5話 そんな話は聞いていない
帝王のような、威圧感たっぷりの笑い声が響く。だが、執事もメイドも顔色一つ変えない。
その様子が異様に思えて、ルミナスはなんとか吹きこぼさずに済んだスープを、喉奥へと押しやった。
「ハッ。何を言い出すのかと思えば、この国を変えるだと? たかが公爵家の、第二子のお前が?」
「そうだ」
公爵家の前に「たかが」とつく日が来ようとは、つゆにも思わなかった。やはり、帝国と他国の間では、地位に対する感覚が違うらしい。
(それにしても、この国を変えるなんてこと、ディランから一度も聞いていないのだけれど、いったい何のつもり?)
ルミナスはディランを見た。しかし、彼はシュヴァルツを睨んでおり、気付く様子はない。
「この国の魔物による被害は異常だ。そこで、俺たちの闇魔法の力を使って、魔物との和解を試みる」
「待て。まさか、魔物と闇属性の関係を話したのか?」
ビリビリとした圧を感じ、ルミナスは視線をスープへと向けた。体がガチガチに固まる。確実に今、ルミナスはビームを当てられている。
「そうだ。他国に漏らすなとは言われていないだろう? 今は彼女と、闇属性についての研究をしている」
(ダンが消えたことで、自ずとなくなっていたけれどね?!)
興味本位で始めた研究の話がなぜ、今になってぶり返すのだ。
「魔物が人を襲う理由を、まずは解明する。その後、闇魔法を使い、人と魔物がコミュニケーションを取れる魔道具を開発する。その実験場所として、この国は最適だ。だから、戻ってきた」
(そんなこと、まっったく聞いていないけれど?!)
ルミナスは目を見開いた。しかし、やはりディランは気付かない。代わりにダンと目があったが、「ご愁傷様です」とでも言うように、やや愉快そうな困り笑いを向けられただけだった。
この男、人が困っている様子を見て楽しんでいる。
「人を襲う理由が魔物にあると、本気で思っているのか?」
「ああ。魔物に襲われる確率が、他国と帝国とで違うことは明白だからな」
揺るがないディランの姿勢に、シュヴァルツはまたもや渇いた笑みを零した。
馬鹿馬鹿しい。そう言いたげな瞳を指の間から覗かせ、シュヴァルツが微笑む。
「やれるものなら、やってみればいい」
「言われなくとも勝手にやらせてもらう。ルミナスもダンもセレナも皆、優秀だからな」
またもやビームを感じ、ルミナスはもうスープの残っていないカップの中を、スプーンですくったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「どうしてなんの相談もなく、あんなことを言ったのよ?!」
「腕の筋肉が落ちたんじゃないか? 腹を叩かれている感じがしない」
「話を逸らさないで!」
ルミナスはディランのお腹をペシリと叩いた。どれだけ睨まれても、ディランは真顔のまま、廊下を歩いて行く。
「ただでさえ怯えていたのに、驚かれていましたよ。『美味しいはずのご飯が美味しくない……』といった感じでした」
「口に合わなかったか?」
「殿下が今言ったことは本当だけど、不味かったという意味ではないわ。気まずくて、味わう余裕がなかったってことよ」
「それは、すまなかった」
ご飯のことが絡んで、ようやくルミナスが困っていたことに気づいたらしい。ディランは少ししょんぼりとした表情で、ルミナスを見た。下に垂れ下がった、黒い耳が見えるような気がする。
「言ってしまったことは仕方がないし、協力はするわよ。具体的にはどうするつもりなの?」
「まず最初に、魔道具を発明する。闇魔法を使えない人間でも、魔物と会話できるようにしたい。それと同時進行で、魔物に聞き取りを行うつもりだ」
「お二人はガルムを操っていましたが、彼らとお話ができたからなんですね」
「ああ。黙っていて悪かったな」
「結果的に聞けたので大丈夫ですよ。僕に手伝えることがあったら言ってください。魔物の被害を抑えることは、アメトリアにとってもいい話なので」
流石は仮にも王太子。抜け目がない。
「助かる。もともと、帝国で有用性が確認されたら、他国にも魔道具を輸出する予定だった。アメトリアにも送るから安心してくれ」
「ありがとうございます」
「ちょっと待って」
ルミナスは、実験が成功した後について話し出したディランとダンを止めた。
二人は不思議な表情でルミナスを見る。
「ただ話せるだけじゃ、魔物は言う通りに動いてくれないわ。コミュニケーションをはかったり、交渉したりしないと」
「そのための判断材料を、明日から魔物と触れ合うことで見つけて行く」
「内容の目処は?」
「ない」
ディランはキッパリと言い張った。ルミナスはめまいがするような心地がし、額に手をやった。セレナが心配そうに自身の肩を持つ。
「十何年もガルムと共にいた貴方が、なんの予想もできなかったと言うの?」
「ああ」
(うう、またそんなしょんぼりとした顔を!)
「ガルムには聞かなかったんですか?」
ダンはルミナスをチラリと見た後、ディランへと向き直った。
「話せる、といっても、なんとなく何を伝えようとしているのか分かる程度なんだ。こちらの会話内容は、ある程度しっかりと理解されているようだが」
「となると、具体的な内容を聞くよりも、『はい』か『いいえ』かで答えられるような質問を考えた方が良さそうですね。それか、感情のプラス、マイナスでわかるようなものでしょうか」
「襲われるリスクを冒してまで、がむしゃらに魔物に話していくよりも、ある程度調べて、質問を用意してから行動した方がよさそうね」
ルミナスの提案に、ディランたちは頷いた。
「となれば、予定を変更した方がいいな。俺とルミナスは魔道具の開発を優先するから、ダンとセレナは魔物とこの国について調べ、内容を予測していてくれないか? 俺でいいのなら、質問にも答えよう」
「わかりました。そういえば、図書室はどこにあるんでしょうか?」
「明日にでも紹介しよう。セレナとルミナスもそれでいいな?」
「はい! 大丈夫です!」
「構わないわよ」
セレナと二人して頷く。その時、ルミナスはあることを思い出した。
そういえば、自身は一度も魔道具を作ったことはなかった。使用したことも、片手で数えられるほどしかない。内部構造など、知る由もなかった。
まず、魔道具のほとんどは魔導師が作ったものだ。とても素人が作れる代物だとは思えない。
「ねぇ、ディラン。貴方は魔道具を作ったことがあるの?」
「いや、ない」
ルミナスの額に冷や汗が滲み出る。
「じゃあ、このお家にどなたか作れる方がいるのね?」
「いや、多分いない」
冷や汗が、たらりとこめかみに垂れた。
「どうして魔道具を作ろうと、ううん、作れると思ったのよ?」
「いけるかなと」
「そんな軽い気持ちで?!」
ルミナスは再び額に手をやった。やはりこの男、どこか抜けている。
ヨロ、とルミナスが壁際に手をつくと、ダンがそっと手を上にあげた。
「僕でよければ、お手伝いしますよ」
ルミナスは、キョトンと瞬きをした。
「えぇと、それってどういう意味ですの?」
だめだ。長旅と度重なる心労により、疲れ切ってしまったようだ。頭が働かない。
「何度か魔道具を作ったことがあるのです」
「ダンさんって、色々してますね」
「陛下が経験を大事にする方でして、『王子のうちに出来ることはしておきなさい』と。学園で平民として過ごしていたのも、そのためです」
「油断した生徒たちと関わり、相応しくない者を、側近候補から外すためじゃなかったのか?」
ルミナスもディランと同じことを思っていた。違っていたのか。
「それもあります」
(やっぱりあるんだ……)
いったい何人もの生徒たちが、候補から外されたのだろうか。始業式での反応を思い出す限りでは、かなりの数になりそうだ。
「僕としては、ディラン様も候補に入れたいのですが、今後どのようなお考えをお持ちで?」
「まずは魔道具の普及のために働くだろうな。だが、希望を言うのなら、アメトリア王国で過ごしたいと思っている」
そうなのか、と顔を上げれば、ディランがこちらを見ていた。ダンではなく、ルミナスを。
卒業後もフラフラしていることから、なんとなくそんな気はしていたが、いざ聞くと過ごして驚いてしまう。
「どうしてそう思ったの?」
「前にも言ったじゃないか」
そうだったか。話したような気がしなくもないが、やはり疲れていて思い出せない。
「私はルミナス様のお側にいられるなら、国はどこでもいいです!」
「また貴女はそんなことを言って。好きな人ができた、とか、結婚したい、とかそういう願望はないの?」
「ないです」
セレナは真顔で即答した。初めて見た彼女の表情に、ルミナスの肩が思わず跳ねる。
「そ、そう。まぁ、無理して恋愛しろとは言わないわ。でも、未来のパートナーは必要でしょう?」
まさか、一緒一人身でいるつもりだろうか。老後が心配である。
「ルミナス様をお支えできれば、それでいいんです。もう恋愛はこりごりですから」
「うーん」
そう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。
ルミナスが使用人を使わせて、彼女の面倒を見てもらうこともできなくはないが、ルミナスの結婚相手次第だろう。約束することはできない。
「それより、ルミナス様こそ、ご結婚される予定はあるのですか?」
「ないわよ」
「本当にないんだな?」
何故かディランが聞いてくる。
「ええ、そうよ」
というか、まず、お見合い話がピタリと止んだのだ。今までは溢れるほどの手紙が送られて来ていたのに、セレナからの手紙以外、一通も届いていない。ダンを助けたあたりからだろうか。
父に「見合いを当日キャンセルしたからか」と尋ねたが、何故か気まずそうに微笑まれて終わった。図星なのだろうか。
「まぁ、今はとにかく、魔道具を作りましょう」
ルミナスが眉間に皺を寄せていると、ダンが明るい声で言った。その声に励まされ、気持ちを切り替える。
「そうね。じゃあ、明日から頑張りましょう」
四人でオーッと拳を上げた。
窓から見えた月のない空は、何かが始まると、そうルミナスに予感させた。




