24話 のこしたものを拾い集めて 下
アカシアが最後に残したペンダント型の魔道具、それは、彼女の姿を写真に浮かび上がらせるものだった。
先程まで写真に映っていたはずの映像は消え、アカシアの花のように鮮やかな黄色をした瞳を持ち、茶色の髪を後ろで一つに束ねた、気の強そうな女性がジッとこちらを見やっている。赤い口紅が引かれた唇が動いた。
「久しぶりだな」
ペンダントから発せられたアカシアの声はやや低くとも女性的。だが、口調は凛々しかった。朝の静けさのような美しさがある。
「まさか、こうしてお前の姿を見られるとは思わなかった。棺に横たわっていた時と変わらないように見える」
「君は老けたな。ラルフや殿下の姿を見る限り、そこまで年は経っていないように思ったのだが、違ったか」
陛下とアカシアは二人して微笑した。
その時、アカシアの顔に大粒の水滴が落ちた。ラルフの涙である。
「会いたかった……会いたかったよ、母上」
ラルフは嗚咽混じりに言葉を紡いだ。彼よりずっと小さくなってしまったアカシアは、ほんの少し目を見開き、次いであやすような声と表情で彼の名を呼んだ。
「置いていってすまなかった。今度こそ会えなくなるが、成長したラルフの姿をひさしぶりに見ることができてよかったよ」
「どういうこと?」
ラルフはどこか怯えたような表情で尋ねた。
「この魔道具に込められている魔力の量は少ない。もってあと四時間ほどだろう」
「四時間だと?」
「ああ。本当は泡沫の再会を喜びたいところだが……他の魔道具は使えないようだし、用件があるのなら手短に話してくれ」
わなわなと震えているラルフの指先をチラリと見て、アカシアは微かに眉を寄せながらも淡々とした口調で告げた。
ふと、国王が視線を横にずらした。
「だが、その前に、彼もここに呼んでいるんだ。挨拶くらいはしたらどうだ?」
「彼?」
アカシアが見えるよう、陛下はラルフの手を取ってジャスパーへと向けた。ルミナスも顔をなんとなく向けてみる。
(か、固まってる……?!)
ジャスパーは目を見開き、口をポカーンと開けた状態で固まっていた。瞬きすらしていない。呼吸すらしていないように見える。
大丈夫かと、彼を覚醒させるために手を伸ばしたその時、クスリと小さな声が聞こえてきた。
「相変わらず、彼は小心者だな」
そう言って笑うアカシアの表情は、愉快そうでいて愛しそうであった。
小さく息をこぼし、すぐさま凛とした表情へと戻った。
「彼のことは置いておいていいから、話してくれ」
国王はジャスパーから視線を戻し、静かに頷いた。
「君の殺害事件の裁判を開こうと思っている。だが、確かな証拠がない。そんな時、君の魔道具のことを思い出して引っ張り出してきたのだ」
「なるほど。ということは、犯人が見つかったんだね」
「そうだ。偽名ではあるが、クレナが犯人だ。そうだろう?」
「そうだ」
「――違う、俺だ」
肝の座ったよく通る声が言い終えた瞬間、震え、混乱した声が低く響いた。
声の主はジャスパーで、ブンブンと頭を振り「自分が」と小さく、何度も、何度も呟いている。
「……ジャスパー」
張り詰めた表情をした彼は、アカシアの声に肩をびくつかせた。
「よく聞いて。あの日、君は私に噛みついた。それは事実だ」
彼自身の腕を掴んでいた手に、ギュッと力が込められる。服のシワはぐちゃぐちゃだ。
「でも、私は死ななかった。生きていた」
「!」
ジャスパーだけでない。ダンやディラン、セレナまでもがアカシアへと顔を向けた。
ようやくパズルのピースがはまったのだ。それは、今思えば、簡単に予測できた事実のようにも感じられる。
「ダニエル殿下に扮したクレナに、私はトドメを刺された。もし彼が私を裏切らず助けを呼んでいたのなら、私は助かっていただろう」
ジャスパーがゆっくりと、深く息を吸い込んでいく。先程まで仄暗く揺れていた赤い瞳は、今はキュッと瞳孔が締まり、メラメラと燃え盛る炎のようだ。息が荒いものになっていく、肩と胸の上下する速さが、激しさが増していく。
ブワリと逆立った髪からは大きくピント張った耳が生え、食いしばられた歯は鋭さを――
(いけない! また暴走するかもしれないわ!)
「ジャスパー」
ルミナスが彼へと手を伸ばしたのと、アカシアが再び優しく声をかけたのは同時だった。
ジャスパーははっと顔を上げる。ルミナスもそっと手を引っ込めた。
大人しくなり、しっぽをしょぼんと垂れさせる彼の姿に、アカシアは目を細めた。
「ありがとう。さぁ、話に戻ろうか。裁判ではどうするつもりだ?」
「要点をかいつまんで話そう」
流石は国王と元王妃。説明力と理解力、長年鍛えられた二人独自の察する力が発揮され、さほど時間を取らずとも説明が終わった。
魔物の裏取引とアカシア殺害事件、二つの事件について裁判が起こされること、殺害事件の証拠としてアカシアに証言してほしいことを、国王は伝えた。魔道具の効果は嬉しい誤算だったと言えよう。死人が裁判に現れるとはだれも予想できまい。
だが、少し不安要素があるように思える。
「あの、質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
おずおずと手を上げたルミナスに、国王は(実際にどうかはさておき)人のよさそうな笑顔と共に答えてくれた。
「この魔道具が本物だと、確かな証拠として扱っていいものだと、裁判官の皆様はもちろん、傍聴席の方々は納得されるのでしょうか?」
「俺のように魔力が察知できれば、他との区別はつくが、そういうものは少ないだろう」
「やはりそこが問題だな」
ルミナスとディランの言葉に国王は同調した。さほど悩む様子はない。
「魔導師会の方々に、魔道具が本物だという証言を頼むのはいかがでしょう?」
ふむ、と国王は顎に手を当てた。
「できる限り他所の力は使いたくなかったのだが……急ぎ伝書鳩を飛ばせよう」
「では、裁判開始まで私は消えていよう。時が来れば二人でまた起こしてくれ」
「えっ、う、うん」
「アカシア……」
「お別れにはまだ早いさ」
アカシアが微笑んだのち、ペンダントがパタリと閉じられた。
何と声をかけたらいいのか、かけてもいいものなのか憚られて、ルミナスは開けようとした口を閉じた。
これはデリケートでプライベートな話題だ。変に口を出す必要はないのかもしれない。また、救いになるような言葉は述べられそうにない。
(せめて、二人が今までより生きやすくなるよう、できることがあったら助けていこう)
そう心の中で決めた時、国王がラルフとジャスパーへと視線を向けた。
「事前に伝えておくが、裁判を終えたら話し合いたいことがある。急ぐ話題でもないが、ダニエルにあることを相談されたこともあってな。だから、決して逃げないでほしい」
「な、何を話すのでしょうか」
(あること?)
ルミナスはラルフとジャスパーの二人と共に首を傾げた。
「君たちが今後どうしたいか、についてだ」
「今後……ですか」
ジャスパーは小さく呟いて、ラルフをじっと見た。話の趣旨を理解していないのか、不思議そうにラルフが見つめ返す。
「えぇと、話はもちろん聞きますが、答えは……少し時間をいただいても?」
「ああ。もちろんだ」
大切なことだからじっくり考えてくれと、国王は微笑んだ。
「だが、まずは裁判だな」
国王が不敵に微笑んだその時、バサバサと羽音をさせて白い鳩が窓から入ってきた。
足元に結ばれた手紙を取り、こちらへと振り向く。
「王家の伝書鳩は仕事が早いんだ」
なるほど、とルミナスは頷いた。
だから警備兵の到着が早かったのかと。




