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13話 再会

「えっ?」


 最近聞いたことのある幼い声が、ドラゴンより上から聞こえてきた。顔をあげようとするも、ドラゴンの顎に隠れて見ることはできない。

 だが、その声は確かに、夜にあった少年の声だった。


(どういうこと? ここにいる魔物はすべて、彼が飼っているの? だとしたら、どうしてヴァールハイト家を襲っているの? この前会ったのは偵察だったの? それに、「兄さん」って?)


 混乱しながらも、ルミナスは下を見た。ディランもセレナもこちらを「あり得ない」と言った目で見ていた。

 そして、ダンはというと、非常に冷たい目をこちらへと向けていた。初めて見る彼の表情に、胸がドキリと嫌な音を立てる。


(ダ、ダン?)


「彼女を離すんだ、ラルフ」


 ダンの声は低く、彼の周りから光魔法が強く光り、旋風のように辺りを駆け巡り出す。


「なんだ、やっぱり怖い顔もできるんだね。もしぼくが返さないって言ったら、どうするの?」


 少年がクスリと笑った。その時、ドラゴンの爪が頬に当たり、ルミナスの頬に赤い線が引かれた。

 刹那、辺りが光で満ちた。あまりの眩しさに目を閉じてしまう。

 そして、目を開けて見えた光景にルミナスは息を呑んだ。


 かつて神殿で見た鎧の大群が、ダンの後ろで列を成していたからだ。その数は今いる魔物の数に匹敵、いや、二倍はあるだろう。

 ダンのすべてを滅ぼすような迫力に気圧されたのか、ドラゴンの指に力が入る。他の魔物たちも動けないでいた。


退(しりぞ)け」


 ビリビリとした空気が伝わり、ルミナスは思わず身震いをした。

 その瞬間、ドラゴンが指を離した。


「えっ?」


 十メートルはあるであろう高さから、地面へと真っ逆さまに落ちていく。


「グリフィン!」

「キュッ!」

「うっ」


 ディランの叫ぶ声が聞こえたと思うと、グリフィンがその背中でルミナスを受け止めた。打ち身にあったような痛みがしたが、地面に直撃するよりはましだろう。

 グリフィンはすぐに地面へと降り、ルミナスの元へダンやディラン、セレナが駆けてきた。

 ダンから差し出された手を取り、地面へと降りようとした瞬間、ダンがルミナスを抱き寄せた。少し遅れて手を出したディランとセレナの顔が、鬼のような形相へと変わる。


「すみません。僕が油断をしていたから、こんな傷が」


 ダンが頬に触れると、ほんの少し傷が痛んだ。しかし光が見えたかと思うと、その痛みは消えていた。


「ありがとうございます殿下。この程度の傷、魔法をお使いにならずとも大丈夫ですわ」


 ルミナスが微笑んでそう言うと、ダンもまた安心したように微笑んだ。


「あ! 魔物が帰っていきますよ!」


 セレナの声に視線を移すと、確かに魔物たちが森へと帰っていた。いや、速さからいくと「逃げ出していった」と言った方が、いいかもしれない。

 その様子を眺めていると、ドラゴンの上にラルフの姿が見えた。


「……またくるから」


 涙を浮かべ、こちらを恨めしそうに見た後、ドラゴンと共に去っていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 魔物襲撃後、ルミナスたちは傷ついた城の修繕や、居城辺りに残党がいないかの確認に当たっていた。数の割に被害が大きくなかったらしく、夕食前にはすべての作業が終わっていた。そして今は、食事前のティータイム、もとい、ダンへの質疑応答タイムを行なっている。

 まず一つは、鎧を出したことについてだ。どうやら、使えるようになると便利であるため、覚えたようだ。それが、学園で一人で練習していた魔法の内容らしい。


「嫌な思い出があるため悩んだのですが、光魔法でできているため魔物に有効かと思って。それに、もしまた同じようなことがあった際の予防になるかもしれませんから」

「そうでしたのね。確か、今回が初の実戦だと仰っていましたよね。成功したようで何よりですわ」

「ルミナス様が危険だと思ったら、自然と力がこもったようです」


 ダンは頬をわずかに染め、ルミナスの手を取った。


「失敗すると、魔力切れを起こしたり、殺されかけたりするんですよね」

「そんなことをサラッと仰らないでくださいませ!」


 ルミナスはダンの手を振り解いた。通常の召喚術に負けず劣らずリスクが高いではないか。今回は成功したからよかったものの、失敗していたら大変なことになっていたかもしれない。

 安堵と呆れの混ざったため息をつくと、ディランがもたれかかっていた壁から離れた。


「それで、あいつは誰なんだ。本当にお前の弟なのか?」

「でも、どうして魔物と一緒にいたんですか? 見た目も似ていませんし」


 痛いところを突かれたのか、ダンがほんの一瞬固まった。しかし、すぐに観念したように、肩を落として息を吐く。


「なんといったらいいか……彼は、共に育った兄弟のような存在、と言いましょうか。血は繋がっていないませんし、彼の存在は隠されています」

「国王とも血が繋がっていないのか?」

「はい。あとはお察しの通りです」


 彼の言葉にディランもセレナも首を傾げた。おいおいと、ルミナスは頭に手をやった。ダンは二人の様子に苦笑している。


「皆さんを危険に晒してしまったので、彼と何があったのかざっくりとお話ししますね。ただし、このことは他言無用でお願いします」


 ディランとセレナはコクリと頷き、手招きをするダンの元へ耳を傾けた。


 彼の弟の名前はラルフ。母親は国王の旧友で、第一王妃だったらしい。二人の間に強固な友情はあれど、男女の情はなかった。そんなある日、ダンの母親が嫁いできた。そしてなんと国王は一目惚れし、ダンが生まれたのである。

 ちなみに、両陛下の仲は今も熱々である。アメトリアでは有名な話だ。


 話を戻し、第一王妃は二人の中を応援した。そして、ダンの母親ともよき友人関係を築くようになった。ダンもよく遊んでもらっていたらしい。

 そしてダンが四歳となった年に、ラルフが生まれた。国王との子供でないことは、すぐに分かった。黒い髪に、赤い瞳を持っていたのだから。王城の外にこの話が漏れないよう、第一王妃がこれ以上責められないよう、国王はすぐさま緘口令を敷いた。

 しかし、いくら旧友とはいえ、恋愛感情がないとはいえ、国王として彼女の罪を許すことはできない。そのため、国王は第一王妃の地位を剥奪し、旧友のよしみとして離宮へと幽閉したそうだ。

 これは、国王なりの慈悲だった。せめて離宮で静かに過ごせるようにと。


「そして数年後、僕がうっかり離宮へ入ってしまい、ラルフを見つけたんです。陛下にばれた日は叱られましたが、自分の反抗的な性格を知ってか、翌日からは普通に許可してくれましたけど」


 さすが、突飛なアイデアを出すことで有名な陛下である。


「まぁ、黒い狼の耳が生えた人間がいたら、小さな子供は好奇心が湧いて仕方がないでしょうから」

「えっ?」


 ダン以外の全員が驚きの声をあげた。


「それって……」

「ラルフは人間と魔物のハーフです。なんの魔物かまでは知りませんが」


 驚きのあまり三人が固まる。今までかなりの国家機密を漏らしているはずなのだが、ダンはケロッとした表情で話を続けた。


「隠れていたとしても、しばらくは穏やかに暮らせていたと思います。でも、ある日問題が起きたんです」


 ダンの声が落ち、ルミナスは生唾を飲み込んだ。悪い予感がしてならなかったのだ。


「彼の母親が、亡くなったんです。死因は何も教えてもらえませんでしたが、その日からラルフは塞ぎ込むようになって、数日後、消えました」


 部屋中に重々しい空気が流れた。


「やっと会えたと思ったら、あのような敵意を向けられるとは思いませんでしたよ。……それは僕もですが」


 自嘲するように微笑し、ダンは睫毛を伏せた。


(焦っていたとはいえ、言い跳ねるような口調をしていたものね。仲がよかったのだから、ショックを受けても仕方がないわ)


 ルミナスはダンの背中に、自身の手をそっとのせた。


「落ち込んでいらっしゃるのなら、ラルフ様を探しましょう。そして、何があったのか確かめませんか?」

「しかし、魔道具の実用実験が」

「魔道具の対象は魔物なのだから、ちょうどいいだろう」

「ずるずると心配するくらいなら動きましょう!」


 ダンはほんの一瞬、口をぽかんと開けたまま固まった。次いで、目の淵にじんわりと涙を滲ませた。


「ありがとうございます」

「場の雰囲気を壊すようで悪いが、今後のために必要な質問が一つある」

「なんでしょうか?」

「弟とは本当に仲がよかったんだろうな? 仲良くしようと言い張って、知的好奇心の赴くまま実験台にしようとはしていないな?」


 本当に、感動の雰囲気が台無しである。


(でも、殿下ならやりかねない気がするのよね)


「そんなことしてませんよ」


 ダンは「もう」とふざけて怒ったふりをした。かわいらしく頬を膨らませている。違ったようでルミナスは胸を撫で下ろした。


「夜中にちょっと毛を抜いたことがあるだけです」


(してるじゃない!)


 ディランは呆れたとため息をついた。


「そういうところが、信用ならないと周囲に思わせるんだ」

「周囲に、ということは、ディラン様は信用してくださっているんですね」

「違う」


 爽やかな(悪魔のような)笑顔を向けられ、ディランは立ち上がった。

 重い空気が払拭されてよかったと思ったその時、誰かが扉をノックした。

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