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25話 一年越しの想いを今

 裁判は思いの外順調に進んだ。

 どれだけビーシュが否定しようと、魔物を取引した記録は大量に残っているからだ。その中には魔物オークションで燃やされずに済んだものも多く含まれている。

 また、度肝を抜かせたものの、アカシアの登場と証言は強い影響を与えた。

 ちなみに、人数は少ないが、離宮に飛んででも彼女に使えていた者たちは、涙を流しながらも裁判の行く末をジッと見つめてくれていた。

 なお、魔導師会の証言があっても、信じることができないと主張する者はいた。その際、こっそりと陛下とダンが教えてくれたのだが、彼らは全員、魔物に対して否定的かつ攻撃的な意見を持つ者らしい。……だとすれば、今後苦しい位置に立たされることとなるだろう。

 とはいえ、彼らはすぐに押し黙った。アカシアが「信じられないのなら」と、彼女しか知り得ないような、彼らに関する情報を話し出したからだ。優美な微笑みを浮かべながら、何の悪気もないような表情を取り繕って。悪役振ることしか交渉できない自身も、彼女のように振る舞えるようになりたいものである。(そのことをダンたちに伝えたら生ぬるい目で「無理だと思う」と告げられたが、諦めない)。

 こうして、思わぬ幸運や魔導師会の協力もあって、裁判は無事に終わった。

 ビーシュの罪が認められたのだ。


(数年の時を経て、表沙汰になっていなかった事件が世に出れば、どうなるのかしら?)


 ルミナスは王城の下から続く街並みを見下ろした。


(始業式から始まって、たった二週間の間に色々なことが起こったわね)


 ドラゴン襲撃、ヴァールハイト家への帰省同行、兄弟喧嘩の勃発と巻き込み、魔道具造り、ラルフとジャスパーとの出会い、魔物襲撃、ブラコンによる睡眠薬第二弾、ビーシュとの再会、アカシア事件の発覚……などなど。よくもまぁ、創造主によるシナリオなしに起こったものだ。


(まぁ、未来の先に何があるかなんてわからないのだから、おかしくはないけれど)


 ルミナスは宝石の空へと顔を上げた。透明な息が溶けていく。

 赤と紺、それと紫。三色をいたずらに混ぜ合わせたキャンパスの下からは、逃げるように金色の残照が漏れ出ている。

 このまま自身をどこかへ連れ出して行ってしまいそうで、ルミナスは小さく息を呑んだ。抜き出ようとする魂を押し戻すように。

 バルコニーの手すりをそっと撫でる。その時、誰かがガラス張りの扉をノックした。コツコツと軽快な音が、ルミナスのまつ毛を上げさせた。


「お体が冷えてしまいますよ」


 ふわりとそよ風のような微笑みを浮かべたのはダンだった。

 彼がここに来たということは、ラルフとジャスパーは今、アカシアと三人だけで別れの言葉を交わしているのだろう。


「ありがとうございますわ」

「いえ」


 ルミナスの肩にショールを羽織らせ、ダンは手すりに手をやり、体をもたれさせた。


「何を考えていらっしゃったのか、お聞きしても?」

「未来がどのようなものになるのか考えながら、ほんの少し、感傷的な気分に浸っていただけですわ」

「そうでしたか」


 ダンは詮索をするでもなく、ただそう、静かに受け止めた。


 ビーシュの一族は、表は商家として裏は魔物の売人として暮らしてきた、エグマリヌ公国の貴族だった。魔物だけではなく、様々な違法行為に手を染めてきたらしい。グレゾーンも合わせればその数は計り知れない。

 そして彼は、アメトリア王国に魔物が少ない理由を探るために、潜入していた。アカシアの元に配属されたのは彼の能力が高いからであって、彼自身は彼女の元につくことは予定になかったらしい。

 では、何故、彼女は殺されたのか。

 アカシアは国王が言っていた通り、魔道具造りの才があった。それだけならば、注意が必要な人物としか認識されなかっただろう。事実、ビーシュが彼女の元へ配属された時はそうだった。

 しかし、ジャスパーと出会い、彼女はある魔道具を開発し始めた。


――魔物と話をする魔道具


 ディランが考えたものと同じだった。

 とはいえ、アカシアは闇属性を扱えないため、作製は難航していたらしい。

 だが、ビーシュの一族は彼女を危険だと判断した。彼女は一度決めたら成し遂げるまで努力を続ける性格らしく、その意志の強さからいつか完成させるだろうと踏んだのだ。

 結果、彼らは彼女の殺害を決めた。

 自身たちの稼ぎどころを奪われないために。

 だが、裁判が終わった今、彼らの家は没落するだろう。裁判がなくとも、そうなったかもしれない。


「アカシア様の事件と、ラルフ様とジャスパー様の存在。その両方を陛下は公表されるのですね」

「はい。魔道具の普及を早めることに繋がるかもしれませんから」


 ダンが国王にした相談の内容は、ディランたちと共に造った魔道具についてだった。

 人間であるアカシアと魔物であるジャスパー。二人が心を通わせたことは、魔物に対する意識を変える手助けになるのではないかと、国王たちは考えたらしい。もちろん、悪い噂は立つだろうし、魔物に対する敵対心は簡単に消えたりしないだろう。それでも、価値はあるだろうと。


(でも……)


「お二人はそれでよかったのでしょうか? 最初に陛下からお話を聞いた際、かなり戸惑っていらっしゃいましたし……」

「確かに、彼らが人間の生活に慣れるためには多大な努力と時間が必要でしょう。悪意を持って接する者も出るかと思われます。ですが、僕たちが全力でサポートします」


 王族である彼の言葉は心強い。

 それでも、沈んだ気持ちを払拭することはできなかった。

 かつて離宮で過ごした時のように、ひっそりと暮らした方が幸せなのではないかと考えてしまうのだ。だが、それは寂しいような気もする。


「ルミナス様は優しいですね」

「えっ?」

「誰かのために、こんなにも悩むことができるなんで」

「単にネガティブなだけですわ」

「その割にはアクティブですよね。あの時もなかなかいい蹴りでしたよ」

「もうその話はぶり返さないでくださいませ!」


 もう! と怒った表情を向けると、ダンはふふっ、と愉快そうに声を漏らした。

 その時、彼の目が細められた。


「この未来も、この景色も。貴女がいたから、見ることができました」


 長い睫毛が伸ばされた視線の先へと、ルミナスも視線を向かわせた。

 そこにはもう、昼の気配は消えてしまっていた。代わりに輝かんばかりの星々が、紺碧のベールを装飾している。


「あの日叶わなかったことを今、果たしてもいいでしょうか?」


 ふと、ダンがルミナスへと振り向いた。


「遅いですかね」


 顔を合わせると、彼はいたずらがバレた子どものように眉を下げて笑った。


「あの時とは、いつのことですか?」

「貴女が卒業する、舞踏会の日」

「!」

「思い出しましたか?」


 肩を揺らしたルミナスを見て、ダンはクスリと笑みをこぼした。


「『また明日』と言っておきながら、僕は姿を眩ましてしまいました。本当は、伝えたいことがあったのに」


 長い睫毛が彼の瞳に影を落とす。一度瞬きをして、彼はどんな宝石よりも魅惑的で、先ほど見た黄昏よりも、吸い込まれそうに美しい瞳で自身を見つめた。


「ルミナス様」


 切なさを含んだ甘い声に、耳の奥がぞくぞくと震えた。


「――貴女が好きです。

 僕の世界を彩ることができるのは、僕自身でも、他でもない、貴女だけです」


 ダンは恭しく跪き、割れ物を扱うかの如く、優しくふわりとルミナスの手を取った。


「僕と、婚約して頂けませんか?」


 熱を帯びた瞳が、懇願するようにルミナスを見上げている。

 彼から感じるのは、ほんの少しの不安だけではなくて。獲物を狙うような妖しく、身動きが取れないものを感じてしまっていた。

 その証拠に、胸がざわざわとして落ち着かない。彼が優しく触れた指先がひどく熱い。


「ルミナス様」


 もう一度、彼は自身の名を呼んだ。

 それだけなのに、心臓がキツく締め付けられる。

 固まってしまいそうな胸へと、冷えた空気を流し込む。

 そして、ゆっくりと口を開いた。

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