へ飛んでいたら、彼はどうなっていたのだろうか)
ふと、彼のお腹が鳴った。そういえば、少しやつれた気がする。
「ちゃんと食べているのか?」
「えぇと……一週間前に鳥を」
「それだけ?」
「狩りをする間も惜しくて。ずっと小屋の方角を眺めていましたから」
彼の返答に口を開けて固まる。もしかすると、私は彼にとても重い指示を出してしまっていたようだ。先ほど考えた未来の彼の姿を想像し、罪悪感と安堵で身がブルリと震えた。
「もうそんなことはしないでくれ。君がかつて私のことを大切だと言ったように、私にとって君もまた、大切な存在なんだ」
そう告げると、彼は嬉しそうに微笑んだ。へにゃりとした懐かしい笑みに、心がほっと息をつく。
「とにかく、棚の中にクッキーがあるはずだから、取ってくるよ」
そう言って体を離そうとするも、より一層強い力で抱きしめられてしまった。
「ジャスパー?」
「もっとギュッとしていたいです。まだぜんぜん足りません」
「食べてからでも――」
顔を上げた私は言葉に詰まった。
自身を見下ろす潤んだ瞳に、色が乗っていることに気づいたからだ。久しぶりの感覚に頭と心臓が暴走しだす。
「貴女が欲しいです」
指がゆっくりと絡み、甘い口調で彼が私の名を呼んだ。
「待て」
私はジャスパーの口を塞いだ。
使用人たちは寝ているが、ここにはラルフがいる。あと、まだ疲れているので眠りたい。
しょんぼりと耳と尻尾を下げた彼に、話題転換を試みる。
「どうして、ここにいるんだい?」
「誰かが俺を呼んでいる気がしたんです。アカシア様とどこか似たものを感じる存在が」
「それはきっと、彼のことだね」
私はラルフが寝かされているベッドを指さした。ジャスパーは不思議そうに頭を傾ける。
「来てごらん」
彼の手を引いて、ベッドの前へと連れて行く。どんな反応をするだろうかと、不安混じりの緊張を感じながら。
前に立ってもなんの反応もないので、恐る恐る彼の顔を見てみる。
彼は目を見開き、小さく口を開けて固まっていた。
(き、気絶してる?!)
一筋の涙が彼の頬を伝った。
(いや、泣いてる?!)
取り敢えず手を叩いて起こそうかと、私は手を上げた。その時、誰かが扉をノックした。
「アカシア様。何か話声が――」
「あっ」
止める間も無く、クレナが部屋に入ってきた。
「……そういうことでしたか」
息をついたクレナ。私は唸り声をあげたジャスパーを止めることに必死だった。
「椅子を持ってきます」
「えっ?」
彼の言葉に、ジャスパーの声が止まる。慌てて見たクレナの表情は、穏やかだった。
「陛下が『自由にさせなさい』とおっしゃった理由がわかりましたよ」
クレナの微笑みに、私とジャスパーは顔を見合わせた。部屋を出て行くクレナを見送る。
「……じゃあ」
扉が閉まり、私は手を叩いた。
ジャスパーの腕を引き、ベッドへと腰掛けた。
「彼が戻ってくるまで、何があったのか話してあげるよ。ラルフのこともね」
パタパタと彼の尻尾が揺れた。




