14話 強メンタルは諦めない
部屋に入ってきたのはスチュワートだった。なんと、魔物襲撃のどさくさに紛れてジャスパーが城から出て行ってしまったらしい。ベッドはもぬけの殻、松葉杖は棚に立てかけられており、なんの書き置きも残されていなかったらしい。
そしてなんと、魔道具まで消えてしまったらしい。今はスチュワートと共に実験室へと向かっている最中である。
扉を破壊する勢いで、ディランが中へと先陣を切った。
「ない……!」
ディランは唖然とした表情で、魔道具が置かれていた棚の前に立ちすくんだ。粉々に割れたガラスの破片が、床に落ちている。
「ようやく完成したのに」
セレナが肩を落とす。ルミナスも同様に落ち込んでいた。しかし、こうしている間にも記憶は抜け落ちていく。ジャスパーに教えられた知識があるうちに、記憶があるうちに、再現するほかないように思える。
ルミナスは固まっているディランの後ろを通り、戸棚を引いた。
「えっ」
「どうしたんですか?」
ダンがルミナスの隣へやってきた。中が見え、彼は察したように「あぁ」と呟いた。
「今度は何があったんだ」
「そこにあったのって、確か」
ディランとセレナへと振り向き、ルミナスは頷いた。
「魔道具に関するメモが、すべて消えているわ」
「なに?」
「ここに置いてあった実験結果もなくなっています」
ダンは別の戸棚を開けていた。彼の言った通り、紙くずすら残っていない。ディランは机に手を置き、息を深く吐いた。
「覚えていることをすべて、今から紙に書き出す。爺や」
「既に用意しております」
ディランの手に爺やが紙の束を差し出した。机の上に何枚も広げられ、ルミナスたちはペンを取った。
全員が机に向かったその時、部屋の端々からバチバチとした音が走った。顔を上げると、実験器具や実験装置の数々から、黒い煙が上がっていた。
「これはなかなか時間がかかりそうね」
「書き終わったら、手配するしかないな。いつ届くか……」
ディランは再度ため息をついた。しかし、すぐに目をきっと吊り上げ、ペンを走らせた。
「いや、弱音を吐く暇はないな。一つずつ、確実に再現していこう」
「そうね。頑張りましょう」
「諦めが悪いですね」
「げっ」
威圧的な声が聞こえ、ディランが素早く反応した。ひしひしと嫌なオーラを向けられているのは、言わずもがなシュヴァルツである。壁に寄りかかり、こちらを見下ろしている。
「ジャスパーに騙されたようですね。元から利用する気だったのか、魔道具造りを手伝うと言い、自分は知識を貸すだけで費用は一才負担しないでおく。完成したら、どさくさに紛れて逃亡。してやられましたね」
シュヴァルツはクスリと愉快そうに笑った。その行動がディランに嫌われるためのものなのだと思うと、ルミナスの胸が痛んだ。ふと、ある疑問が頭に浮かぶ。
(シュヴァルツ様の言ったことは、私も考えた。でも、両足を骨折している人間が、医務室から離れたこの実験室まで、使用人に一度も会わずに来ることなんてできるのかしら?)
だが、ジャスパーが姿を消した今、真相は闇の中である。彼をとっ捕まえない限り、わかる術はないだろう。
今はメモに集中しよう。ルミナスはそう心の中で呟いた。すると、シュヴァルツがディランからペンを奪った。
「いい加減、諦めたらどうなんですか?」
「お前には関係ない」
ディランがペンを奪い取る。
「いつまでも皆さまを振り回す訳にはいかないだろう」
「許可は得ている」
「私の許可がいるだろう。父上がいない今、私がこれ以上の滞在は不可だと決めれば……わかっているな?」
彼の言う通り、代理であるシュヴァルツにはルミナスたちを追い出す権利がある。ディランにはそれを止める力はない。(ディランが泣きながら止めたら、渋々キャンセルしそうな気はするが)。
ディランは悔しそうにシュヴァルツを睨み、次いで目を逸らした。
「まぁ、あと一回ぐらいはチャンスをあげよう」
「チャンスだと?」
「そう睨むな。今すぐ荷物を外へ放り出してもいいんだぞ」
「ツッ」
ディランは唇を噛んだ。その様子にシュヴァルツはほくそ笑む。
「新たな道具が揃って一日」
シュヴァルツは人差し指を立てた。
「魔道具造りに必要なものが揃った時から、二十四時間以内に完成させなさい」
「二十四時間だと?! 完成まで三日かかったんだぞ?!」
「できなければそれまでだ、諦めろ。いいな?」
拒否権はない。まるでそう言うかのように、シュヴァルツはディランを睨め付けた。
ディランのことが心配で大切で、それ故に公爵家の仕事から遠ざけたい気持ちは、あの日から理解したが、魔道具造りは仕事とは違う。なのに何故、こうも諦めさせようとするのだろう。ルミナスたちを置いておく費用が足りない訳でないだろうに。
となれば、魔道具造りを成功させることで父親に目をつけられるのではないかと、そう危惧しているのだろうか。
(でも、ディランだけで成功させた訳ではないし、今の予想が当たっているのなら、シュヴァルツの独りよがりな性格からして手柄を横取りすると思うのよね。その方が、ディランからもっと嫌われることができるし)
「わかった」
ルミナスが考え込んでいると、ディランが重々しく口を開いた。
「『わかりました兄上』ではなく?」
「ぐっ」
「チャンスが欲しくないのか?」
「……わかりました……あ、あに、あにうえ」
ディランはわかりやすく怒りと羞恥を露わにしている。握られた拳がプルプルと震えているではないか。
対するシュヴァルツはというと、顔のニヤケが抑えきれていない。地味に口角がピクピクと痙攣している。
(どれだけ兄上と呼ばれたかったのよ。非情になりたいと言っておきながら、やっぱり幼い頃の関係が恋しいんじゃない)
ルミナスは内心ため息をついた。彼はずっとこのまま、ディランに嘘の姿を見せたままでいるつもりなのだろう。だが、やはり無理がある気がする。
(ディランとシュヴァルツ様、ダンとラルフといい、どうしてこうも仲違いをしてしまっているのかしら?)
ルミナスが再びため息をついたと同時に、シュヴァルツが扉を開けた。
「では、私は失礼させていただきます。道具が揃うまでの約一週間、どうぞお寛ぎください」
ニコリと作り笑いを浮かべ、去っていく。
扉が閉まると、セレナが隣へやってきた。
「シュヴァルツ様の今の発言、言い換えれば『どうせ完成しないでしょうね』ってことですよね」
「あら、鈍感な貴女にしては察しがいいじゃない」
「ルミナス様も割と鈍感なので大丈夫ですよ!」
「どっ?! 何が大丈夫なのよ!」
聞き捨てならない言葉に突っ込む。セレナは気にせずヘラヘラと笑っている。
ふと、ダンが一点を見つめて固まっている姿が目に入った。
「殿下?」
ダンははっと肩を震わせた。すぐさま紳士的な微笑みを浮かべてこちらへと振り向く。
「すみません。魔力を使い過ぎたのか、少し疲れてしまったようです。メモを取るんでしたよね、再開しましょうか」
(だから、シュヴァルツが来てから終始無言だったのね)
「あまり無茶はなさらないでくださいね」
「ありがとうございます」
「だがそれはルミナスもだぞ」
「そうですよ」
「ど、どうして私の話になるのよ」
たじろぎながら尋ねると、ダン、ディラン、セレナの三人とも同じような表情で頷いた。
それは、呆れつつも子を見守る親のような表情で、ルミナスは居心地の悪さを感じ、静かにメモを書き出すことにしたのだった。




