表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/99

5話 素直で、いじらしい

 濡れた土のにおいと、じんわりと首にまとわりつく湿気。

 今日の首都は、一足早い梅雨が来たようだった。


「すまない、遅くなった」


 傘を閉じ、鍵のかかっていない小屋へ駆け入る。すると、中で待っていたジャスパーが立ち上がった。

 綻んだ彼の表情に、私の広角も自然に上がっていく。


「いえ。もしかして、お友達の息子さんに引き止められていたんですか?」

「ああ。宝石を見せる手を止めたら、まだ見せろと手を掴まれた。まだ一歳になって間もないというのに、彼の観察眼には驚かされるよ」

「かわいいですね。あ、じっとしていてください」


 私から受け取った濡れた傘や上着を側へ退けて、ジャスパーが頭へと手を伸ばしてきた。


「急いでくださったんですね。こんなところに葉っぱがついていましたよ」


 彼の指は濡れてしおれた若葉を掴んでいる。

 リリーの部屋からは木が見える。風に運ばれて入ってきたのかもしれない。


「雨だろうと、君は休まず来るからな。待たせたくなかったんだ」

「でも、アカシア様が風邪をひいて死んでしまったら、それこそ一生後悔します」

「自分のせいだー、って?」

「はい」

「……今のは冗談だったんだけど」

「でも当たっていましたよ」


 なんの躊躇いもなく頷かれると、戸惑ってしまう。やはり、慣れないことはしないに限る。


「そういえば、また鍵が開いたままになっていたよ」

「あっ! ごめんなさい」


 ジャスパーは頭を下げた。

 耳が垂れてしまった頭に手を置き、撫でてやる。


 彼には合鍵を渡してあった。雨が降ろうと、風が吹こうと、雪が積もろうと、嵐が来ようと、いついかなる時も小屋にやってきたからだ。天候が悪い日は来なくてもいいと言ったのだが、「貴女に会えるなら、どれだけ待っても構いません。行かなくて後悔するなら、会える日までずっと待っていたいんです」なんてことを言うので、諦めたのである。

 故に、彼と会う頻度は週一からほぼ毎日に増えていた。

 とはいえ、夫婦関係以外の仕事はきっちりとこなしているため、忙しくて週に一日しか会えない日も度々あるが。

 王妃の身であるのに魔物と密会するなど、という罪悪感は感じている。誰かに隠し事をしたこともなかったし、隠すものもなかった私は、初めての秘事にひどい緊張を覚えもした。

 それでも、やめられなかった。


「次から気をつけてくれたらいいよ。でも、これは君のためでもあるから、注意して。わかった?」

「気をつけます」

「よし。じゃあ昨日の続きから始めようか」


 続き、とは魔道具造りのことである。

 この小屋は狩猟道具、魔道具、工具、調理器具など、自身の趣味のために建てられたものだ。その気になれば生活を営むことも可能だろう。今までは一人で楽しんできた。

 しかし、私は彼に魔道具造りを教えることを決めた。彼がたまたま見つけた魔道具に興味を示したことがきっかけで、熱心に、そして素直に読み書きを学ぶ姿に嬉しさを感じていた私は、悩むことなく「教えようか」と提案したのだ。


 私はジャスパーの頭から手を離し、陳列棚へと目を向けた。

 しかし、道具はなかった。不思議に思って彼へと目を向けると、彼は恥ずかしそうに頭をかいた。


「実は、もう用意してあるんです。貴女とのこの時間が、楽しみで……」

「ありがとう。じゃあ、始めようか」

「はい」


 嬉しそうに微笑んだ彼に微笑み返し、魔道具の置かれた机へと向かった。


 彼は生徒としても、パートナーとしても優秀だった。底を知らない探究心、常識に縛られない柔軟な発想、細かな気遣い、熱心ゆえの集中力。水を吸う、乾いたスポンジのようだった。

 気弱だが、質問はしてくれる。アイデアがあったら伝えてくれる。議論が捗ることもあった。そのため、彼との魔道具造りは、一人で造るより、よっぽど楽しかった。

 彼は、私が私が魔道具造りにはまった理由も理解してくれた。

 一つ目は、魔法が使えない人間(魔物)でも、魔法の真似事ができること。

 二つ目は、未知の可能性に気付き、様々な可能性を解き明かしていく楽しみがあること。構造は簡単なものから、複雑なものまで多岐にわたる。効果だって様々だ。これが一番の理由かもしれない。

 もしかしたら、どんな願い叶えることができるかもしれない。なんて、夢のような希望が湧いてしまうほどに。


(そういえば)


 ある疑問が浮かび、私は工具をいじる手を止めた。


「どうしましたか?」

「少し気になったんだが、もし、願った通りの魔道具を造る技能が今の君にあったとしたら、どんな魔道具を造りたい?」

「願った通り……なんでもいいんですか?」

「ああ。夢は自由だからな」

「なんでも……」


 ジャスパーは工具から手を離し、魔道具をじっと見つめた。

 核に用意したレッドジャスパーが、部屋の明かりを反射してオレンジ色に光る。


「俺は……この世界が平和になる魔道具を造りたいです。できることなら、人間も魔物も、いがみ合うことなく、仲良く暮らしたい」


 人間には嫌な記憶があるはずなのに、彼が語った夢は広大で、あまかった。

 彼は、ある組織の実験によって生み出された存在らしい。具体的な内容はわからないらしいが、複数体の魔物を使って一からつくられたと言っていた。逃げ出した先で私と出会ったらしい。だから、人間の言葉を話せたのだ。


「なら、叶えよう」


 締め付けられるような思いを胸に、ジャスパーの手を握ってそう伝えた。


「でも、きっと難しいですよね……簡単にできたら、既に広がっているはずですし」

「魔物の気持ちがわかる君と、ただの人間の私がこうして仲良くなれたのだから、きっと、不可能なんかじゃないさ」


 魔道具自体、長い歴史の目で見ればつい最近できたようなものだ。諦めるにはまだ早い。


「私は根っからの魔道具好きだ。それに、君と一緒ならできる気がする。魔物だからとか関係なく、そんな気がするんだ」

「アカシア様……ありがとうございます」


 ジャスパーはうっすらと目に涙を浮かべて、花のように笑った。

 心がじんわりと温まる。


「まずは、もう少し魔道具について知って、造り慣れてからだね」

「はい、頑張ります」

「その意気だ」


 私はもう一度、触り心地のいい黒髪を撫でた。

 視界の先で、ようやく艶が出てきた尻尾が揺れる。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「また何かありましたの?」

「えっ?」


 ミルクっぽいにおいが雨に混じる、甘やかな香りを漂わせた部屋で、ダニエルを抱き抱えたリリーが尋ねてきた。


「最近よく王城にいない上、夜中まで起きていらっしゃいますから」

「造りたい魔道具があって、つい調べてしまっていてな。これほどの熱は久しぶりなんだ」

「ふふ。ならよかったですわ。でも、夜更かしは体によくありませんから、ほどほどにして下さいませ」

「そうだな。善処しよう」


 紅茶を含むと、疲労効果があるからか、いつもより香りが感じられた。

 リリーも椅子に座り、カップを持つ。


「アカシア様はわたくしがここへ来た時から、お仕事を頑張っていらっしゃいましたわね。そのお陰で、なんの苦労もなく過ごせています」


 突然真面目な語り口調になったリリー。突っ込まずに先を聞いてみる。


「でも、もうこの生活に慣れましたわ。だから、わたくしにも仕事を手伝わせていただけませんか?」

「何を言うのかと思ったら……いいんだ。私は政務を、君は王の妻としての役目を。今まで二人で妻の役割を回してきたのだから、これからもそれでいいじゃないか」

「でも、あまりにもバランスが悪い気がしますわ。目にクマができていますもの」


 鏡を渡され見てみると、確かに茶色いくまができていた。


「私は趣味の時間もたっぷり取れていますわ。もう少し私にも仕事をくださいませ」

「まだ一歳だろう? もっと休まないと」


 そう言って紅茶を飲むと、リリーは頬を膨らませた。


「では、貴女が普段どんな仕事をしているのかだけでも教えて下さいませ」

「うーん」

「このままだと私、申し訳ないストレスで弱ってしまいますわ」

「そ、そんなになのか?」


 リリーはリスのような姿のまま頷いた。

 私はため息を吐き、カップをソーサーに置いた。


「わかった。仕事の内容だけでも教えよう」

「ありがとうございますわ!」

「君のそんな大きい声、初めて聞いたよ」


 そう言えば、リリーは嬉しそうに笑った。


(私だって、仕事くらいは完璧にしておかないと、申し訳なさを感じるんだけどな)


 ふと、視線を感じて、紅茶へ向けていた視線をリリーへと戻した。

 しかし、彼女はクッキーを食べていた。視線を向けていたのはダニエルだったようで、ジーッと真顔でこちらを見つめてくる。


(すべてを見透かして来そうなこの目を、たびたびしているんだよなぁ)


 将来どのような王子になるのか、楽しみでもありつつ、不安でもある。

 ダニエルから視線を逸らし、窓の外を眺めた。曇っているだけで、雨は降っていない。


「あ」


 そういえば、彼の服は少し濡れていた。小川で洗っているのか、ある程度は清潔に見えるが何時も同じ服を着ている。もしかして、もしかしなくとも、彼は服を一着しか持っていないのかもしれない。


「また楽しそうな顔をしていますわ」

「えっ? あぁ、来週辺り、少し出かけようかと思って」

「どこに行かれますの?」

「一度家に戻ろうかと思って。日帰りで行ける距離だからね」

「あら、いいですわね」

「だろう?」


 早る気持ちを隠すように、私は紅茶を飲み干した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ