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10話 毒を以て毒を制する

シュヴァルツとディランの過去が人によっては重く感じると思うため、重い内容が苦手な方は◆◆◆で挟まれた部分は飛ばしていただいて大丈夫です。

「ディランは私が六才だった時に産まれたたんです。私は時期当主として育てられていましたから、その地位を脅かす存在が産まれたと、最初は疎ましく思ったのです。そこで、赤子用のベッドに寝ている彼へ近づきました。すると……」

「す、すると?」


 シュヴァルツは膝に両腕を置き、苦笑した。その瞳には若干涙が浮かんでいる。


「彼、私の指をギュッと掴んで、笑いかけてきたんです」


 シュヴァルツは顔を片手で覆った。泣き声を抑える声が聞こえてきだした。割と大きい。

 次いで「っはぁ〜」と魂を出しそうな勢いで息を吐いた。


「正直に言って、天使だと思った」

「て、天使」

「……いや、俺を唆す小悪魔かもしれない」


(えぇ……?)


 なんなんだ。ヴァールハイト家はギャップの激しい人物の集まりなのか。

 それとも、ディランに関わるものにギャップがあるのか。


(それとも、ディランがへんじ、ブラコ……溺愛してくれるような人を、引きつけやすいか)


 ディランの尊さに無言で耐えているシュヴァルツに、とりあえず声をかけてみる。


「あの――」

「聞いてくださいよ」

「は、はい」


 指の隙間からシュヴァルツの瞳がギラつき、ルミナスは大人しく頷いたのだった。


「ディランはよく、私の後をついてきました。

 絵本を読んで、一緒に勉強したい、騎士ごっこをして、寝かしつけて、おやつをちょうだい……毎日飽きることなく、私の元を離れませんでした。

 彼の姿がかわいくて、どんなことも聞いてあげていました。生まれたその時から、なんの打算もなく笑顔を向けてくれた彼のためなら、お気に入りのおやつだって、迷うことなくあげられました。誤って本や服を破かれても、木剣を壊されても、赤ちゃんの時にミルクを吐きかけられようと、むしろ喜んでいました。泣き顔を見るのは辛かったですが、正直、泣き顔も天使だと思いました」


(急にディランのことを話し出したわね)


 ルミナスの引き顔に気づかず、シュヴァルツは過去の話を続けていく。



◆◆◆



 ドタドタと部屋の外から足音が聞こえてくる。姿が見えなくとも誰がくるのか察し、シュヴァルツは机の上に本を置いた。


「あにうえ!」

「ディランか。今は読み書きの時間じゃなかったか?」


 部屋に入って一番にシュヴァルツへと抱きつくディラン。彼を受け止めれば、太陽のような笑顔で自身を見上げた。


「あにうえに会いたくて、きちゃいました!」


(かわいい、かわいすぎるぞ我が弟よ!)


 顔がだらけないよう表情筋に力を込める。彼のかわいさは六才となってもなお、健在だった。

 自身を慕うかわい弟。彼がいれば、どれほど辛い当主教育も、鍛錬も耐えられた。ほとんど休みのない日々だったが、小さな隙間を縫って彼に癒されに行っていたくらい、彼のことが弟として愛しかった。

 読心術、思想学、帝王学、戦争学、歴史に地理。剣術と魔術。どの授業も、彼に憧れられる兄になれるよう、彼が困っている時にアドバイスできるよう、努力した。


――だが俺は、この国が、この家がどのような場所なのかを、理解できていなかった。


「シュヴァルツ」

「はい、父上」


 ある日、部屋に父がやってきた。座るように指示され、椅子に座った自身の前に、ある小瓶が置かれた。一つではない。何十もの数の小瓶が。色も状態も匂いも様々。中には魔力を感じるものもあった。

 嫌な予感がしたが、自身にそれを聞く権利などない。


「毒だ」


 父の声からは、なんの感情も感じられなかった。


「父う――」

「毎日のめ。そして、耐性をつけるのだ」


 冷や汗が垂れたその時、母が扉を開けて入ってきた。見るからに取り乱している姿に、ビクリと体を震わせる。


「アナタ! この子は十二になったばかりです! いくらなんでも早すぎやしませんか!」

「慣れさけなければ、殺されるかもしれない。表立って家同士の争いが行われなくなった今、毒殺が急増していることはお前も知っているだろう」

「ですが、その前に死んでは元も子もありませんわ!」


 母はシュヴァルツに抱きついた。彼女の涙が自身の頬を濡らしていく。

 だが、母を見下ろす父から発せられた言葉は、人間とは思えないほど冷ややかだった。


「死んでもディランがいるだろう」


 そう言い残して父が去り、母は気が狂うのではないかと思うほど、泣き叫んでいた。

 シュヴァルツは、自身が殺されれば、次はディランにこの国の、父の魔の手が迫ることを悟っていた。


(俺があいつを守らないと……俺が、私がなんとかしないと)


 その日からシュヴァルツは変わった。弟を遠ざけ、より当主として相応しい人間に、殺される隙のない人間になろうと、今まで以上に時間を費やした。言わなくてもいつかわかると、勝手に思っていた。


 約一年が経った時、シュヴァルツが十三、ディランが七つの時、ある事件が起こった。ディランが若い男女に手を出されかけたのだ。それも、このヴァールハイト家で。歳の割にしっかりしているシュヴァルツよりも、まだ右も左も分からない純真無垢なディランの心を歪めた方が、ヴァールハイト家に近づけるから、と。

 危機一髪、シュヴァルツが見つけたことにより難を逃れた。服に手がかけられたところで止めることができた。しかし、ディランは心にトラウマを負った。大人に知らないところへ連れて行かれ、押し倒され、手足を拘束されたのだ。トラウマにならない方がおかしいだろう。


 だが、父は「我が家に歯向かう不届き者へ戦いを仕掛けるいい機会になった」と言ったのだ。彼には「善と悪」など存在しなかった。ただ、自身の家を成長させる。そのことにしか頭がなかった。そこに、善意はもちろん、悪意もなかった。

 シュヴァルツには共感などできなかったが、早々に父の人柄を見抜きはした。


 結果、シュヴァルツは爺やと手を組み、ディランを母の故郷、エグマリヌ公国へと逃したのだ。

 ディランがいなくなり、父は代えがいなくなったと怒った。シュヴァルツはディランがいなくてもいいと彼に思ってもらえるよう、より努力をした。


 どんな汚れ仕事も請け負った。惨たらしいことも弱音一つ言わずに遂行した。


――すべては、この最低な父を引き摺り下ろすために。



◆◆◆



「――まぁ要するに、弟を守りたくて、わざと冷たくしたり、彼がある程度成長するまで他国に亡命させたりしていた、ということです。それでも彼のことが心配で、手紙を送って……すみません、泣かせるつもりはなかったのですが」


 二人の過去があまりにも暗く、凄惨で、彼のディランのことを話す際に見せる表情が、本当に愛おしそうで。ルミナスは感情がごちゃごちゃになりながら、涙を流していた。


「お二人のことを何も知らないくせに、変に勘ぐって、私は、私は」

「ルミナス様」


 初めて聞くシュヴァルツの優しい声に、ルミナスは顔を上げた。

 彼の表情は、幼い頃のディランについて話す時と同じだった。


「疑われるようなことをしたのは私の方です。お責めにならないでください」


 彼の言葉に、また涙が溢れ出す。


「こうして、ディランのことを思って泣いてくださる友達ができたことを、私は嬉しく思っています。ありがとう」


 ルミナスはハンカチで顔を覆いながら、首を振った。


「ディランだけでなく、シュヴァルツ様もですわ」

「え?」

「この涙は、お二人に対してです」

「……はは」


 シュヴァルツは乾いた笑みをこぼした。そして、悲しそうに顔を落とした。


「……そんなこと、仰らないでください……ただでさえ非情になりきれていない私が、揺らぎます」

「シュ――」


 ルミナスが彼へと手を伸ばしたその時、森の奥から、いや、何かが柵にぶつかる音がした。

 二人して立ち上がり、窓を開けて外に出る。


「なぜ貴女も出てきたのです?!」

「えっ、近いから開けたのではないのですか?!」

「そうですけど! 普通、貴族の御令嬢が窓から飛び降りますか?!」

「貴族の御子息だってそうではありませんか!」


 ツッコミ合いながら闇魔法を使い、着地をした。音に気付いたのはルミナスたち二人だけのようで、周りに使用人の気配はない。

 音のした方へ近づく。話している間に夜がふけたらしい。太陽の光が森の奥彼方から差し込んでいる。

 その眩しさに気を取られていると、シュヴァルツの背中にルミナスはぶつかってしまった。鼻先をさすり、彼の横へと出る。


(えっ?)


 柵の外には、ボロボロの服を着た男性が倒れていた。全身傷だらけ、血塗れだ。


「大丈夫ですか?!」

「う、うう」


 駆け寄ると、男性が呻き声を上げた。そして、盛大なお腹の音が辺りに響いたのだった。獣の鳴き声そっくりの音が。


「お腹が……空いて……力が……」

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