7話 真夜中の遭遇
実験が始まって一週間以上が経った。
初日から数日間は成功、いや、正解には近付いていった。だが、急に進まなくなった。あれやこれや試してみても失敗し、次が浮かばなくなってしまったのだ。
「はぁ。眠れないわ」
ベッドから体を起こし、月を眺める。新月はいつの間にか満ち始めていた。
ふと、シュヴァルツとディランのことが思い出される。
(当たり前の話だけれど、血が繋がっているからといって、必ずしも性格が合うとは限らないのね)
自身は一人っ子のため、彼らの感覚はわからないが。
しかし、仲のいい兄弟もいるわけで。どうして二人は仲がよくないのか、あれこれ予想してしまう。他国ほど家族間での地位争いが激しい様子はなかった。ディランも、地位が欲しい素振りは見せていない。むしろアメトリアに住みたいときた。シュヴァルツも、ディランを殺して確固たる地位を得たい……などとは思っていなさそうだ。
(ディランの人見知り克服が、鍵を握っているのかしら?)
だが、彼に断られた以上、聞くことはできまい。
(シュヴァルツ様は……怖くてむりだわ)
怖い思いをしてまで聞く話題ではない。ただ少し、友人のことだから気になるだけだ。
ルミナスは棚の上に置かれた失敗作を手に取った。
「ここの魔法式を簡略化できたらいいんだけど……あとは、出っ張りを中に入れ、あっ!」
ピンッと音を立て、部品が外へ飛んで行ってしまった。
立ち上がり、窓の外を眺める。
(た、たぶん庭に落ちたわよね?)
「少し夜風に当たって来ようかしら」
ルミナスはため息を吐き、立ち上がった。明日の朝に探してもいいが、動き回ることで眠くなるかもしれないと思ったのだ。
数時間たっても見つけられなかったら、帰ってきて実験の資料でも読むとしよう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
外は思っていたよりも寒く、ネグリジェにコートしか羽織って来なかった自身を、ルミナスは少しだけ恨んだ。
「んー。どこに飛んでいったのかしら?」
部品はいっこうに見つからなかった。外へ出れば、月の光でも反射して見つけやすくなると思ったのだが、読みが外れたらしい。
ガサガサと地面を触る。まさに手探りの状態である。
「ん?」
ふと、森の奥からガサゴソと何かが揺れる音がした。
パキリ。
何かが枝を踏む音が聞こえてきた。
(何が――)
「うわっ?!」
ドシーンッと、重い何かが落ちる音がした。ルミナスは柵を越え、慌てて森の中へと入っていった。
「(この辺よね?)あっ」
少し行った先で、黒い髪をした少年が座り込んでいた。彼の服は土に塗れてボロボロで、膝からは血が出ている。
「大丈夫?」
「っ!」
近寄り手を差し伸べると、少年は肩をビクつかせた。崖下に背中をくっつけ、怯えるような目でルミナスを見つめてくる。
「崖から落ちたのね? 怪我はない?」
少年は無言だ。
(こ、こういう時、なんと声をかければいいの?)
ルミナスも少年も、顔に緊張の色を見せたまま固まっている。
その時、自身のポケットにキャンディーが入っていることに気づいた。実験室に行った際に、またディランから(シュヴァルツのものを)貰ったのだ。
「その、キャンディーはいる?」
「……知らない人から物をもらっちゃだめって、お母さんが言ってた」
「そ、そう。正しい判断だわ」
いや、正しい判断ってなんだ。まるで自分が、毒入りキャンディーを渡そうとしたみたいじゃないか。
このまま「じゃあ!」と放っておくことはできないし、かといって黙られたままだと何もできない。
「(そうだわ)お父さんとお母さんがどこにいるか、わかるかしら?」
「ううん。いない」
「あら……」
この暗く、鬱蒼とした森の奥深くまで一人できたとは。
(はっ。捨て子かもしれないわ。いやでも、服は質が良さそうだし……汚れているけれど)
観察しすぎたらしい。少年はルミナスから守るように、ギュッと膝を抱え込んだ。
より強まった警戒体制に、ルミナスはなす術もない。
どうしよう、と本格的に冷や汗が出始める。その時、城の方からガルムの鳴き声が聞こえてきた。少年が肩を震わせる。
「静かにしていて。ね?」
これ以上は怖がらせたくない。その思いを込め、ルミナスは闇魔法を声のした方へと飛ばした。
ここまで長距離のアプローチは初めてだったが、無事に届いたようだ。ガルムの鳴き声が止まる。
「ふぅ」
神経を使ったため、疲れてしまった。ルミナスは小さく息をこぼす。
すると、自身の袖がクンと引かれた。
顔を向けると、少年がルミナスを見上げていた。赤い瞳がルビーのように光っている。
「お姉さんは、魔物とおはなしできるの?」
少年の声は、見た目通り幼かった。
ほんの少し心を開いてくれたようだ。それが嬉しくて、ルミナスは優しく微笑む。
「ええ、少しだけね」
「そっか……」
少年は下を向き、はにかむように唇を噛んだ。
その時、ガサガサと近くの木々が揺れた。
「グルルル」
出てきたのは、大きな狼のような魔物だった。
ルミナスは少年の前に出て、魔物を一睨みする。
(あれ?)
魔物はすぐに唸りを止めた。そして、ルミナスも手に込めた魔力を解く。
その魔物は、かつてルミナスが船上から逃した魔物に似ていた。カイルの船に積まれ、オークションに出品されかけた魔物だ。
「あなたは――」
「もう! どこに行ってたの?」
「えっ?」
少年がルミナスの脇を抜け、魔物に抱きついた。幸せそうに顔を埋めている。
なるほど。ディランのように家で魔物を飼っているのか。遊んでいたところ魔物が姿を消してしまい、ここまで探しにきたと。
(それも、親に内緒で来たのね)
「グルルル」
ルミナスがため息をついたと同時に、魔物が短く唸った。焦るように少年は顔を上げ、唇を尖らせた。
「勝手にいなくなるからでしょ」
魔物は無言で少年を見つめている。
「……ごめんなさい」
少年はしょんぼりとした様子で顔を下に向けた。すると、魔物は鼻から息を吐いたのち、地面に腹をつけた。
何かを察したように、少年は笑顔に戻った。そして魔物に跨る。
「じゃあね、お姉さん」
「待って!」
ルミナスは魔物と少年に駆け寄った。
「ぼくは帰るところがあるから、一緒にはいかないよ」
「わかっているわ。怪我を治すだけよ」
ルミナスは既に血の止まっている少年の膝に、手をかざした。セレナより遅いが、しっかりと傷が塞がっていく。
「冷えた夜風に当たると痛いだろうから」
じゃあね、とルミナスは魔物から離れ、手を振った。
少年はパチパチと瞬きをした。その間に魔物が動き出す。
「ありがとう、お姉さん」
ふわりと花が咲くような笑顔で、少年は笑った。
(また、あの子に再会するなんて)
生きていてよかった。
そう、姿の見えなくなった森の先を眺めて、呟いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あら?」
見張りがいないことを確認し、ルミナスは柵を登って再び城の中に戻っていた。
すると、一つだけ明かりのついている部屋があった。
人様の家を歩き回るのはよくないが、近い上に気になるので、ルミナスは向かってみることにした。
そして着いたのは、ディランの実験室だった。ノックをするも返事はない。だが、扉の先からは人の気配がする。
「まだ実験をしているの?」
扉を開けたルミナスは足を止めた。次いで、音を立てないよう進んでいく。
中では、ディランとダンの二人が机に伏していた。近づいて聞こえてきたのは、規則正しい寝息。
机の上には、大量の実験結果や魔道具の図案が散乱していた。
(私が寝ている間にも、頑張っていたのね)
二人に感謝しつつも、年相応の寝顔にほっこりとしたものを感じてしまう。ふと、あるものが目に入った。
「んふっ」
我慢しようとして変な笑いが漏れてしまった。ルミナスは口元に手を当て、目を閉じた。
(……よし、もう落ち着いたから大丈夫よ)
二人の顔には、インクを使って絵が描かれていた。組んでいる腕の隙間から見えた二人の指には、黒いインクがついている。
(男の子って、ほんとう……)
呆れた、と同時に微笑ましく思い、ルミナスは口角を緩ませた。
(このままだと風邪をひきかねないわ。せめて、何かを羽織らせた方がいいわね)
ルミナスは辺りを見渡した。しかし、かけられそうなものはない。
地図は面積は十分だが、防寒性がないだろう。
使用人を呼ぼうにも、使用人用の部屋がどこにあるのか、ルミナスは知らない。
(仕方がないわ。私が着ているコートをかけておきましょう)
コートを脱ぎ、二人の間へとかけようとする。その時、何かが鼻先をくすぐった。
別のことに集中していれば気づかないほど微かな、ハーブのような香り。どこか嗅ぎ覚えがある。
二人の側には紅茶のはいったティーカップが置かれていた。だが、茶葉の香りとは違う気がする。
「んん」
「!」
コートをかけ、紅茶へと手を伸ばそうとした時、誰かがルミナスの腕を掴んだ。
少し掠れた声が、鼓膜をくすぐる。
(えっ、えっ?)
目の前にはディランの顔。首元にかかるはダンの寝息。
(ダッ、ダンー?!)




