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18話 見た目は令嬢、中身は脳筋

 商人の後ろにはシュヴァルツが控えていた。どこか気まずそうな表情をしている。


「あの時と変わらず口が減らないお方ですね。ご自分が置かれている状況に気づいていらっしゃらないのでしょうか」

「それくらいわかっているわよ」


 ルミナスの強がりな態度に、商人は目を細めてクスリと笑った。次いで、縄を振り回し、牢屋の中へと投げ入れた。


「ラルフ様!」


 パシンッと乾いた音に、小さな声が混じった。痛みに顔を歪めるラルフの体には縄が巻き付いている。

 ラルフが引きずられていく先を睨むと、商人は愉快そうに唇を釣り上げた。他人の犠牲をチラつかせればルミナスが動く。そう確信しているかのように。

 ラルフに布を噛ませ、商人は懐から鍵を取り出した。牢屋の鍵だろう。


「今は跡が残らないようにしていますが、貴女の出方次第では……大人しく来てくださいますね?」

「いいけれど、何をするつもり?」

「言ったところで未来は変わりませんよ」


 商人は鍵を開けて中へ入ってきた。目隠しをされ、ただでさえ光の少なかった視界が暗転する。


「行きましょうか」


 ルミナスの耳元で商人が囁いた。ゾワリとした悪寒が体の側面を走り抜ける。

 すると、ガシャリと首元で音がした。重く太い感覚は、ネックレスとは違う。首輪だ。それも金属製の。


「私の趣味じゃないわ」

「お似合いですよ」

「はっ」


 ルミナスが鼻で笑うと、強い力で首が引かれた。ジャラリと耳障りな音が響く。

 しかし、すぐに歩き出すことはなかった。


「ビーシュ」


 ルミナスから少し離れた横(商人を挟んだ位置だろうか)からシュヴァルツの声がした。商人の名前はビーシュと言うらしい。やはり聞き覚えがない。


「約束は覚えているだろうな?」


 念を押しているのか、シュヴァルツの口調はやや強く重い。


「ええ、覚えていますよ。彼女は邪魔者ですが、弟君の大切な方なのですから。魔法が使えないこの状態で他国に飛ばされれば、何もできないでしょう」

「……そうか」


 シュヴァルツの声は苦しげだった。そして再び首輪が引かれる。


(なるほど、「危害は加えない約束」とはこのことだったのね。もしかしたらビーシュは私を消す予定だったのかも。それをシュヴァルツ様が説得してくださったのね。譲歩されただけだけど)


 しかし、これは思わぬ誤算だ。彼の言うことが本当であれば、ここには自身を買う人物、もしくは船などの移動媒体があるはず。このまま大人しく着いていけば、押さえることができるかもしれない。


(もしかしたらオークション形式にするかもしれないわね)


 ならば、あの日の残党を捕まえることができるかもしれない。

 そう思うと、ルミナスの心が沸き立った。

 誰かに売られる。恐怖を感じてもおかしくない状況だが、ルミナスにはダンがいる。また、セレナとディランも来ると言っていた。味方が側にいるだけでこんなにも心強いとは。

 階段を歩き、暫く歩いていると何かが金属に当たるような音が聞こえてきた。脳を揺らすような音だ。違和感を感じながら階段を登っていく。


(牢屋から出てすぐに階段を登ったのに、まだ登るの?)


 ビーシュはいったい、何を企んでいるのだろうか。

 突然足音が止まった。ルミナスも歩みを止める。背後からは別の誰かが階段を登る音が聞こえてきた。静かでゆっくりとした音はシュヴァルツ、駆け足のような音はラルフだろうか。

 そして、前からは隙間風のようなものが吹いている。


「さて、つきましたよ」


 ビーシュの声と共にガチャリと扉が開かれる音がした。

 刹那、ルミナスの背中が押された。


「!」

「おい!」


 浮遊感が漂ったのも束の間、ルミナスは硬い地面に落ちてしまっていた。衝撃で目隠しがハラリとその場に落ちていく。

 視界を刺すような照明に目が眩みそうになる。我慢して目を開けば、そこにはコロッセオのような景色が広がっていた。仮面をつけた裕福そうな人間たちがルミナスを見下ろしている。しかし、彼らの手に落札札のようなものは見えない。


(オークションではない?)


 痛む体を起こし、辺りを見回したルミナスの背に冷や汗が流れた。


(床に血が……!)


 目を見張ったその時、重い何かが鉄格子にぶつかる音が聞こえてきた。立ち上がり振り向く。


「グルルル」


 視線の先には、かつてルミナスが助け、森でラルフが乗っていた狼の魔物がいた。どうやら壁に檻が内蔵されているらしく、鉄格子に爪を立てていた。


「約束と違うじゃないか!」


 シュヴァルツの声が頭上から聞こえ、ルミナスは檻から距離を取りつつも上を見た。怒りを露わにしたシュヴァルツがビーシュの胸ぐらを掴んでいる。


「彼女が全員倒すことができたら、約束は果たされますよ」

「貴様!」

「おぉ怖い。うっかり貴方との契約書を破いてしまいそうです」


 ビーシュの挑発的な表情に舌打ちをしたシュヴァルツ。その横で、ラルフが腕を使いタオルを外した。


「ぱぱ!」


(パパ?!)


「待ちなさい」

「ううっ」


 ルミナスの元へ駆け寄ろうとしたラルフを、ビーシュが杖で静止した。壁へと打ちつけられたのだろう。痛ましげなラルフの声が小さく聞こえてきた。彼の元へシュヴァルツが駆け寄っていく。

 二人の姿が死角に入り、ルミナスは視線を魔物へと戻した。

 興奮剤でも打たれているのか、魔物は唸り声を上げながら涎を垂らし、まだ上がっていない鉄格子に何度も体当たりをしている。今にも噛みついてきそうな勢いだ。


(今ダンを呼んだら、この魔物は殺されるかもしれない。それはだめ。でも、薬の効果が切れるのは先のはず)


 なら、どうにかしてこの魔物を気絶させるしかない。だが今の自身は魔法を使うことができない。

 ルミナスが考えを張り巡らせていたところ、ビーシュの声が場内へ響いた。


「紳士淑女の皆様、お集まりいただき、誠にありがとうございます。本日お呼び致しましたのは、魔物の一斉取引を行うためでございます。

 いやはや、大量の魔物取引は初めてでして。開催を祝して特別なショーを用意いたしましたので、是非お楽しみください」


 ビーシュは杖を勢いよくルミナスへと向けた。


「ご存知の方も多くいらっしゃるでしょう、こちらは麗しの黄薔薇こと、ルミナス嬢でございます」


 おぉー! と観客席から声が上がった。先ほどから眼下にいたというのに今さらである。


「流石はビーシュ様! 公爵家の御令嬢までお攫いになるとは!」

「しかし、魔物に食らわすには惜しいのでは?」

「どれ、わしに買わせろ」

「うぅん……実は彼女、少々難ありでして。ですが、ノーと言わないのが私のポリシー。生き残った際には無償で引き渡しいたしましょう!」


(とんだ下郎たちだわ)


 彼らの発言に飽き飽きとしながらも、ルミナスは打開策を講じるべく頭は回している。手錠を壊せるような武器は見つからない。なら――


「!」


 ゴウン、と重々しい音が響いた。みるみるうちに鉄格子が上がっていく。


「さぁ、こちらは狼男でございます。しかし、よくある魔物だからと舐めてはいけません。彼はフェンリルとガルムの血を使い、実験によって生み出された最強の狼男なのですから!」


 魔物の登場に観客たちが湧き上がった。鳴り止まない歓声に、地響きのような唸り声が混ざる。


「私を陥れようとするからです」


 ビーシュがそう愉悦を隠しきれない表情で呟いたと同時に、魔物が檻から飛び出した。黒く艶々とした毛が、雷光のようにルミナス目掛けて飛んでくる。

 グワリと魔物が口を開け、場の空気は早くも最高潮に達した。

 しかし、会場に悲鳴が響くことはなく、むしろ歓声が消えたのだった。


「な、なにをしているんだ……?」


 誰かの呟きがルミナスの耳に届くほど、静かになっていた。


――魔物に跨り、闇魔法の綱を引いているルミナスの耳に。


「よく見てみれば、ラルフ様に似た綺麗な髪と瞳を持っているのね」


 ルミナスはそっと片手で魔物の毛を撫でた。

 ドラゴンに比べれば、狼の操縦など足元にも及ばない。

 観客席まで舞い上がらせ、発生した風で仮面を吹き飛ばしていく。


「全員、顔を覚えたわよ」


 そう言って会場を一瞥すると、観客たちは身震いをした。

 次いでルミナスは、暴れもがく魔物に振り落とされないよう縄を掴んでいた手に、魔力と物理的な力を込めた。


「大人しくしてもらうわよ」

「ギャンッ?!」


 ルミナスは力を振り絞り、魔物を地面へと振り下ろした。魔物が地面へとぶつかった瞬間、彼のの上へと着地する。


「なっ、なに?!」


 間髪入れず、魔物の首を、縄と足を使い締め上げた。


「(一、ニ、三)……ふぅ」


 意識の落ちた魔物はグテンとその場に寝転んだ。

 ルミナスは肩で息をしながら顔を上げた。会場の出口は魔物に乗っている最中、木属性の魔法でツタだらけにしたため、観客たちは逃げられずにいる。

 ビーシュはというと、身を乗り出し、顔を真っ青にさせていた。


「そんな! 確かに魔道具を使ったは――ない?!」

「壊したもの」


 闇魔法の階段を作って二階へと上がり、ルミナスは会場を指さした。その先では、二つに割れた手枷が落ちている。


「まさか魔物に壊させたというのですか?!」

「いいえ、違うわ」


 ルミナスはこっそり指輪のスイッチを押した。


「魔物が出てくる寸前に蹴り壊したのよ」

「けっ、蹴り壊した?!?!」

「えぇ」


 魔道具ということは、いくら分厚く作っていようと、中にいくつか空洞ができてしまう。ルミナスはその場所を、ビーシュと観客たちの会話を聞きながら探していたのだ。

 右手部分と左手部分を一繋ぎにしたのが、仇となったようだ。たいへん割りやすかったのである。


「そ、そんな! お前さては令嬢じゃありませんね?!」

「私はれっきとした貴族の令嬢よ」

「貴族の令嬢が手錠を壊せるはずないでしょう?!」

「公爵家の令嬢たるもの、人攫いに対処できないとやっていけないわ」

「今までそんな人一人もいませんでしたよ! なんなんですか、くそっ!」


 ビーシュは杖を床へ叩きつけ、次いでルミナスの腕を掴んだ。回復をしていなかったため、火傷跡がズキリと痛む。

 と、その時、ビーシュの喉がヒュッと鳴った。


「ルミナス様を攫ったのは貴方ですか?」

「汚らしい手で彼女に触れないでいただきたい」


 彼の喉に、斧と剣の切先が触れたからだ。


(セッ、セレナさんの目が怖いわ! 殿下も微笑んでいるけれど、雰囲気が覇者のようだわ!)


 ルミナスが震えを抑えていると、ビーシュが小さく口を開けた。


「ど、どうしてここに殿下が……」


 そう呟いた瞬間、ダァンッと何かが壁にぶつかる音がした。


「どうしてお前がここにいる……!」

「ツッ!」


 セレナと目を合わせないよう、ルミナスはビーシュの影から顔を出した。

 見えたのは、ディランがシュヴァルツの胸ぐらを掴み、壁へと打ち付けている姿だった。その表情は憎しみと混乱、そして、悲しみが混ざり合っていた。


「待って、ディラ――?」


 シュヴァルツには何か事情があったに違いない。そう言おうとしたルミナスは、あるものが目に入り言葉を止めた。

 ビーシュが胸元につけている、トリカブトの形をしたブローチ。それに、微かな魔力を感じたからだ。


「あっ!」


 ルミナスは動けないでいるビーシュからブローチを奪い取り、破壊した。

 その瞬間、ビーシュの見た目が変化した。髪の色も、目の色も、輪郭も顔のパーツもすべてだ。

 彼は、認識阻害魔法の効果があるブローチをつけていたのだ。しかし、この魔法はダンが使っていたもので、王宮外には情報が出ていないはずだ。ディランが開発した短剣も、まだルミナスたち以外の人物や機関には話していない。


(なのに、どうしてただの商人の彼が――)


「斧を外してくれませんか」


 ダンの提案に、セレナは睨み返した。


「確認したいことがあるんです。大丈夫、逃げようとしたら刺しますから」


(ダン?! 一国の王子が、いや、王子じゃなくてもそれはだめよ!)


「……それなら」


(それなら?!)


 内心突っ込みたい気持ちを抑える。すると、ダンは剣を突き立てたまま、ビーシュの体を彼へと向けさせた。

 ダンの目が見開かれる。


「……クレナ」


 ビーシュ、いや、クレナはどこか諦めたように息を吐いた。


「数週間ぶりですね、ダニエル殿下」

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