10話 ワクワクスイーツ巡り
ざわざわと生徒たちが談笑する声が聞こえる。ルミナスはその喧騒を背景に、優美な手つきでヒレ肉を切っていた。
ルミナスが今日の昼食にと頼んだのは、ヒレ肉ステーキのバルサミコ&オレンジソースかけ。その切り口からは筋のない鮮やかなピンク色をした赤身が露わになった。口に含まずとも、あらかじめまぶされていた香草の香りがルミナスの鼻腔を通り抜ける。
ルミナスはヒレ肉を噛んだ。いや、飲み込んだ。柔らかい、そして滑らか。それでいて脂身の少ない肉はより鮮明な風味を届けた。肉と香草が互いの味と匂いを殺し合わぬよう、よく分量が計算されている。今度はソースをつけて一口。爽やかでいて刺激の強い濃いめのソースは、これまた違った魅力を引き出した。
ゆっくりと咀嚼したルミナスは、ふぅ、と小さく息を吐いた。
「なぜ人が増えているのかしら?」
「なんだ幽霊でも見えているのか?」
「えっ、そんな才能もあったんですか?」
ルミナスは呆れたと肩を落とした。
「貴方のことよ、ディラン。あと私は幽霊を見たことがないわ」
「信じてはいるんですね」
「見たことがないだけよ」
ぺし、とセレナのおでこを叩き、ルミナスはディランを見た。
「どうして同じテーブルで昼食を取っているのよ?」
「駄目だったか?」
「駄目ではないけれど、理由が分からないわ」
「気分だ。それより、明日時間はあるか?」
「気分って貴女ね。あいにく明日は予定があるのよ」
「覚えててくれたんですね」
「マカロンか?」
「えぇそう、バッチリ聞こえていたんじゃない」
ディランに鋭い視線を送ったが、目線を逸らされてしまった。スープを混ぜて冷ましている。
「それっておいしいのか?」
「おいしいわよ」
「私のおすすめはブラックペッパー味です」
「ブラックペッパー? マカロンは焼き菓子だと思っていたんだが違うのか?」
「セレナさん、マカロン初心者にそれはハードすぎるわ」
ルミナスはセレナを片手で牽制した。
「マカロンは焼き菓子よ。セレナさんの回復祝いに街でスイーツ巡りをする予定なの」
「スイーツ巡りか。そんなものがあるんだな」
「あら。もしかしてスイーツはお嫌い?」
「嫌いかは何とも言えない。兄や親戚がたまに買ってくる程度で、誰かと食べたことがほとんどないんだ。スイーツ自体はいくつか食べたことがあるが、いつも貰うのは決まったものばかりだしな」
「そうだったのね。じゃあ好きかどうかの判断は難しいわね」
「ああ。父が『甘い菓子は女性が好むものだ』と言っていたから。それもあるかもしれない」
そう言ってディランはまたスープを混ぜ始めた。
ディランが落ち込んでいるように見えたルミナスは、言葉を探していた。すると、セレナが音を立てて立ち上がった。
「おいしいと感じることに性別は関係ありませんよ!」
(あら、いいことを言うじゃない)
「私もそう思うわ。そうだ。よかったらディランも一緒に行かない?」
「無理にとは言いませんよ」
セレナを助けてくれた恩もある。
最初のループで結ばれた二人がまた関わりを持つこと。それがいい結果に繋がるかは分からない。しかし、ループの終わり方が分からないのなら、ひとまず今を楽しんだ方がいいだろう。
「仕方がないな」
と、言っているが、実は先ほどから机の上に置かれた観光本(スイーツ特集号)をチラチラと見ていることは分かっている。
「あっ、そっか……ルミナス様との初めてのお出かけなんだった……はっ! また出かける口実ができたのでは?」
聞こえてきた呟きの内容をルミナスがスルーすると、セレナはもう一度立ち上がり、両手をぐっと握りしめた。
「さっそくどこに行くか話しましょう! 名付けて、三人でワクワクスイーツ巡り、ですね!」
(理由はさておき)立ち直りの早いこと。切り替えの良さも彼女の魅力であることを忘れていた。
追加の観光本を部屋から取ってくるために走り出そうとしたセレナの服を引き、せめて二人が食べ終わってからにするようルミナスは引き止めた。
すると、見覚えのある白髪が視界をよぎった。
「楽しそうな話をしていますね」
「ダン」
「僕もご一緒してよろしいでしょうか?」
「構わないわよ」
ダンもこれから昼食を食べるらしい。セレナも嫌な素振りは見せず、ディランは相変わらずスープをさま、冷ましすぎやしないか。
(あっ、飲んだ)
「皆さんは焼き菓子のお話をしていらっしゃいましたよね?」
「ええ。明日スイーツ巡りをしに町へ繰り出すの」
「スイーツ巡りですか。いいですね」
「ダンもよければ参加する?」
「俺は構わないぞ」
「私も」
「ではお言葉に甘えて。楽しみですね」
ダンはにこやかに微笑んだ。
「四人でワクワクスイーツ巡りに改名ですね!」
「そうね。どの順番で回ろうかしら……」
ここでルミナスはあることに気付いた。
今、テーブルで食事をしているのは、公爵家令嬢のルミナス、公爵家子息のディラン、平民のセレナとダン。他人から見れば謎の四人組だが、ダンを除けばルミナスにとっても不思議な組み合わせであることに変わりはなかった。最初のループで私がいじめた人、私を追放した人。その二人とこうして昼食を共にする日が来ようとは。
ルミナスはスープを一口飲んだ。
(……温かい)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昼食メンバーが増えた翌日、ルミナスはスイーツ巡りを満喫していた。
町に着くとさっそく早めの昼食としてフルーツサンドを食べ、今は食べ歩きをしている。食べ歩きは品がないのでは、と思ったルミナスだったが、もしまたループして後悔するくらいなら食べた方がいいだろうと判断したのだ。
「フルーツサンドも美味しかったけど、クロワッサンサンドもなかなかね」
フルーツサンドはふわふわでしっとりとしたパン生地に、甘めの生クリームとフルーツがぎっしり詰まった食べ応えのあるものだった。シンプルな味のパンと濃厚で甘い生クリーム、ほどよい酸味のフルーツの組み合わせが特徴である。
対して、クロワッサンサンドはサクサクで甘みと塩気のある生地に、甘さ控えめのあっさりクリームとアクセントの苺が入っていた。クロワッサンがずっしりとしているため、クリームを軽いものにしたのだろう。バランスが取れている。
「チョコレートクリームも美味しいですよ」
「あら、ほんとね」
セレナによって取り分けられたクロワッサンサンドを食べると、これまた違った美味しさが。なるほど、チョコレートクリームに刻んだチョコを混ぜているらしい。食感がザクザクしていて面白い。
「あっ! 見てください! アップルパイがありますよ!」
「店内で食べるとアイスがつくらしいぞ」
「いいわね。今からお店に――もうすでに食べてるじゃない!」
横から現れたディランは袋に挟まれたアップルパイを持っていた。クロワッサンサンドを買った後に姿が見えなくなったと思っていたら、これを買いに行っていたのか。
「お二人の分も買ってきましたよ」
「あら、ありがとう」
「わぁ! ありがとうございます」
ダンからアップルパイを受け取ると、じんわりとした温かさが掌に伝わってきた。出来立てらしい。
「あら? ダンは食べないの?」
「僕はフルーツサンドでお腹が膨れてしまって」
「そうだったの」
自身が手に持つスイーツ達を見詰める。
「…….食べ過ぎかしら?」
「たまにはいいんじゃないですか? 甘いものを食べるルミナス様はとても幸せそうですし、楽しむことはいいことです」
「そ、そう?」
(それって、食い意地が張ってるって遠回しに伝えられているのかしら……?)
「ルミナス」
「きゃっ! 脅かさないで!」
「すまない」
突然、目の前に赤い物体が顔を出した。見るからに辛そうだ。
「食べないか?」
「え、遠慮しておくわ。何か分からないし……」
「バームクーヘンの唐辛子漬けだそうです!」
「セレナさん?! 貴女口の周りが真っ赤よ?!」
セレナは笑顔で真っ赤に染まったバームクーヘン串を両手に持っている。とても満足そうだ。何故甘いバームクーヘンをわざわざ辛くするのだろうか。甘くて辛いは美味い、とも聞くが、流石にバランスがおかしい気がする。
(よく見たらディランの持っているバームクーヘン、先が少し欠けてるじゃない。さては辛くて食べられなかったわね?)
「確かに美味しそうですね」
ダンはセレナの持つバームクーヘン串をジッと見つめている。
「本当に食べるつもりなの?」
「はい。ルミナス様も先に召し上がりますか?」
どうぞ、とディランから受け取ったバームクーヘン串をこちらに向けてくるダン。好意をありがたく頂くか、味覚を守るか……。
意を決し恐る恐る串に手を伸ばそうとすると、ダンがクスリと笑った。
「冗談ですよ」
お、なかなかいけますね。と辛さを感じさせない顔で言っている。もしかして、本当に美味しいのかもしれない。赤い見た目をしているが、辛さはアクセントとして使う程度なのだろうか。
しかし、そんなことはないようで。機械のようにホットミルクをひたすら飲んでいるディランを見て、ルミナスは食べなくてよかったと思ったのだった。
大丈夫だろうか、と心配の目線をディランに向けていると、セレナがルミナスの腕を引いた。
「ルミナス様、そろそろ移動しませんか? マカロンを買いに行くんですよね?」
「マカロンと言ったか?」
広場に立つ時計を確認してみると、午後二時を過ぎたところだった。急いでいるわけではないが、目的地であるマカロン専門店は人気店のため、早いところ品物を買っておくに越したことはない。
「そうね。って貴女、もう食べたの?」
「はい! とっても美味しかったです」
「そ、そう。ならいいんだけど」
ルミナスからしてみれば不思議な味覚の持ち主なのだが、よくよく考えてみれば特別おかしくもないような気がしてきた。セレナと似たような味覚をしている(と考えられる)人物が他にもいたからだ。その人物――ダンも既にバームクーヘン串を食べ終えていた。
「じゃあ今から――あれは何かしら?」
ふと視線を横に向けると、何やら人でざわついていた。その先にある建物の前から声を張っている人物が見えた。
「あれは大衆演劇ですね」
「大衆演劇?」
隣に来たのはダンだった。
「はい。ルミナス様は……初めてですよね」
「ええ。歌劇は観たことがあるけれど、大衆演劇はないわ」
芝居小屋も大衆演劇も初めて見た。中はどうなっているのだろうか。どのようなお話が聞けるのか。過去に「観れたものじゃない」と令嬢達から聞いたことがあるが、それでも気になる。
「題材や形態は様々で、民衆の流行によって変わるようですが……今日は歌劇のようですね。この国の初代国王について語られるようですね」
「へぇ……」
「気になりますか?」
「えっ? それは……」
気になる。しかし、予定を崩していいものなのか。本来の目的はスイーツ巡りだというのに。
「まだ昼過ぎですし、観てみませんか?」
「私はかまいませんよ!」
「ちょっとくらい大丈夫かしら?」
「マカロン……」
「場内でミニドーナツを食べることができるみたいですよ。マカロンはお土産に買って帰りませんか?」
「……仕方がないな」
ダンの提案をフッと鼻で笑ったかと思うと、ディランはいそいそとチケット販売人の元へ向かっていった。納得したらしい。
「では僕たちも行きましょうか」
「楽しみですね、ルミナス様!」
「……そうね」
(この国についての内容なら、もしかしたらループを終わらせるヒントがあるかもしれないわね)
そうね!と嬉々とした態度をとることは恥ずかしくてできなかったが、ルミナスの頬は緩んだのだった。




