15話 料理が趣味のブラコン魔王
翌朝、ルミナスは朝食後部屋に戻り、外を眺めていた。
魔物によって壊された柵は元通り、高くそびえ立っている。えぐれた庭はすぐには戻らないだろうが、なだらかになるよう整備はしたようだ。使用人たちの仕事の速さがわかる。
(魔物ねぇ……ラルフが引き連れていたとして、どうして、ダンがここにいるとわかったのかしら?)
ダンが目的なのだとしたら、アメトリア王国の王城を襲撃するはずだ。ヴァールハイト家が目的だとしても、その理由が浮かばない。
また、ラルフは「またくるから」と言っていた。それは「もう一度襲撃する」という意味なのだろうか。だとしたら、宣言する必要はないだろう。むしろ守備を固めさせるだけだ。
「うぅーん。色々と引っかかるのよね」
ルミナスはベッドへと腰掛けた。その時、誰かが扉をノックした。
「ルミナス様」
扉越しに聞こえてきたのは、爺やの声だった。ルミナスは体を起こした。
「どうぞ」
「失礼いたします。おや、お昼寝の最中でしたか」
「いえ、少し考え事をしていただけよ。どうしたの?」
「シュヴァルツ様が厨房でお待ちです」
「厨房で?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
厨房内にガシャガシャと何かを泡立てる音が響く。
小麦粉の入った袋、チョコレートブロック、ボウルいっぱいのフルーツ、ミルクの入った瓶、砂糖に塩。おまけにドライフルーツまで。様々な材料が置かれた調理台の前にいるのはシュヴァルツだ。
声をかけていいのかわからず、ルミナスは入り口で立ち尽くしていた。
「シュヴァルツ様。ルミナス様をお連れいたしました」
「……」
「シュヴァルツ様」
「……あっ、なんだ」
よほど集中していたのだろう。シュヴァルツははっと肩を上げた。泡立て器をボウルの淵に置き、ルミナスへと振り返る。
「んふっ」
シュヴァルツの姿を見てルミナスは吹き出してしまった。
「なんですか」
威圧感たっぷりに睨みつけられ、ルミナスは顔を逸らした。
「その、鼻先と頬に生クリームが飛んでいますわ」
「なに?……気付きませんでした」
側に置かれていた鏡に顔を映し、拭ったようだ。ルミナスが再び顔を向けると生クリームは消えていた。
ルミナスは一つ咳払いをした。
「ご用件は何でしょうか?」
尋ねると、シュヴァルツは爺やに外へ出るよう顎で指示した。
「失礼いたします」
爺やが恭しく礼をして出ていく。厨房の中にはシュヴァルツとルミナスの二人だけが残された。
「貴女にはまだ聞きたいことがありまして。まず、これを着ていただけますか?」
シュヴァルツに差し出されたのは、黄色のフリフリエプロンだった。色のチョイスはたまたまなのだろうか。瞳の色と合致しているではないか。
ちなみに、シュヴァルツはというと、黒いシンプルなシャツの上から、同じく黒いエプロンを着用している。もちろん、フリルはない。全身黒ずくめである。
(んー。フリルがたっぷりのドレスを普段着ないからかしら。なんだか恥ずかしいわね)
「どうしましたか?」
受け取ったエプロンを眺めていると、シュヴァルツが顔を覗き込んできた。
「もしかして、デザインがお気に召しませんでしたか?」
図星で言葉に詰まってしまった。すると、シュヴァルツが隣の部屋へと移動した。吹き抜けになっているようだ。
「念のためもう一着用意しておいたのですが、こちらの方がいいですか?」
(おっと)
シュヴァルツが持ってきたものは、先程のエプロンにさらにリボンをつけたようなデザインだった。
「い、いえ。このままでいいですわ」
「そうですか」
ルミナスは頷き、エプロンへと袖を通した。
「シュヴァルツ様は料理をされるのですね」
「ええ。ディランに会えない分、美味しいお菓子を作って、彼に食べてもらうことで、多少ストレスを発散することができるのです」
なかなかの発散方法である。役立っているのだからいいとは思うが、なかなか拗らせている。
(でも、彼の作ったお菓子を、ディランが素直に食べるのかしら?)
少なくとも、ディランからシュヴァルツがお菓子を作っているという話は聞いたことがない。お土産をよく貰うとは聞いたことがあるが……。
「まさか、お土産のお菓子はすべて、シュヴァルツ様が作ったものだったのですか?」
「全てではありませんよ」
シュヴァルツは苦笑した。
「九割ほどです」
「ほとんどじゃないですか!」
ルミナスは思わず大きな声で突っ込んでしまった。
シュヴァルツは悲壮感を漂わせながら、ふぅ、と小さくため息をついた。
「こんな間接的な形でしか、弟と関わる方法が考えつかなくて」
「やはり、ディラン様にすべてをお話になられたらどうですか? 成長した彼なら、受け止めることができるかもしれませんよ」
「それは…………できません」
シュヴァルツはグッと唇を噛んだ。
「何故ですか?」
そう尋ねるも、シュヴァルツは眉を下げて口を閉じている。
「魔道具造りを諦めさせようとしたり、期限を設けたりする理由と関係があるのですか?」
「……ディランには、できるだけこの家にいてほしくないのです。寂しいですけど。すごくすごく寂しいですけど」
「それは、彼を守りたいからですか?」
「はい。この家とこの国は、汚れていますから。全てを話して飲み込んでもらえたとして、多少は彼も汚れてしまうでしょう。それに、この前ディランからアメトリア王国で暮らしたいという話を聞きました」
確かに、この国へ来る前に言っていた。
「これくらいの望みなら、応援できますから」
「シュヴァルツ様は本当に、それでいいのですか?」
「いいんです。それより、オーブンを開けていただいても?」
「えっ?」
シュヴァルツに指をさされ、ルミナスはオーブンへと近づいた。扉を開けると、中から湯気がボワリと出てきた。
湯気を払い、中を覗き込んでみると、茶色の四角い物体が入っていた。バターの芳醇な香りと、こんがりとしたいい匂いが鼻腔を満たす。
「パン?」
「はい。明日も暇でしょうから、サンドイッチを作って、ピクニックにでも行かれたらどうかと思って。作ってみたんです」
「暇でしょうからって……」
「違いますか?」
「いや、まぁ、違いませんけど……ディラン様たちを誘ってみます」
「はい。せっかくこの国に来てくださったのですから、楽しんで帰っていただきたいのです」
ルミナスはパンを取り出し、指定された机の上へと置いた。
「でも、魔物が出るのにピクニックなどできるのですか?」
「魔物が出にくい場所があるんです。ディランに聞けばわかるでしょう」
「わかりましたわ」
どうせ他国へ来たのだから、多少は遊んでもいいだろう。
「それにしても、この厨房は様々なものを置いていらっしゃるのですね。紅茶の茶葉もいっぱいありますわね」
ルミナスは近くの棚の前へと移動した。茶葉の瓶や透明な瓶がずらりと並んでいる。
(ダージリン、アッサム、バタフライピー、コットンキャンディーに――)
「ラベルが貼っていないものがいくつかありますね。これはベラドンナですか?」
小さな瓶の中にくすんだ赤紫色の花や、黒くて丸い実が入っている。
「そうです。ご存知でしたか」
「(ノアに見せてもらった)植物図鑑でちらっと見ただけですけれど。紅茶にもできるのですね」
「うーん。できるといえば、できますが、飲んだら最後、死んでしまうでしょうね」
「えっ」
ルミナスの手から、ベラドンナの入った瓶が落ちた。すかさずシュヴァルツがキャッチする。
「お気をつけください。この棚には、有毒植物も置かれていますから」
「ど、どうしてそのようなものを置かれているのですか」
「言ったではありませんか。耐性をつけるため、日々毒を摂取していると。食事に混ぜることもあるんです。スズラン、ダチュラ、トリカブトなど、数えたらキリがありません。恐らく貯蔵量は帝国一かと」
「反応に困るわ」
「ふふ、申し訳ございません。さ、お菓子作りを手伝っていただけますか?」
シュヴァルツは椅子に座り、メモとペンをポケットから取り出した。
「そのために、ディランが好んで食べていたものや、気に入っていたお土産を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
(それが聞きたかったことなのね)
「わかりましたわ」
「ありがとうございます」
シュヴァルツはニコリと微笑んだ。彼の嬉しそうな顔を見ることができるとは、ここへ来た最初は想像もできなかったものだ。
(一緒にお菓子を作ることで、より打ち解けられるかもしれないわね)
ルミナスは椅子に座った。
「では、五十個ほどお願いします」
(……お菓子作りまで行き着くのかしら)




