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16話 甘い罠

「わぁ〜! すっごくキレイですね!」


 セレナが馬車から飛び出し、湖が見える森へと走って行く。


「走ると危ないわよ」

「はーい!」

「もう」


 返事だけはいい。セレナは走ったままルミナスの元へと戻ってきた。

 ヴァールハイト家から馬車を走らせ約三時間。水面の森へと、ルミナスたちはピクニックに来ていた。

 深い木々が大きな湖を囲っており、隙間から太陽の光が差し込んでいる。キラキラと反射する水面は宝石のようだ。

 神秘的な景色に魅入っていると、ディランとダンが荷物を手にして、ルミナスの隣に立った。


「ここは魔物が出にくいんだ。ずっと理由がわからずにいたが、今ならわかる。辺りに鉱山がないからだろう」

「そのような場所があったのですね。地図で見た際は鉱山ばかりだったので、少し驚きました」

「水面の森といっても、範囲が狭いからな」

「充分広いように思えるけれど」

「他が広いからでしょうね」

「そういうことだ」


 意外と気付かないものなのかもしれない。

 突然、ディランのお腹が鳴った。ダンと共に振り向く。


「腹が減った」


 ルミナスとダンは向かい合い、クスリと笑った。


「お昼にしましょうか」

「そうね」


 湖へと近づき、クロスを広げる。ピクニックバスケットを置くと、ディランが素早くクロスへと入った。テキパキとカトラリーやドリンクの入った瓶を取り出している。

 そこまでお腹が空いているとは、まったく気づかなかった。


「食べないのか」

「今行くわ」


 ルミナスたちもクロスへと上がり、食事の入ったバスケットを開けた。

 チキンとゆで卵、豆と肉の香草煮込み、ディランが好きだというローストビーフなど、様々な種類のサンドウィッチがぎっしりと詰まっている。

 別のバスケットにはライ麦パンと白パンが入っており、端にはバター、イチゴジャム、ブルーベリージャム、チョコレートクリームの入った瓶がそれぞれ置かれている。


「わぁー!」

「おいしそうですね」

「はやく食べよう」

「そうしましょうか。と、その前に、殿下とセレナさんはこれも必要ですわよね?」


 ルミナスはサンドウィッチのバスケット裏から、そっと二つのを取り出した。片方はコショウ、もう片方は赤い液体が入っている。

 ダンとセレナの目がキラキラと光った。


「(シュヴァルツ)特製のハバネロ&唐辛子の激辛ソースですわ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます!」


 ダンは激辛ソースを、セレナはコショウの入った瓶を、それぞれ嬉しそうに受け取った。


「前から思っていたんだが、二人の味覚はどうなっているんだ? 辛いものしかおいしいと感じない訳ではなさそうだが」

「王宮だとここまで刺激的な味は楽しめませんから。健康的な味付けも好きですが」

「ああ、たまに食べるからおいしいものはあるよな。わかる」

「そんな感じです」


(本当にそんな感じなのかしら)


 少し違うような気がするが。

 まず、ダンほど辛いものに耐えられる人は少ないはずだ。その味覚の幅広さの理由が気になる。生まれつきの可能性もあるが。


「セレナさんはどうですか?」

「入学前に町中でマカロンの試食が配られていて、食べた時に『これは!』と頭に電流が走ったんです。それからコショウのかかったものを好んで食べるようになりました」

「光属性が得意な奴は刺激を求める傾向にあるのか疑ってしまうな」

「そうね。あっ、そうだわ」


 ルミナスは小さな箱を四人分、バスケットから取り出した。


「はい、どうぞ。シュヴァルツ様からよ」

「また他家からの貢物か」

「貢物って……」


 いや、シュヴァルツからディランへの、という意味では間違っていないかもしれない。

 ふと、ダンが身を乗り出した。


「マカロンですか?」

「はい」


 ルミナスは白いリボンのついた箱をダンに渡した。薄い紫色のリボンはセレナ、黒色のリボンはディラン、黄色のリボンはルミナス用という目印である。それぞれの好みに合わせて中身を少し変えているのだ。


「すごいです! 私のものはブラックペッパーがのっています!」

「僕のマカロンには珍しい色のものが混ざっていますね」

「俺はチョコレートが多めだな」


 そして、ルミナスのマカロンにはイチゴチョコがコーティングされている。


「わざわざ振り分けるなんてな。暇なのか?」


(違う、違うのよディラン! わざわざシュヴァルツ様が仕事の合間を縫って作ったのよ)


 しかし、シュヴァルツとの約束がある以上、ディランに真実を伝えることはせず。

 歯がゆい思いをしながら、ルミナスはマカロンを手に取ったのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 楽しい時間はあっという間で、数時間でルミナスたちはヴァールハイト家へと戻っていた。

 廊下をダンと共に歩いて行く。セレナとディランは鍛錬に向かっていった。「筋肉が鍛えろと囁いている」と言って。

 外では夕焼けが夜空に侵食されている。その様子をなんとなく眺めていると、あくびがでてしまった。


「馬車でも眠そうにされていましたよね。久しぶりに遠出して、疲れてしまいましたか」

「そうかもしれませんわね」


 頭も足取りもふわふわしていく。

 最近気を張り続けていたため、このピクニックが気を緩めるきっかけになったのかもしれない。


「よければ、僕の手をお掴みください」


 ルミナスの前にダンの手が差し出された。


「すぐそこなので大丈夫ですわ」

「ルミナス様、それは柱です」

「あら?」


 よく目を凝らしてみると、目の前には白い支柱が立っていた。色が似ているとはいえ、人と物を見間違えるなんて。

 恥ずかしさに頬を染めるルミナスの横から、クスリとダンの笑い声が聞こえてきた。


「寝室までお供してもよろしいでしょうか?」

「お、お願いいたしますわ」


 ルミナスはダンの手を取った。ゆっくりと部屋まで歩いて行く。

 たった十数歩だというのに、時間の流れが長いように感じる。


「ゆっくり休んでくださいね。また明日」

「はい、また明日」


 ダンへ手を振り、ルミナスは部屋の中へ入った。


「それにしてもこの部屋、こんなに暗かったかしら?」


 朝にカーテンはすべて開けたはずなのだが閉まっている。夜になったからと使用人が閉めてくれたのだろうか。だとしたら、代わりに灯りを灯してくれると思うのだが。


「えぇと、灯りはどこかし――きゃあ?!」


 壁に手をついたその時、カチリと音がした。床が空き、そのまま落ち――


「シュヴァルツ様?!」

「ツッ!」


 顔をあげると、ルミナスの手をシュヴァルツが掴んでいた。


「今引き上げますから」


 闇魔法の風が足元から吹き上がり、ルミナスは腕を引かれるままシュヴァルツの元へと飛び込んだ。


「あ、ありがとうございますわ」


 そう伝えるので精一杯だった。恐怖で心臓がバクバクと鳴り、痛い。


「い、いえ。ご無事で何よりです」


 シュヴァルツはさっとルミナスから視線を逸らした。様子がおかしい気がする。ルミナスの部屋を訪れたことと何か関係があるのだろうか。


「どうし……?」


 ずるずるとルミナスの体が落ちていく。

 床に膝をつく手前で、シュヴァルツが腕で支えた。そして、ルミナスの腕が後ろに回された。

 ガチャリと音をたててつけられたのは、分厚い手枷。


「自分が手伝ったものだからと、安心してすべて食べたようですね」


 声が出ず、暗転していく視界の中心でシュヴァルツを見つめる。


「念のために言っておきますが、私は貴女のことを恨んでいません。……危害は加えない約束ですから」


 最後、シュヴァルツが何かを言ったように見えたが、とうに耳は聞こえなくなっていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ピチャリ、ピチャリと何かが落ちる音がする。

 程なくしてルミナスは目を覚ました。


 目の前には黒い鉄の棒と、ところどころ削れたレンガが見える。奥は深く、真っ暗闇が広がっている。それでも辺りが見えるのは、後ろからさす月明かりのおかげだろう。


(ここは……牢屋?)


 そしてルミナスは手枷をつけられたまま、地べたに寝転がされている。起き上がりたくとも、起き上がることができない。

 体に力を入れるも、シュヴァルツに盛られた毒、または薬の効果が抜けきっていないらしく、すぐさま脱力してしまう。


(また気絶して攫われるなんて……不覚だわ)


 ルミナスはため息をついた。

 その時、背後から何かが動く気配がした。


「あら」


 歯がいじめにしようと伸ばした足を、ルミナスは既の所で止めた。

 そこには、目を見開いて固まるラルフの姿があった。

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