8話 白馬の王子は中身まで白いとは限らない
ディラン達と別れてどれほど経っただろう。体の冷えを感じたルミナスは目を覚ました。雨は相変わらずひどく、風もびゅうびゅうと吹き付けてくる。
ふと下を見てみると、焚き火の炎がかなり小さくなっていることに気付いた。魔力を使っているとはいえ、流石に環境が悪すぎたようだ。
目覚める前より暗くなった辺りを見渡し、ルミナスは身を縮こませた。
「寒い……」
救助が来る気配はない。聞こえてくるのは、雨が地面を叩く音と、木々の隙間を揺らしていく風の音だけ。
ルミナスはまた目を閉じた。そして目を開けて、また閉じる。
「そうだわ」
このままではいけないと頭を振ったルミナスの頭にある案が浮かんだ。火魔法で炎を強くすればいいのだ。魔力もまだ残っている。少し意識が覚束ないが、ルミナスはさっそく実行してみることにした。
しかし、炎を出そうとした瞬間ルミナスの体に悪寒が走った。
「くしゅんっ! あっ」
放たれたのは、火魔法ではなく闇魔法。
目の前には、天にも立ち登るほど高い火柱。
熱くなっていく体前半分。
(……やってしまったわね)
ルミナスはもはや微笑むことしかできなかった。
「ルミナス様!」
「ダン?!」
馬の蹄が地を蹴る音が遠くで聞こえ、それが止まったかと思うと、ガサガサと木々を漁る音と共にダンが姿を現した。
彼は息を切らしており、雨に濡れた肩が上下している。
(ええと、意識の低下による幻覚……ではないわよね? あぁ、本物だわ)
心配そうな顔をするダンが差し出した手を掴み、ルミナスはそう確信した。
「お怪我はありませんか?」
「えぇ、大丈夫よ」
「よかったで、っと。大丈夫ではなさそうですね」
「少しフラついただけよ」
ルミナスは立ち上がったが、うまく足に力が入らなかったようで、倒れかけてしまった。今はダンに肩を支えられて立つのがやっとだ。
「……失礼します」
「えっ? きゃっ」
突如ダンの手が足元に移動したかと思うと、ルミナスの足が浮き、抱き抱えられてしまった。そのまま道で待たされていた馬に乗せられる。
ルミナスが手綱を握るとダンも馬に跨った。この場合、女性が後ろに座って男性に掴まり、男性が馬の手綱を握るのだが、それだとルミナスが気絶した時に気付きにくいと判断したのだろう。今は逆だ。
「馬に掴まるか、僕にもたれるか、楽な体制を取って下さい。僕が操縦するので」
「ありがとう。そうさせて貰うわね」
とはいえ、状況的に仕方がないとも言えるが、婚約者でもない男性にしがみつくのは公爵家の令嬢としてどうかと思う。全く力が残されていない訳でもないため、ルミナスは馬に掴まることにした。
「どうしてここに?」
馬に揺られながらルミナスは口を開いた。助けが来て安心した今、何か話さないと寝てしまいそうなのだ。
「目標数が集まったので皆より早く戻ったのでが、終了時刻が近付いてもルミナス様の姿が見えなくて心配していたんです。そしたら、見覚えのある人物を見つけまして」
「見覚えのある人物?」
「はい。セレナさんのペアの方です」
もしかして、とルミナスは思った。
セレナが一人でいた理由、魔力切れ寸前だった理由。その一つとして考えられる、ある可能性。
「様子がおかしかったので声をかけてみたら、どうやらセレナさんを置いて逃げてしまったようで」
「まさかとは思ったけれど……はぁ」
「初めて魔物を目にして、恐ろしさのあまり気が動転してしまったのでしょう」
「本人がそう言っていたのではなくて?」
「ここまで正直には話してくれませんでした。僕は平民ですし、貴族が相手だとしてもこんなこと話さないでしょう」
「教師には?」
「一応報告していましたよ。セレナさんと逸れてしまったと。僕に声をかけられた後にですが」
あぁ、なるほど。恐ろしさのあまり尻尾を巻いて逃げてきた、なんて恥ずかしくて言えないのだろう。
そして、その人物にとってセレナさんは魔物に消されてもいい存在なのだろう。むしろ、自身の醜態を目の当たりにした、唯一の目撃者の口封じができる、とさえ思っていたかもしれない。
魔物は書物でしか見たことがない、争いという点で平和な日々を過ごしてきたのだから、魔物が非常に恐ろしい存在に見えても仕方がないのに。私も本当に初めて魔物と対峙した時は、足がすくんだものだ。それを恥ずかしいこととするのは、貴族の闇であり特徴だ。もちろん個人差はあるが、自身より地位の低い者を低いままに、地位の高いものを引き摺り下ろせるように目を光らせている者は多い。
だからこそ、ルミナスは常に気を張っていなければならなかった。結果、身内以外にはツンとした態度を取るようになったのだ。寂しく感じるものの、それでいいと諦めていた。
「ルミナス様。目が赤くなっていますが、雨で傷でもつきましたか?」
「大丈夫よ、気にしないで」
だから、地に倒れるセレナを見た時ルミナスはとてつもない不安を感じたのだ。身内以外で唯一、ルミナスに純粋な好意を向ける人物だったから。それも、おかしいくらいに。冷たくあしらわれようと、毎日欠かさず会いに来て。
彼女は大丈夫だろうか、ちゃんと医者に診てもらっているのだろうか。そんな不安が頭をよぎったが、ルミナスは頭を横に振った。
「それより、ダンは怖くなかったの?」
「……はい。魔物は多少見慣れていますから」
「……そう」
何故見慣れているのか。ルミナスはあえてこのことは追及しなかった。
都市部の近郊地域や田舎は魔物が多く出ると聞く。ダンの顔に陰りが見えたのは、何か嫌な思いをしたからかもしれない。わざわざ思い出せたくない。
「あっ。話の続きなんですが、ルミナス様は見えない、セレナさんもいないということで、教師の方から許可を得て探しに行くことにしたんです。その時は雨もひどくなっていましたし、早く行った方がいいかと思って」
そんな危険が伴う行動を、誰も止めなかったのか。ルミナスはキュッと唇を噛んだ。しかし話は続いていく。
「すると、森に入ってすぐにディラン様と会ったんです。ガルムに乗っているのには驚きましたよ」
可笑しそうに笑うダンを見て、切なさを感じながらもルミナスは釣られて口角を上げた。
「あれには私も驚いたわ」
「どうしてあんなことができるのか気になりますよね。しかし、ディラン様が連れてきた相手がルミナス様ではなくセレナさんで、焦りましたよ。セレナさんが助かったのはよかったですが。会った途端、お前は公爵令嬢のところに行け、と凄い顔で言われました」
「ふふ、それで私の所に来たのね」
「はい。しかし、なかなか見つからなくて」
「広いもの。無理もないわ」
「なので、炎が上がってよかったです。自然にはあれほど高くはなりませんから。ルミナス様は火属性も得意なのですね」
「……」
「どうされました?」
「いいえ……なんでもない、なんでもないのよ」
あの大火はただのうっかりで起こした事故であり、あそこまで火が大きくなったのは闇魔法のお陰である。ルミナスとしてはそれこそ恥ずかしい記憶だ。
そう、火魔法ではなく闇魔法を使ったのだ。
(どうして炎の威力が増したのかしら?)
「余所見をすると危ないですよ」
「きゃっ!」
障害物を馬が横に避け、ルミナスの体がずれかけてしまった。ただでさえ弱っているのに、考え事をしたせいだ。
落ちずに済んだのは、ダンが咄嗟に抱き寄せてくれたからだ。
「ルミナス様は意外と抜けていらっしゃるんですね」
「なんですって?」
「あっ、学園が見えてきましたよ」
「ちょっと?」
「教師や生徒の方々も気付いたみたいですね」
笑顔で前を指さしてルミナスに話すダンは、何も聞こえていないと言った様子。
(この感じ、前にもあったような……?)
不満感たっぷりの視線を注ぐも伝わらず。
自然とは異なる人々のざわめきを聞きながら、ルミナスはため息をついたのだった。




