11話 思わぬ救世主
「すみません、助けていただいて……」
ベッドから上体を起こし、黒髪の男性が頭を下げた。彼の顔も体も生傷だらけで、包帯があちこちに巻かれている。
彼は、昨夜シュヴァルツと共に見つけた人物である。発見後、使用人を呼んで医務室へと運ばせたのだ。
優しさを捨てきれていないのだな、と少しホッとしたのだが、違うらしい。彼を助ける理由を聞いたら「偵察の可能性があるため、捕獲するだけです」と返されてしまった。彼にとっては、人間も捕獲対象らしい。
シュヴァルツと話す様子を、壁際から見守る。
彼は他国から森林浴をしに来たらしい。しかし、途中で魔物に襲われ、彷徨ったあげく崖から落ちてしまったと言っていた。治療の際に他家の刻印がないか確認したらしいが、身分を証明するものは何も見つからなかったらしい。財布すらなかったようだ。
また、名前はジャスパーというらしい。
「本当にありがとうございます。今日中には出て行きますので」
「足の骨が折れているのですから、無理はなさらないでください。回復するまでいて下さって構いませんよ」
「あ、ありがとうございます。こんな身元もわからない、みすぼらしい俺のために……」
(まだ彼を警戒しているのね)
シュヴァルツの爽やかな作り笑いに、ジャスパーは涙をこぼしながら礼を言った。その時、誰かが扉をノックした。
「ルミナス。そろそろ実験を始めようと思っているんだが、来れそうか?」
入ってきたのはディランだった。シュヴァルツとジャスパーに挨拶もしないで、ルミナスへと資料を渡してくる。
シュヴァルツとは「気が緩むから」と口出ししないことを約束したため、何も言わないでおく。
「ええ。今から行くわ」
「ああ、頼む。魔道具造りはお前がいないと始まらないからな」
「魔道具ですか?」
「む?」
ジャスパーのどこか驚いたような声に、ディランが顔を上げた。ズカズカと歩み寄り、あっという間にジャスパーの前に立つ。
「おいディラン」
「何か知っているのか?」
シュヴァルツの声を遮り、ディランがジャスパーを見下ろして言った。
「あ、いえ。俺の知り合いが魔道具を造っていたので、そのことを思い出してしまっただけです」
「なに? それは誰だ?」
「えっと……もう、亡くなってしまって」
「……そうか。すまない」
ジャスパーは気まずそうに頬を掻いた。ディランもどこか気落ちした様子で、ルミナスの元へと帰ってきた。
「失礼した」
「私も失礼いたしますわ」
礼をし、ルミナスは扉を閉じた。
「まさか、あんな答えが返ってくるとは思わなかった」
「私も少し驚いたわ。嫌なことがあった後に、嫌なことを思い出させてしまったわね」
そう言うと、ディランはわかりやすく首を垂れた。
「あっ、いや、別に貴方のことを責めているわけじゃないのよ? ただ、ここ最近マイナスの話ばかり聞いていたから」
「マイナスの話?」
「あっ」
「なんのことだ?」
ズイッとディランの顔が近づく。その瞬間、ルミナスの頭にダンの声が流れた。数日前の夜に、耳元で聞こえたあの声が。
「顔が赤いぞ」
「なななな何でもないのよ! はやく実験室に行きましょう!」
「待ってくれ」
ルミナスは視線を逸らし、早歩きをし出した。その後ろをディランがついてくる。
(あぁもう! はやく忘れないと!)
頭を振ったその時、柱の影から誰かが姿を現した。
「わっ」
「きゃっ!」
ドンッと音を立ててぶつかり、よろけたルミナスを支えたのは――
「ルミナス様、大丈夫ですか?」
(ダン?! どうしてこうもタイミングがいいのよ?!)
「あれ、ルミナス様もしかして熱が――」
「しっ、失礼いたしますわ!」
「あっ」
ルミナスは腹筋を活かして上体を起こし、流れるようにお辞儀をして立ち去っていったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後、実験室でルミナスは頭を抱えていた。
ダンが気になるのは確かだが、やはり実験が進まないのだ。他のメンバーも一様に疲れた顔をしている。
「魔物に聞く質問なんですけど、『これ!』といったものが出てこないんですよね。はぁ」
「他国と違う点なんて、いくらでもあるものね」
セレナと二人してため息をつく。すると、誰かが扉を叩いた。
「誰だ」
「えぇと、先日助けていただいたジャスパーです」
「何の用だ」
「助けていただいたお礼に、何かお手伝いができればと思ったんです」
中へ入ってきたジャスパーは松葉杖をついていた。
(あまり酷い骨折ではなかったようね。よかったわ)
「設計図を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「構わない」
ディランから受け取った設計図を、ジャスパーは凝視し出した。
「魔道具の目的はなんでしょうか? 既に流通しているものとは、形も内容もまったく違うように思えるのですが」
「魔物との会話だ」
「魔物との?! あっ、すみません。驚いてしまって」
「当然の反応だろう。気にしない。魔物と人間は基本的に相入れない関係だからな。だからこそ、俺はこれを作りたいんだ。魔物と会話し、人間を襲う理由を聞き、仲良くなれるよう交渉する。それが、魔道具の目的だ」
「あぁ、鉱石のことですね」
「えっ?」
ルミナス、ディラン、ダン、セレナの四人全員が、一斉にジャスパーへと顔を上げた。当の本人は冷や汗を浮かべている。あがり症なのかもしれない。
「どういうことだ?」
「えっと、魔物が人を襲う理由です。その、俺の家は昔から魔物について調べていて、たまたま聞いたんですよ。まぁ、その家は潰れてなくなったんですけど。魔物は人間ではなく、鉱物を求めているんです。魔力の材料になりますから」
「まさか、家のガルムの魔力が弱いのは……」
「ガルムがいるのですね。鉱物を与えていないのなら、それが原因でしょう。たまに宝石が消えることはありませんか?」
「母上の装飾品がなくなることがあったが、あいつらが食べていたのか」
ディランがこめかみに手を当ててため息をつくと、ジャスパーは頷いた。
「恐らく。ちなみに、宝石が積まれている馬車と、積まれていない馬車の区別は外からではつきませんよね。それが、魔物が荷馬車を襲う原因です」
「そんなこと、魔物図鑑にも、教科書にも載っていなかったわ」
「俺の家は小さくて、まぁ、今の話も百パーセント合っているとは言いにくいんですけどね。証拠は家と共に消えてしまいましたし」
「はぁー」
四人で息を吐き、次いで見つめ合う。
とんでもない救世主が、偶然にも現れたようだ。




