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6話 これはデートじゃない

 時間が経つのはあっという間で、私はそうそうに実家を出て、町を訪れていた。実家へは隠していたポケットマネーを取りに帰っただけである。もちろん、挨拶をしっかりと交わしてから出てきた。

 着いたのは城下から離れたやや小規模な町で、いつも行く街と違い人が少ない。ここならまだ安心して買い物をすることができるだろう。

 一度近くの森へ入り、辺りを見渡す。

 よし、誰もいない。


「もう出てきていいよ」


 そう小さく呟けば、木々がガサガサと揺れた。


「こんにちは、アカシア様」

「あぁ、こんにちは」


 出てきたのはジャスパーで、初めて人の姿で会った時のように、体のあちこちに小枝や葉っぱをつけていた。彼には事前にここへ来るよう伝えておいたのである。

 ついたものを払ってやる。


「今日はお買い物と聞きました。もちろん嬉しいのですが、俺が行っても大丈夫なんですか?」

「ああ。なんたって、これがあるからね」


 私はポケットから髪飾りを取り出した。髪が短かかった結婚前なら着けることが難しかっただろうが、今なら大丈夫だ。


「アカシア様に似合いそうですね」


 ジャスパーが頬を綻ばせた。


「い、いや、そうではなくてだな。これは魔道具なんだ」

「確かに、アカシア様の優しい魔力を感じます」

「そ、そうか。えーと、うん、見ていてくれ」


 髪飾りを頭につけ、中心部分を押した。ジャスパーがビクリと体を振るわせる。

 念のため鏡を取り出して自分の姿を見てみると、そこには、黒い髪と赤い目をした女性が映っていた。成功らしい。


「認識阻害魔法を使った魔道具を……ジャスパー?」


 鏡から目を移すと、ジャスパーは目を開けたまま固まっていた。


「おーい、ジャスパー?」

「……」


(き、気絶してる)


「ジャスパー!」

「はっ!」


 私は彼の目の前で両手を叩いた。乾いた音とと共に彼が震える。

 

「す、すみません。急に姿が変わるものですから、驚いてしまいました」

「君が驚きやすい小心者だということを忘れていたよ、ごめん」

「いいんです。それにしても、その見た目……」

「ああ。君と合わせて見たんだ。なかなか似合っているだろう?」

「え、えぇと……はい」


 彼はキョロキョロと視線を彷徨わせた後、小さく頷いた。

 似合っていないのだろうか。実験段階で見た時は、カッコよくていいと思ったのだが。


「(まぁいい)今から私と君は姉弟だ。さ、行くぞ」

「えっ、姉弟?!」

「あぁ」


 私はジャスパーの手を引き、町へと戻った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 レースで飾ったブラウスに、フリルたっぷりのクラバット、体にフィットするテーラードジャケット。白、黒、茶色、紺、赤、様々な色の服という服が、あちこちにかけられている。

 今日の目的はただ一つ。彼に服を与えることだ。ちなみに、服は小屋のクローゼットにかけておくつもりである。他の使用人に見つかっても、かつて学園の舞踏会で男性陣以上のリード数を誇った私ならば、「似合うから着て楽しんでいた」と言っても不審がられないだろう。誇っていいのか微妙だが。


「何かお気に召したものはございましたか?」


 オーナーがそっと寄ってきた。


「うーん。どれも似合っていたからなぁ」

「わかります。じゃなくて、ありがとうございます」


 オーナーは恐らく、心の底から同意したのだろう。気持ちはすごくわかる。

 シンプルなデザインから華美なデザインまで、彼が幅広く着こなすものだから、どれにするか悩んでしまうのだ。

 事実、ブティックに来てから三時間も経っていた。しかし、いい加減に決めねばならない。


「あ、あの……アカ、ミモザさ、ミモザ」

「なんだい」


 先ほどからカーテンに隠されては現れを繰り返している、本日の主役、ジャスパーが新しい服を着て顔を出した。

 ミモザはあらかじめ決めておいた偽名である。


「着たなら見せてくれる?」

「は、はい」


 ジャスパーは顔を真っ赤にしながらカーテンを開けた。ほぅ、と辺りの店員から感嘆の息があがる。かくいう私も、気を抜けば同じ反応をしていただろう。

 シンプルなシャツの胸元からは、深く影を落とす鎖骨と首筋が露わになり、しっかりとした厚い体と細い腰は、黒いシンプルなパンツと相まって、より見事なラインを描いている。ピンと張った布地からは、彼が筋肉質であることをよくわからせていた。着痩せするタイプらしい。


「やっぱり、こんないいもの、もらえません」


 本人はずっとこんな様子だ。姉弟だと隠し通す気はあるのだろうか。


「気にせずはやく決めてくれ」

「でも……」

「じゃあ、参考までに少し質問に答えてほしい。今着ている服と」


 横へと指を動かしていく。


「あの青いジャケットの服、茶色いブラウスの服、黒いシャツの服なら、どれが好みだ?」

「今着ているものが、動きやすくて好きです」

「ではこれにしよう」

「えっ」

「かしこまりました」

「えっ」


 ジャスパーはオロオロとした表現で、私とオーナーを交互に見た。その姿が面白く感じられたが、私はあえて、何でもないふりをした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 カランカランと扉のベルが鳴る。オーナーに見送られ、私たちはブティックから出た。すると、ジャスパーが自身の手から服の入った箱を取り上げた。


「俺が持ちます。貴女に物を持たせるわけにはいきません」


 マナーなんてものは教わっていないはずだ。ということは、これらの行動はすべて、彼自身が自然と行なっているということ。


「君は優しいな」


 そう言うと、彼は不思議そうに頭を捻った。


「それはアカシア様のことです。俺にはあのボロ切れがお似合いなのに、わざわざ服を買い与えてくださるなんて」

「ボロ切れが似合うだなんて、言わないでくれよ」

「でも、ここまでしてもらう必要はないと思うんです。どうしてですか?」

「どうして……」


 理由なんて、考えたことなかった。ただ服がないと不便だろうから、買おうと思っただけだ。

 しかし、ただの薄い生地の服を渡すことも、一緒に服を選ばず、お金だけ渡すこともできたはずだ。服のことだって、彼から頼まれたわけではない。


(それは、きっと――)


「君が、大切な友達だからだ」

「友達……ですか」


 彼の呟きに、今度は私が首を傾けた。

 どこか腑に落ちたような、それでいて悲しげな、一言では言い表せない複雑な表情をしていたからだ。


「親友の方がよかったか?」

「いえ、そういうわけでは!……すみません、自分でもその、よくわかっていなくて。でも、多分、嬉しく感じていると思います」


 彼の他人事のような答えに、思わず笑ってしまう。


「なんだい、それ」

「貴女のお陰で自分の気持ちや考えを出せるようになってきましたが、まだ慣れ切ってはいないみたいです」

「聞いていることが多かったんだろう? 二年も経っていないのに、かなり話せるようになったんじゃないかな。文字だってほぼ問題なく書けるようになったし、よくやっていると思うよ」


 まだちょっと下手だけど。

 愛嬌のある彼の字は好ましく感じる。


「アカシア様のお陰です。ありがとうございます」


 褒められて照れたのか、ジャスパーは頬をじんわりと桃色に染めた。

 と、その時、人間の耳が消え、髪に混じり、モフモフとしたものが――


「また出かけてる!」

「わっ!」


 私は手で彼の頭に蓋をした。その拍子に人間の耳がぴょこんと生え戻る。


「す、すみません。嬉しくてつい」

「帽子も買った方がよかったな」

「それだと、耳が帽子を押し上げてしまうかと」

「ふふっ」


 ニョキリと帽子を掲げる狼の耳を想像する。起こりかねない、やりかねない。


「その度に隠してあげるよ。さぁ、次の場所へ行こうか」


 私はジャスパーへと手を差し出した。彼はちょこんとお手をするように手を重ねると、眉尻を下げた。


「もう服を着るのは、その……」

「大丈夫。少し腹ごしらえをしにいくだけだよ」

「もう夜ご飯を食べるんですか?」

「ううん。食べるのは……あれだ」


 私は少し先に建っているお店を指さした。サンドウィッチがショーウィンドウに並んでいる。


「この町でおいしいと有名らしい」


 目を輝かせている彼の手を引き、お店へと歩いていく。


「い、いいんですか?」

「ああ。もし気を使うようなら、荷物を持ってくれたお礼だとでも思ってくれ。ほら、何がいい?」


 私は何にしようか。

 やはり、ここはシンプルに卵にしようか。本当はイチゴと生クリームを使ったものも食べてみたいが……。


「俺、字が読めるようになってよかったです」

「そうだな」


 感動しているジャスパーの声に意識を戻し、頷いた。


「アカ、ミモザは何にしますか?」

「私はこの卵サンドにする。君は?」

「では……このイチゴと生クリームのものがいいです」

「わかった」


 店主へ注文すると、話を聞いていたのかすぐに出てきた。

 近くにあった噴水へと移動し、腰掛ける。そして、イチゴのサンドウィッチが入った袋を差し出した。


「君はお肉の入ったものを選ぶと思っていたから、意外だ」

「そうなんですけど、アカシア様が気になっているように見えて」

「私が?」


 卵サンドを出そうとした手を止め、ジャスパーを見やる。


「はい。もしそうなら、半分こというものをしてみたいな……と」

「はぁー」


 私は額に手を当てて、大きくため息をついた。横から慌てた声が聞こえてくる。


「君ってやつは」


 苦笑して、再びジャスパーを見ると、彼はまた情けのない表情でこちらを見つめていた。


「ありがとう。じゃあ、イチゴの方は君が半分に割ってくれる?」

「! わかりました」


 ニコーッと微笑み、彼は袋へと手を入れた。

 出ていないはずなのに、ブンブンと揺れる尻尾の幻覚が見える。


「いや幻覚じゃないな?!」

「わわっ」


 私は慌ててコートを脱ぎ、彼の腰辺りへかけた。

 隠すのはけっこう、難しいかもしれない。

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