4話 イメージは魔王
「つ、疲れたわ」
「うぅ。全身が痛いです」
壁に寄りかかり、ルミナスは燃え尽きていた。
理由は簡単。あのあと暴れるユニコーンにセレナと二人で抱きつきに行ったり、落ち着いたと思ったら、馬車が巨大な魔物に襲われていたり、コウモリの大群に行手を阻まれたり……と、魔物のオンパレードだったからである。何度命の危機を感じたことか。
完全にオブシディアン帝国を舐めていた。
上を見上げると馬車の天井はなく、オレンジからダークブルーのグラデーションの空が広がっていた。
キラリと光った流れ星に、帰りはもう少し平和に帰ることのできるよう、心の中で祈る。
「着いたぞ」
ディランがそう言うと、馬車がゆっくりと止まった。
外に出ると、馬車の外装はボロボロに剥がれ落ちていた。それでもトランクは無傷であった。不思議である。
「わぁ〜! なんだかヴァンパイア伯爵が住んでいそうで、ワクワクしてきちゃいました!」
「黒い柵がよりダークな雰囲気を演出していますね」
呑気な声が聞こえてき、振り返る。セレナとダンがヴァールハイト家の居城を見上げていた。
ややグレーがかった白い壁、無数に連なる窓、黒にも紺にも見て取れる屋根、城下に積まれた白、灰、香色のレンガたち。
落ち着いたやや古典的な城は、鬱蒼とした森も相まって、どこか不気味なオーラを放っていた。思わず気圧されてしまう。
すると、城から執事服に身を包んだ者が数人やって来た。
「お待ちしておりました。お荷物をお運びさせていただきます」
「よろしく頼む。父上と兄上は何と?」
よろしく、と言った割に、ディランは心底嫌そうな表情をしている。
「お父上様は数日前、他国に向かわれました。シュヴァルツ様は広間でお待ちです。お食事の際にお話しされるでしょう。
さ、皆さま長旅でお疲れでしょう? 食事が済みましたらお部屋へ案内いたしますので、こちらへ」
「ありがとうございます!」
「どのような食事が出るのか楽しみです」
「貴方たちは、本当に緊張しないわね。羨ましいわ」
ルミナスなんて、緊張で空腹と胃の膨満感で苦しんでいるのに。
「あまり気を使うな。精神が保たないぞ」
「どんな生活を送っているのよ」
「普通だぞ」
そう言ってディランが城の中に入った途端、遠くからガルムが数匹駆けてきた。
「おすわり」
「ワンッ!」
「お手」
ディランの手に、ふわふわとしたガルムの右手が乗る。
「おかわり」
続いて左手が乗る。
ディランはわしわしとガルムの頭を撫で、話を続けた。
「ほんの少し、魔物との距離が近いだけだ」
ディランが立ち上がり「ハウス」と言うと、ガルムたちは一斉に戻って行った。瞬く間のうちに姿が見えなくなる。
「ここにいる間に、魔物との距離が近くなりそうね」
ただでさえ、ルミナスは魔物への抵抗がなくなってきているのに。
「俺はむしろ、そうなってほしいと思っている」
「どうして?」
「また食事の際に言う。ルミナスたちを呼んだ理由もその時に」
ちゃんと理由を話す気があったらしい。ルミナスは頷いて、再び執事の後ろに着いて行くことにした。
城の中は、公爵家のルミナスから見ても広いように思えた。土地が広いので、自然とそうなるのだろう。
暫く似たような廊下を歩くと、一際目立つ扉の前で、執事が止まった。
「失礼いたします。ディラン様と客人の方々をお連れ致しました」
「入室を許可しよう」
扉の奥から聞こえてきたのは、ディランより遥かに低い、地に響くような男性の声だった。
執事が扉を開き、ディランを先頭に中へと入って行く。
長く奥までつづくテーブルの先に、声の主はいた。
ディランと同じ黒い髪に、黒い瞳。前髪を後ろに撫で付けているその男性は、ルミナスよりも年上に見えた。
眼光はディランより鋭く、三白眼ぎみな瞳は、より彼の冷酷さを助長していた。
全員が入り終えたことを確認し、男性は微笑んだ。薄く柔らかそうな唇が、すっと伸ばされる。
「ようこそいらっしゃいました。ダニエル殿下、ルミナス令嬢、セレナ様」
あまり抑揚のないテノール。彼の瞳はどこか、冷たい狂気を帯びていた。
「シュヴァルツ・ヴァールハイトです。弟のディランがいつもお世話になっております」
「兄貴」
(兄貴?!)
「いいから席に座らせてくれ」
先程は「兄上」と呼んでいたのに、どうしたというのだろう。まさか、恥ずかしいのだろうか。
ディランがため息を吐きながら言うと、シュヴァルツは頷いた。
「もちろん。だがディラン」
「なんだ」
「私のことは兄貴とは呼ぶな。貴族として相応しくない」
「そんなの知らん」
ディランはドカリと椅子に座った。ただでさえも息苦しく感じる空気が、より緊迫したものになる。到着早々、兄弟喧嘩を繰り広げるのはやめてほしい。
気まずさに胃が痛くなりかけていると、執事がルミナスの元へやってきた。
「こちらへおかけ下さい」
「あ、ありがとうございます」
ルミナスたちは促されるまま椅子に座った。
すぐに食事が運ばれてくるも、あまりに静かすぎて気まずい。食事の味が感じられない。
どうしてセレナまで無言なのかと目を向ければ、彼女はおいしそうに料理を頬張っていた。なるほど、食事に集中しているらしい。だが、ルミナスには初めて来た場所で、誰かの視線を気にせず楽しむ図太さはない。
(私に視線を向けているのが、シュヴァルツ様のような気がするのだけれど……確認するために顔を動かすのも、ねぇ?)
それでもし目が合えば、余計に緊張してしまうだろう。
「ディラン」
味のしないスープを啜っていると、シュヴァルツが口を開いた。静寂によく響く声は、威圧的だった。
スープを見つめていたディランは顔を上げた。
「皆さんをきちんと、お守りしたのだろうな?」
「……ああ」
「少し間があったが、何か思うことでも?」
シュヴァルツの目から、見えないビームが発射されている気がする。
ディランは彼に顔を背けたまま、ルミナスをチラと見た。ユニコーンのことを思い出しているのだろうか。
あの後、コウモリを追い払っている際に理由は聞いたので、少なくともルミナスは気にしていない。セレナはどうか知らないが、恐らく同じように思っているだろう。
ダンが知っててもなお近付いたのかは、少し気になるが。小さな声で「ユニコーンにも角の生え替わりがあればいいのに」とか呟いていたので、ユニコーンの存在を知らないはずがないのだ。
「実は、ここには相談があって来た」
眉間に皺を寄せ、ディランはルミナスからシュヴァルツへと視線を移した。
透明ビームがぶつかり合っている気がする。
「ほぉ。約一ヶ月もの間、何の連絡も取り合わなかった理由を、ようやく聞けるのだな」
嫌味をたっぷりと感じさせる口調で、シュヴァルツは片側の口角を上げた。帝王のような、圧倒的な覇者オーラを纏っている。
ディランは静かに頷いた。
「――俺は、ルミナスとこの国を変える」
「フゴッ」
ルミナスは、飲み込もそうとしていたスープを吹き掛けて、咽せた。
令嬢らしからぬ声を上げてしまったが、そのことに突っ込むものは、誰一人としていなかった。




