6話 爺やは大抵、過去をばらす存在
「きゃっ!」
ボフンッと音を立て、機械仕掛けの発生器から黒い煙が噴き出した。
「また失敗……」
これで何度目だろうか。
黒煙が出たり、魔法が漏れ出たり、勝手に魔法が作動したり。魔道具作りは難航を極めていた。
咳き込みながら離れると、ダンが椅子を出してくれた。彼は何枚もの実験記録用紙がを持っている。
「初の試みなのですから、焦らず着実に調節していきましょう」
「そうですわね」
ルミナスはようやく煙の止まった魔道具に目をやった。
「殿下がいてよかったですわ。だいたいの形は決まってきましたもの」
「そう言っていただけて嬉しいです。ルミナス様も魔法の出力調整が正確で、非常に助かります。安定した魔力供給は、安定した実験結果に繋がりますから」
「お褒めいただき、ありがとうございますわ」
丁寧なお辞儀をすると、実験室の扉が開かれた。
「ルミナス様〜! 私、もう頭が痛いです〜!」
ガバリと抱きついてきたセレナを受け止め、背中を撫でてやる。
「早朝からずっと、図書室にこもっていたものね。お疲れ様」
「ありがとうございます〜!」
くすん、と鼻をすすり、セレナは離れた。疲れているのか、いつもより目が開いていない気がする。
(充血もしているし……そろそろ休ませた方がいいわね)
ルミナスも疲れを感じていた。さっそくディランに休憩を提案してみよう。
(ただ、ディランは今、シュヴァルツ様に会いに行っているのよね。お土産を渡してくるって言っていたけど、スムーズに渡せたかしら?)
帰ってくるまで待とうかと、ルミナスは椅子に座った。
(それにしても、本当にすごい実験室だわ)
本棚も、机も、器具も年季が入っていることはもちろん、数が豊富だった。いったいどれほどの時間をかけたのだろう。欲しいものは大抵揃っていた。
そして、取ってくれと言う前に、ダンが手渡してくれる。ディランは魔力の察知能力がピカイチのため、大きな事故は未然に防げる。セレナは原因予測を行ってくれているため、魔道具造りに集中できる。
(なかなかいいチームじゃないかしら?)
「戻った」
「おかえりなさ――」
ルミナスは、実験室に入ってきたディランを見てギョッとした。
ディランはシュヴァルツの元へ行く際、小さな箱を一つだけ持って行ったはずだ。それが今は、大きめの箱を三つほど持っているのだ。
「それは何かしら? なんだか甘い匂いもするのだけれど」
「菓子だ」
「お腹が空いたの?」
「いや、違う。いらないからと、兄貴に押し付けられたんだ」
「どういうこと?」
「さぁな」
「さぁなって、貴方ねぇ……」
自分で買ったものを「いらない」と誰かに渡すことは、ほとんどない。イメージと違ったのならまだ分かるが、ディランが持っているものは、見るからに未開封。イメージ通りかどうか、確認することはできないはずだ。
となれば、誰かから貰ったのだろう。それをディランに渡す理由もわからないが。
「ディランは紙と万年筆を渡したのよね?」
「ああ」
「なら、出て行く時より、増えたわね」
「そうだな」
二個渡し、三個貰った。その差は一個である。
「あと茶葉も貰った」
ディランは缶をどこからか出した。転がるからと、箱と胸板の間に挟んで持ってきたらしい。使用人に持って貰えばいいのでは。
「四つに増えたわね」
「彼奴は何故か、いろんな人間からプレゼントを貰うんだ。兄貴は甘いものを食べないし、今回もそれで俺に渡したのだろう」
「気持ちが大事とは言うけれど、プレゼントを送る相手の好みくらいは把握してから送るわよね。(嫌いだろうと、利害関係を結ぶことのある)貴族なら」
「俺もそう思う。まぁ、いつか戦うことになるかもしれない分、真剣に仲よくする気はないのだろう」
「サラッと闇のあることを……」
ルミナスはため息をついた。
「爺や」
「はい」
突然、壁が回転し、執事服の男性が現れた。驚いてしまい、セレナに抱きついてしまう。
(私ったら、恥ずか――離してくれない?!)
すぐさま体を離そうとするも、屈強な腕力によって動けなくなってしまう。
(細腕のどこにそんな力があるのよ!)
「スパイみたいでかっこいいです!」
「ありがとうございます」
笑顔で執事(爺や?)に話しかけるセレナに、ルミナスは諦めることを決めたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ディランによって召喚された爺やは、到着初日にルミナスたちを出迎えた執事だった。
どうやら、古くからヴァールハイト家に使えているらしい。今は慣れた手つきで焼き菓子をよそっている。
「あら、なかなかいい茶葉ね」
「東方から取り入れたらしい」
「帝国にも茶葉が採れる畑があったのね」
セオドアの出身であるニフリート王国が、この大陸では最も茶葉の輸出が多い。穏やかな気候のおかげだろう。
(荒涼な気候の帝国で育つ茶葉……いったいどんな味かしら?)
缶の裏を確認するディランの言葉を待つ。
「海を越えた東らしいな。見たことのない国名が書いてある」
「あら、そうなのね」
「それに、帝国産の茶葉は聞いたことがないな。爺やは?」
「私もありませんね。過去に生産を試みたことはありましたが、どれも不作に終わりました」
「その代わり、狩猟は盛んに行われているぞ。昨夜の鹿肉も兄う、兄貴が捕まえたらしい」
そうだったのか。
程よくしまっているが、臭みがなく、柔らかい肉の味を思い出す。
「お上手なのね」
そう返すと、ディランは眉根をピクリと動かした。
「俺も獲れるぞ。クマだって、毎年獲っていた」
「クマは食べたことがないわ」
「なら、今から獲ってこよう」
「えっ? わざわざいいわよ。クマもかわいそうだし」
ガタリと立ち上がったディランの肩を、ダンとセレナが掴んだ。
「魔道具はどうするんです?」
「まずは焼き菓子を食べませんか?」
「……」
ジーっと見つめあった後、三人は椅子に座った。すると、爺やがクスリと笑った。
「ご友人ができたようで、爺やは嬉しく思います」
「やめろ。生温かい目を向けるな」
ディランは嫌そうな顔をして、紅茶を飲んだ。
「カイルとは仲がいいと聞いたわ。他にはいなかったの?」
「ルミナス」
「いや?」
それなら、深掘りしないが。
振り向くと、ディランの顔は赤かった。
「その、人見知りだったんだ」
「今もじゃないですか」
ダンの突っ込みが入り、ディランはグッと唇を噛んだ。
普段から人にズケズケとモノを言っているのに、実は人見知りだったとは。意外である。ルミナスにも自分から話しかけてきたくせに。
なんなら、勝手に同じ食堂の机にやってきていたくせに。
「だった、と言っただろう? 今は違う」
「変わるきっかけがあったの?」
「……」
ディランは黙り込んでしまった。焼き菓子をつまみ、モグモグと食べている。
「俺のことはいい。休んで、さっさと作業に戻るぞ」
途中まで話して終わるなんて、ずるい。
そう言おうとしたが、やはり無理とに話させる気にはならなくて、ルミナスも焼き菓子を手に取ったのだった。
少し小ぶりなチョコレートのマドレーヌは、しっとりとしていて、甘くて、じゅわりと溶けたのだった。




