4話 守られたのは、初めてだった
人気のある劇団らしく、劇場へと向かうと人々でごった返しになっていた。一人で向かったからか、チケットは割とすんなり入手できたように思う。
しかし、その賑わいにかまけて演目を確認しなかったのが悪かった。
内容は恋愛もので、暴君な王子のヒーローと、純朴な平民のヒロインが物語の中心だった。周りにいじめられたり、ライバルの策略にはまり、助けられたりして結ばれる、いわゆるシンデレラストーリーである。
恋愛小説すら恥ずかしくて(あとトラウマを思い出して)読むことができなかった私には、実際に目の前で人が動く演劇を楽しむことなどできなかった。国王やリリーの恋愛相談に乗ったり、惚気話を聞けたのは、二人が大切な存在だからである。
また、単純にヒーローの性格が好みでなかった。初対面から馴れ馴れしすぎるし、上から目線なのもあの男に似て気に食わなかった。あと、尺の問題上仕方がないのだろうが、キスまでが短すぎる。指の隙間から見ていたが、どうも、周りの婦人令嬢たちのように、黄色い声はあげられなかった。
(恋愛って……なんなんだ?)
結果、演劇を観終わる頃にはすっかり疲れ切ってしまっていた。
(まぁでも、いい経験にはなったかな)
彼らの演技自体は、よかったように思う。まるでその場に自分もいるかのような感覚がしたからだ。あの感覚はなかなか面白い。
周りより早めに劇場から出て、帰りは馬車で帰ろうかと顔を上げる。
「アカシア様?」
背後からかけられた声は、憎みきれない、忘れられない、あの男の声だった。
「フードの隙間から見覚えのある茶髪が見えたと思ったら、陛下でしたか」
「……ローカス殿か」
無視するわけにも行かず振り向くと、嫌気がさすほど激しく脈打つ胸を抑えていた手を、彼が取った。
「そのような寂しいことは仰らず、私のことはローカスとお呼びください」
(ふん。しらじらしい)
そんなことを言って、本当は寂しいなんて思ってないくせに。どうせ、心の中では一人で恋愛劇を観に来た私を嘲笑っているくせに。
私は手を退け、踵を返した。
「急いでいるので、失礼する」
「側室のリリー様がご懐妊されたと聞きました」
「それが何か」
「演劇を観る暇などないのでは?」
呆れた。同じ学舎で学んでおきながら、私と国王の関係に気づけていないとは。……いや、気づく価値もないということか。
込み上げる何かを捨てるように、私は口を開いた。
「心配される筋合いはないし、ローカス殿こそ、このような場所にいていいのか? 没落寸前だと聞いたが」
「だから、貴女に声をかけたのです」
「なに? ツッ」
突然、ローカスが腕を掴んだ。グッと距離が近付きわかったのは、彼が酔っているということ。安酒のにおいがする。
「不敬だ」
そう睨むも、聞こえていないようで。
「貴女が私の元から離れなければ、順調に見合い話が上がり、結婚し、貴女を愛すことができたのに。そうすれば、俺は持参金が手に入り、年増と結果させられることもなく、今よりお互い幸せに過ごせたはずです。」
「戯言を。偽りの愛なんてものは欲しくないし、今で十分、私は幸せだ」
そう睨め付けて言うと、ローカスは馬鹿にするかのように声をあげて笑った。
(ここは裏通りで人が少ない。なら、人を一人押しのけたくらいでは目立たないか)
「退かなければ、不敬として警備兵に突き出すぞ」
「寵愛を受けていない貴女を、国王陛下が守るとは思えませんね」
「君は本当に、外面しか見ていないんだな。だから本質を見抜けず、下手な商売に手を出して没落するんだ」
冷たく言いのけ、彼の腕を振り解いた。呆気なく解放され、振り返ることなく歩いていく。
「本質……か」
より深みを帯びた呟きも、無視をする。
近いうち、彼の家は没落するだろう。もう二度と、彼を目にすることはなくなるはずだ。
「見抜けていないのは、どっちですか!」
(酒瓶?!)
近くに落ちていたのか、振り向いた時には、瓶がすぐ目の前に迫っていた。
「失礼します」
「!」
私が蹴り上げるよりも速く、誰かが肩を引き寄せた。
優しげなこの声を、私は知っている。
「なっ?!」
ビシビシと瓶がひび割れる音がして、私は顔を上げた。そこには、真っ直ぐに前を睨むジャスパーの姿があった。
視線の先を追うと、酒瓶を掴まれたローカスが目を見開いていた。
「ご、護衛なんてさっきまでいな――」
「アカシア様を傷つけようとしましたね」
「ヒッ」
バリンッと酒瓶が砕け散り、ローカスは顔をより真っ白にさせた。
さすがは狼男。線は細いが、いい筋肉をしている。
「あ、貴女も不幸になればいいんですーー!」
「あっ」
涙ながらにみっともない捨て台詞を吐き、ローカスは走り去ってしまった。
(よくもまぁ、あんな男を好きになれたもの……あっ)
ドキリと胸が音を立てた。
よくよく今の状況を理解してみれば、私の肩には温かい彼の手が触れ、半ば抱き寄せられたような形になっていた。
先ほどまで何も気にせず、何も感じていなかったのに、何故か恥ずかしくて仕方がなくて、私は慌てて彼を押しのけ――
(られない?! どれだけ力が強いんだこの男は!)
「ジャスパー。私はもう大丈夫だから、顔……を」
彼を見上げた私は、肩を震わせた。
何故なら、今にもローカスを追いかけて食い殺しそうなほどに、彼が眉間に皺を寄せていたからだ。耳を澄ましてみれば、小さく唸っている気もする。
「ジャスパー? 離してくれないと困る」
「あっ。ご、ごめんなさい」
ジャスパーは両手を離し、眉と顔を下げた。
「何もそこまで落ち込まなくても」
「だって、勝手に出て行ってしまいました」
「確かに、君に助けられなくても、あれぐらい自分でなんとかできた」
ああ、また、そうやって可愛げのないことを。
だから、いつも引かれる。引かれなくとも、女性として見てもらえなくなるのだ。
(結婚した身なのだから、この目の前の男になんと思われようと、構わない。そう、構わな――)
「すごいですね」
「えっ?」
自然と下がってしまっていた顔を上げる。
目に入ったジャスパーの微笑みが、黒く澱んだ心をなだめた。
「お強いのに、俺に優しくしてくださったんですね。強いだけじゃなくて優しいなんて、すごいです。すてきです」
彼の言葉にまた、心臓を掴まれた。
しかし、嫌な気持ちはしなくて。嬉しいというか、落ち着かない気持ちになってしまう。
「ん?」
ふと、あるものが目に入った。
「尻尾が出ているぞ」
「えっ? あっ!」
「これで隠せ」
顔を真っ赤にして耳を隠したジャスパーに、ローブを脱いでかけてやる。私よりも彼の方がの正体がバレたら危険だ。
ジャスパーは瞬きをした後、ふにゃりと気の抜けた微笑みを浮かべた。
「へへ、ありがとう、ござ……い」
だんだん顔が青くなっていったかと思うと、ほんの瞬きの間にジャスパーが倒れた。
「ジャッ、ジャスパー!」
駆け寄り、飛び出した耳をフードの中へしまう。
「何があったんだ?」
「今になって、緊張が……」
「怖かったのに、助けてくれたんだな」
「気付いたら。……あと、寝ていなかったので眠気が……」
「どうしてだ?」
「貴女のことが……心配で……何か嫌な気持ちにさせたんじゃないかと……不安」
ガクンと彼の顔が落ちた。
「ジャスパー?」
口元に耳を寄せてみると、小さな寝息が聞こえてきた。気絶して間もなく寝てしまったようだ。
「私のことが心配で、か」
まくし立てるように追い出したのに、そんなことを考えていたなんて。
(そういえば、以前「行く当てがない」と言っていたな。現れたタイミングがよすぎるし……まさか、あの日からずっと、私の様子を見ていたのか?)
流石に王城までは入っていないだろうが。
「ジャスパー。寝ているところ済まないが、狼の姿に戻れるか?」
そう小さな声で囁けば、寝ているはずなのにローブの膨らみが小さくなっていく。
「失礼するよ」
大きく余ったローブを巻きながら、もふもふの姿になったジャスパーを抱き上げた。大型犬以上に大きいのでなかなかキツイが、耐えられはするだろう。
「とんだ生き物を拾ってしまったな」
スピスピと寝息をたてるジャスパーの顔にフードを被せ、私は王城へと戻った。




