8話 威圧感たっぷり
(どっ、どうしましょう?! おおお、落ち着くのよ!)
頭がグルグルと渦を巻く。胸の鼓動が鳴り止まない。
(ま、まずは状況を整理しましょう?! ええと、私は今、今、ダンに、引きよよよよ)
だめだ。恥ずかしすぎて、混乱しすぎて、苦しすぎて、何も考えられなくなってきた。
ディランの顔は近いし、ダンの腕が温かいし、紅茶はこぼしかけるし、無理な体勢をしているせいで腰が痛いしで、もう訳がわからない。
(起こす?! 起こせばいいのかしら?!)
ルミナスは息を吸った。そして、ただ静かに吐き出した。
(この状況で二人を起こしたら、もっと気まずいじゃない!)
「うぅん」
(お願いだから声を出さないで!)
ルミナスはギュッと目を瞑った。
(そうだわ! 二人が気づかないほど一瞬で、もうシュッと風を切る音が聞こえるくらいの速さで、抜け出せばいいんだわ! よし! いくわよ! 三、二――)
「失礼いたしま、あっ」
「はっ」
扉が開き、毛布を抱えた爺やが現れた。彼とバッチリと目が合ってしまう。
みるみるうちに、自身の顔の熱が下がっていくのがわかる。
「た、助けて……」
小さな声で、爺やへと話しかけた。縋るような目を向けられ、ルミナスが寝ぼけたダンに引き込まれただけだと察したのか、爺やがこくりと頷く。
(恥ずかしくはあるけれど、入ってきたのがシュヴァルツ様じゃなくてよかったわ)
ルミナスは複雑ながらも、心の中で胸を撫で下ろした。
――その時だった。
「うおっ?!」
「んんっ」
バリバリバリッ! と落雷のような音が響き、部屋中に光が走ったのは。
驚いてルミナスは体を起こした。
「ルミナス? なぜここ」
「ルミナス様? どうし」
ダンとディランも目を覚ましたようだが、二人は言葉を途中で切った。立ち上がり、扉の先を見ている。
ビリビリとした視線を感じ、ルミナスの背中がぞわりと震えた。
「ルミナス様に、何をしていたんですか?」
(ひ、ひいっ!)
振り向くと、髪の隙間から顔半分だけを覗かせ、魔王顔負けの冷ややかで、威圧するような表情をするセレナがいた。
その目は、ディランが目を泳がせるほど、怖かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「昨夜はあまり眠れなかったようだな」
相変わらず居心地の悪い朝食をとっていると、シュヴァルツが口を開いた。初日にディランと火花を散らして以来、一度も会話をしていなかったのに。
「忙しくてな」
ディランはツンとした表情で答えた。
「どうせ出来やしないのだから、体を壊す前にやめたらどうだ?」
「なに?」
またもや食堂にピリついた空気が流れる。
(どうしてこの二人は、口を開くたびに喧嘩をしだすのよ……!)
お世話になっている身のため、指摘をすることはできないが、いい加減にしてほしい。
ディランが国へ帰ることを渋っていた理由が、よくわかった。このように喧嘩を振られれば疲れるだろう。
「俺はもう子供じゃない。体調管理くらいできる」
「ほお。幼い頃はしょっちゅう熱を出し、膝を擦りむいただけで泣きじゃくっていた軟弱者が、大層な口をきくようになったな。学園に通う貴族のボンボンと自身を比べ、思い上がってしまったのか?」
それを言ったら、シュヴァルツもディランも貴族のボンボンである。戦闘経験は段違いだろうが。
ディランはシュヴァルツを小馬鹿にするように鼻で笑った。
「昔を懐かしむとは、もう年か?」
「お前よりは生きているからな」
「たったの六歳差だろうが。この老け顔」
「お前とて今年で十九の青二才だろう」
「青二じゃない」
「いいや、青二だよ」
グッとディランは唇を噛み、シュヴァルツを睨んだ。
シュヴァルツはというと、相変わらずニヒルな笑みを浮かべている。
「お前はまだまだ子供だ」
「……」
「まぁまぁお二人とも、落ち着いてください。お客様方がお困りになられていますよ」
鶴の一声ならぬ、爺やの一声が舞い降りてきた。爺やが羽の生えた老紳士に見えてくる。
どこかおっとりとした爺やの声のおかげで、二人は毒を抜かれたようだ。ディランは肩を下ろし、食事へと戻った。
「爺やの言う通りですね。お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」
「お気になさらず」とは流石に言えず、ルミナスは貴族特有の作り笑いを浮かべ、軽く会釈した。
「シュヴァルツ様は、これでもディラン様を気遣っておられるのですよ」
「はっ。そんなはずがないだろう」
「ディラン様。そのように悪態をつくのはおやめ下さい」
爺やに叱責され、ディランはぶすりとした表情でメインを口に含んだ。大きめに切ってしまったらしく、無理やり入れたことも相まって、苦しそうに口をモグモグとさせている。
シュヴァルツは静かな表情でワイングラスを傾けた。朝から飲酒とは、仕事は大丈夫なのだろうか。
急ぎ早に食事を流し込み、ディランが席を立った。
「俺は実験室に戻る。皆は食事を楽しんでくれ」
「ディラン様」
諭すような声に、ディランは足を止めた。
「早く完成させたいんだ」
ちらりと爺やに顔を向け、ディランは出て行ってしまった。
「やはり子供だな」
「シュヴァルツ様も煽りすぎでは?」
「俺は思ったことを言っただけだ」
「本当ですか?」
「ああ。それより、お客様に紅茶を出して差し上げろ。そろそろなくなりそうだ」
「……かしこまりました」
自分では気づいていなかったが、どうやらカップの中身が空になっていたらしい。爺やの指示を受け、メイドが紅茶を注ぎにきた。
「ありがとう」
さっそく出された紅茶を口に含む。
「!」
覚えのある香りと味がして、ルミナスは顔を上げた。
(これ、昨夜ダンとディランが飲んでいたものと同じだわ!)
しかし、使われている茶葉は別のものだった。
(ということは、追加で何かを混ぜているということね。どこで嗅いだのかしら?)
ルミナスは恐れを隠し、シュヴァルツの顔を見た。
「お気に召していただけましたか?」
「ええ、とても。どこの茶葉をお使いになっているのかお聞きしても?」
「ベリル共和国の茶葉を使っています。花の香りを移しているため、よい香りがするでしょう?」
「まぁ! そうでしたの。私、気に入りましたわ」
言われてみれば、花の香りが漂っている。しかし、やはりそれだけではない。
(もう少しで思い出せそうなのに、あと一歩が踏み出せない……そうだわ)
「よろしければ、少しだけ茶葉を頂いてもよろしくて? 休憩の際にも飲みたいのです」
「構いませんよ。よろしければ、出来上がったものを届けさせましょうか? その方が実験に時間を割けるかと」
(ふぅん。「できやしない」と言っておきながら、時間を作れるよう提案するとはね。何を考えているのかしら?)
ルミナスはニコリと微笑んだ。
「では、お願いいたしますわ」
「またよい時間になりましたら、使用人にお伝えください」
彼がどのような人物なのか、何かを企んでいるのか、はっきりさせたい。
そう思いながら彼と交わした微笑みは、何処か策略めいていた。




