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9話 口下手同士、似たもの同士

 課題試験の一週間後、ルミナスはセレナのお見舞いをするために医務室を訪れていた。

 ルミナスがカーテンを開けると、セレナの目も開かれた。毎回時間をずらしているのに勘がいいこと。


「今日も来て下さったんですね、ルミナス様」

「まぁね。体調はどうかしら?」

「もうすっかり元気ですよ」

「分かったから起き上がらないの」

「あうっ」


 軽くおでこを押されてベッドに沈むセレナを見て、彼女がまだ本調子ではないことをルミナスは悟った。今回も時間は短くした方が良さそうだ。

 ルミナスは試験日の夜に熱を出したが、次の日には熱が下がり始め、今はほとんど回復した。筋肉痛もなくなった。森の中を戦い走り回ったこと、雨に濡れて体が冷えたこと、それによって体力を消費したことを考えれば当たり前だろう。

 しかし、セレナは違った。体力も魔力も使い果たした彼女は、高熱を出し、何日間も意識がない状態だったのだ。意識が戻ってもセレナは昼夜問わず高熱にうなされていた。彼女の症状が落ち着いた頃に医者から聞いたのだが、あと数分発見が遅れていたら助かる見込みはなかったらしい。


(一週間でここまで回復したのは奇跡だとも言っていたわね)


 いつにも増してニコニコしているセレナを眺める。まだ熱があるらしい。


「お見舞いに果物を持ってきたから、食べれそうなら剥いてもらいなさいね」

「そんな! 毎回申し訳ないです。ルミナス様も熱を出されたのに」

「あんなのどうってことないわよ。いいから受け取っておきなさい。そして起き上がらないの」

「でも」

「――あのね」


 ルミナスはセレナの頬を両手で叩いた。痛くないようにやんわりと叩いたため、どちらかというと包んだと言った方が正しいかもしれない。


「私の判断よ。それに、こんなことで私に申し訳ないと思うなんて、私のことを狭量な人物だとでも思っているのかしら?」

「ち、違います!」

「それなのに助けも求めずあんな姿になって」

「も、申し訳ないです」


 声が震える。伝えたいことがあるはずなのに、うまく言葉に表すことができない。


「……心配したんだから」

「!……ごめんなさい」


 手を離さずに、ルミナスはセレナの瞳をじっと見つめる。


「無事でよかったわ」

「ルミ、っ!」


 ルミナスは両手を勢いよく離した。そして出口に移動してビシリと指先をセレナに向けた。


「分かったらさっさと回復に専念すること! いいわね?!」

「はい!」

「そうしたら私とマカロンを食べに行くこと!」

「はい! えっ?!」


 やっぱり素直になれないみたいだ。勢いを使わないと友達を遊びに誘えないなんて。



 医務室を出ると、ディランが壁に寄りかかっていた。


「盗み聞きなんてタチが悪いわよ?」

「公爵令嬢を探していたら声が聞こえたんだ」

「やっぱり盗み聞きじゃない」

「仲がいいんだな」


 意外、ということだろうか。それともただの感想だろうか。


「あの子の落ち込む姿が気に食わなかっただけよ」


 ルミナスがそう言うと、ディランはフッと笑った。


「素直じゃないな」

「そうかもしれないわね」


 ルミナスは医務室から離れるために歩き出した。


「それで、要件は何かしら? あと、その公爵令嬢と呼ぶのはやめてくれる?」

「何故だ?」


 横につくディランは小首を傾げた。


「違和感があるのよ。他にも公爵家の令嬢はいるでしょうから、ややこしいわ」


 せめてルミナス、またはビオスソニオをつけて欲しい。


「そうか。ではルミナスと呼ぼう。俺のことはディランと呼んでくれ」

「それは流石に変わりすぎじゃないかしら?」

「ヴァールハイトと呼ばれるのは、あまり好きではないんだ」


 そう俯くディランの姿は少し悲しげに見えた。


「アイツなんかディラン•ヴァールハイトと呼んできたぞ」


 ルミナスは思わず吹き出しそうになってしまった。アイツとは恐らくセレナのことだろうが、なぜそのような呼び方をしたのか。

 ダンの時もそうだったが、やはりセレナはあまり他人と関わっていないのだろう。それでもディランの名前が出てきたのは、やはりというべきか、運命とでもいうべきか。


「コホン。それは逆に失礼ね……注意しておくわ、ディラン卿」

「ルミナス……嬢」

「ディラン様」

「ルミナス様」

「……違和感があるわね」

「今までは様をつけられる側だったからな」

「愛称で呼び合うわけでもないのだから、貴方の指示通り名前で呼び合うことにしましょう」

「それがいいな」


「あぁ、話があるんだったわね」

「そうだ。闇属性について話に来た」

「私もちょうど知りたいと思っていたからありがたいわ」

「といっても俺が知っていることしか話せないがな」

「それでもかなり有益な情報よ」

「その前に、少しだけ俺の国について話をしてもいいか?」

「構わないけれど、話しても大丈夫なことなの?」


 ルミナスがそう尋ねると、ディランは一つ、瞬きをした。


「話してもいいかと思ったんだ」



 ディランが最初に話したのは、彼の祖国に関する基礎的なものだった。

 オブシディアン帝国は魔物の出没数、討伐数、被害数が最多。魔物討伐の際に獲れた毛皮や、有数の鉱石場で発掘された鉱石の数々を国外に輸出している。


「一年中寒く、深い木々の森が国土をほぼ占めている。火属性なんて、寒く乾燥した森では役に立たない。だから、あの時……」

「あの時?」

「いや、なんでもない。そんな土地だから争いが絶えなかったんだ。俺が魔法を素手で扱うのも、武器との両用がしやすいからだ」

「なるほどね。確か、昔は今のように一つの国だったのよね?」

「あぁ」


 大陸の歴史は幼い頃に一通り学んだはずだ。(それでも、やはりほとんど覚えいなかったので復習をしたが)

 広大なその国は、魔物との争いや土地争いによって細かく分裂してしまった。そしてある日、統一を成し遂げた者が出た。それが今の帝国の始まりである。


「ならこれも知っているだろうが、歴史と土地、あと後継者や地位の得方が独特なんだ」


 まず、皇帝の決め方が変わっている。この国には正確な皇族というものがないのだ。皇帝を決める時期に、武力、人望、政治力、位が最も高い人物が選ばれるらしい。皇帝が亡くなって後を継ぐのはその子供ではないのだ。

 また、この国の貴族は定期的に減ったり増えたりを繰り返している。貴族になる方法。これも他国と比べて変わっていた。まず、貴族になるためには戦功をあげねばならない。その方法は大きく二つ。魔物を討伐すること、他領との土地争いに勝利することだ。もし負けが続いたり、魔物を討伐しないような状況が続けば、その家は地位を剥奪され、平民となってしまうという。

 オブシディアン帝国では武力が全て。そう言っても過言ではないだろう。


「土地争いに関しては他国からの非難もあって減ってきたんだが、それでも争いがなくなるわけじゃない。魔物は待ってはくれない。それに、争い事を好む者も少なくはない」

「話は聞いたことがあったけれど、実際の話を聞くと状況がよく分かるわね……」


 こんな話を何故ディランは話してきたのだろうか。


「そんな顔をするな。それに、本題はこの先だ」

「本題……闇属性についてよね?」

「俺が闇属性を得意とするのは、それがこの国で重視されているからなんだ」

「それは初耳だわ」

「あまり外部に情報を漏らさない国だからな」


(本当に聞いてよかったのかしら?)

 そんなことを思うが、ディランは淡々と話を続けていく。


「まず、剣や鎌などの形に変形させれば武器として使える。そこまで変形させずとも、出し方によっては木を切ったり、入れ物にしたり、椅子にしたりできる」

「木を切っていたのは見たけど、闇属性って便利だったのね。使い道のない属性と言われていたから驚いたわ」

「魔法に詳しい者なら俺が今言ったことは知っている。だが……」

「何?」


 そこまで言って、ディランは言葉を止めた。代わりにこちらへ来るよう指をクイッと曲げてきた。


「ガルムを覚えているか?」

「ええ、覚えているわ。背中に乗ったわよね」

「それが、もう一つの使い方だ」

「え?! それって……!」

「そういうことだ」


 ルミナスはバッとディランの口元から頭を離した。焦るルミナスを見て、ディランは静かに頷いた。


(まさか、洗脳?! それとも意識を操っているの? ひそひそ話とはいえ、こんなこと誰かに聞かれでもしたら……!)


 ルミナスはその先の言葉を止めるため、ディランの口に手を伸ばした。


「――魔物と仲良くなりやすくなるんだ」

「ん?」


 ルミナスは耳を疑った。


「原理は判明していないが、気持ちや言葉が通じやすくなるみたいでな。特にガルムは家にもいるから手懐けやすいんだ」


「い、家に?」


「ああ」


「ガルムが?」


「ああ」


 ルミナスの問いに一つ一つ小さく頷いて返すディラン。


(ごめんなさい、ディラン。勘違いをしてしまったわね)


「これはあの国の中でも少数しか知らないことだ。あぁ、今は違うか」

「えっ」


 ディランにじっと視線を注がれ、ルミナスは固まった。そこまで重大な秘密を聞かされることになるとは思ってもいなかったのだ。すごいプレッシャーである。


「もう聞いてしまったけれど、本当にそんなこと話してよかったの?」

「あぁ。その代わりにこのことは秘密にしてほしい」

「もちろんよ。はぁ、私には荷が重いわ」

「でも闇属性について知りたいと言っていただろう?」

「それはそうだけど……まさかそれで教えてくれたの?」

「ああ」


 ケロっと答えたディランを見て、ルミナスは呆れるどころか、笑いそうになっていた。

 冷酷非道な公爵家の息子が、家ではガルムと戯れている姿など誰が想像できただろうか。


(最初のループのこともあって身構えすぎたかもしれな……)


その時、ルミナスはあることに気付いた

 最初のループの最後に起こったこと、視界の端に映ったものを思い出したのだ。


(そんな、まさか……)


「ルミナス?」

「あっ」


 突然目の前にディランの顔が現れ、ルミナスは大きくのび退いてしまった。


「顔色が悪いぞ」

「ま、まだ本調子じゃないみたい。部屋に戻って休むわ」

「そうか。気をつけろ」

「ありがとう」

「寒いなら先日のガルムを部屋に行かせるぞ」

「大丈夫よ。まさか連れて帰ってきたの?」

「あいつがいたから早く帰れたんだ。あのまま殺すのは忍びない」


(そんな感情あったのね……考えを改めなくちゃ)


 もふもふしていて温かいぞ、と主張してくるディランにもう一度断りをいれ、ルミナスは彼と別れた。


――きっと、あそこに魔物がいたのは偶然だろう。

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