表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/99

3話 いざ死に最も近い大国へ

「わぁーー! ルミナス様、見てください! パンの中にレーズンが入っています!」


 ガトゴトと揺れる馬車の中に、セレナの大音量が響く。

 しばし耳を塞ぎ、ルミナスはセレナの手元を見た。


「しっかり甘くておいしいです!」

「粉砂糖がたっぷりとのっているものね」

「はい! ルミナス様も一口食べますか?」

「ありがとう。でも、今はお腹が空いていないから大丈夫よ」

「そうですか」


 しょんぼりとした後、セレナは残りのパンを食べた。彼女の鞄には他にもお菓子やら、辛そうなジュースやらが入っている。これらは全て、馬車に乗る前に町で買った物だ。

 ルミナスは外へと視線を移した。灰色の空に針葉樹が連なり、雪が枝に少し積もっている。地面は残雪に濡れ、小さな水溜りが陽光を反射した。


「ルミナス様」


 カラスがバサリと音を立てたと同時に、隣に座るダンがコートをルミナスにかけた。


「かなり奥地に進みましたね。寒くはありませんか?」

「ええ、なんとか大丈夫ですわ。殿下こそコートがなくては寒いでしょう? 私は結構ですので、お使い下さいな」

「僕のことはお気になさらず。ルミナス様の方が薄着ではありませんか」


 そう言って彼は毛皮のコートもかけてきた。


「(本当は少し寒かったのよね)では、お言葉に甘えさせて頂きますわ」

「はい」


 そっとコートの端を手で持てば、ダンは満足げに微笑んだ。


 ルミナスたちはオブシディアン帝国に向かっていた。

 ディランの鞄から落ちた手紙は、彼の実家ヴァールハイト家からのものだった。なんと彼は「戻ってこい」との手紙をフル無視し、自身で買った別荘に暮らしていたのだ。

 そのことをセオドアやカイルに咎められ、また、ダンに外交問題に繋がりかねないからと説得され、今に至る。

 自身の正面で、窓の外をぶすりとした表情で眺めているディランを見てみる。彼の片手には、開封済みのクッキー缶が握られていた。


「そういえば、家族にお土産は買って行かなくてよかったの?」


 ディランはルミナスへと視線を移し、すぐに外へ戻した。


「用意はしている」

「何を選んだの?」

「紙と万年筆だ」

「あら、アメトリアの特産品でも、甘いお菓子でもないのね」

「俺の家族は甘いものを好まないからな」

「そうなの? でも、お土産には買ってきてくれていたんでしょう?」

「たまにな。俺が子供だったからだろう」


 そう言って、ディランは眉間に皺を寄せて、瞳を閉じた。家に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。

 帰ることを了承したものの、その時の彼は渋々といった感じだった。だが、公爵家の息子である彼が無断で他国に永住することは、難しい。アメトリアに残るにしても、どのみち帰る必要があるだろうに。


(私たちを読んだ理由を聞こうと思っていたのに、寝ちゃったわね)


 寝息をたて始めたディランから、外へと視線を移す。


 数日前に突然、彼はルミナスたちに「相談があるから一緒に来て欲しい」と言ってきた。セオドアとノアは調査があるためアメトリアに残ったが、ルミナス、セレナ、ダンの三人は、彼の望み通りついて行くことにした。相談の内容も気になる。

 ちなみに、王太子である彼が国を抜けていいのか聞いたところ「冒険は大事だからと陛下に笑顔で送り出された」とのことだった。護衛もなしに他国に送り出すとは、やはり陛下は独特の考えをお持ちらしい。ディランの相談(帰国の付き添い)とダンの護衛、なかなか心労が耐えない旅になりそうだ。


(私たちが来ることを予め伝えておいたって言っていたけれど、封鎖的で排他的と噂されているヴァールハイト家が、そうやすやすと迎え入れてくれるとは思えないわ。本当に着いてきてよかったのかしら?)


 ふぅ、とルミナスは息を出した。その時、石を踏んだらしく馬車がガタリと揺れた。


「あっ」


 その瞬間、セレナの焦るような声が聞こえてきた。


「セレナさん、何を……」

「あ、あはは」


 慌てて顔を向けると、セレナがディランの顔に落書きをしていた。眉毛を濃くしていたのか、振動に合わせて眉毛がこめかみ辺りまで書かれてしまっている。

 肩を震わせる隣のダンを見てみると、片手に筆を握っていた。ポケットから絵の具の蓋が見えている。


「す、水性ですから。あ」


 のそり、とディランが体を起こした。そのまま窓の外へ顔を――


「ディラン様お覚悟!」

「ぶっ?!」


 セレナが濡れたハンカチをディランの顔へ放り投げた。


「失礼しますね」

 その上からダンが軽く擦る。

「何をするんだ!」


 ディランがダンの手を振り解く。目に入った光景に、ルミナスもセレナも吹き出した。


「何を笑っている?」


 窓ガラスには、ゴーストのように目元がどす黒くなったディランの姿が映っていたのだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ディランが起きてすぐ、ルミナスたちは川辺で休憩をとることにした。川で顔を洗っていたディランが、タオルを片手に戻ってくる。


「まったく。人が寝ている隙に」

「ごめんなさい」

「どんな絵を描かれるのか、気になってつい」


 セレナはしょんぼりとしているが、ダンはまったく反省していなさそうだ。岩に腰掛けながら、ルミナスは三人の様子をぼーっと眺める。

 寒くはあるが、都会的な町から離れ、小川のせせらぎに耳を澄ますのも悪くない。


(公爵家の馬車とはいえ、狭い場所でずっと揺れているのは堪えるし、こうして休めてよかったわ)


 三人の話し声と木々のざわめき。それらが合わさって子守唄のように、ルミナスを眠りへと誘い込む。

 その時、遠くから狼の遠吠えが聞こえた気がした。ルミナスはハッとして腰を上げ、ディランたちの近くへ寄った。


「ねぇ。今、何か聞こえなかった?」

「ああ。多分ガルムだろう」

「ワオーンって言っていました」


 やはり皆聞こえていたらしい。

 周りを見ていると、ディランが側に置いてあった上着を羽織り、馬車へと歩き出した。


「戻るぞ。魔物が近くにいるかもしれない」

「そういえば、帝国は魔物が出やすいんですよね」


 何故かワクワクとした様子でダンは森の奥を見ている。

 確かに、ディランが同じことを過去に言っていた気がする。商人たちもよく襲われているとか。

 ルミナスはダンの手を借りながら、足早に馬車へと戻る。ふとディランを見てみると、セレナを小脇に抱えて戻っていた。速度は上がるだろうが、令嬢にはとても真似できない。流石のルミナスでも、青年を持ち上げる腕力はないからだ。


「ルミナスたちは川辺側から馬車に乗れ。俺たちは念のため反対側に回ってから乗る。いいな?」

「わかりました!」

「ええ。気をつけてね」

「わぁ」

「ん?」


 ダンが場にそぐわない、呑気な声を出した。馬車の影から様子を見てみる。


「綺麗ですね。一人で来たんでしょうか?」


 森から顔を出していたのは、長いたてがみを首元に垂らした、純白の馬だった。

 それも、頭頂部に槍より尖った角がある馬だった。


(あら? この姿、何かの本で見た気が――)


「それはユニコーンだ!!」


 角へと伸びるダンの手が、馬車の中へ消えた。と、同時にルミナスも中へ引き込まれる。

 ふわりとしたものに包まれ顔を上げると、セレナが自身を心配そうに見下ろしていた。彼女が引っ張ってくれたらしい。ルミナスは慌てて彼女の膝から体を起こした。


「早く出せ!」

「はい!」


 ディランの指示を受け、馬車が動き出す。あまりに揺れるので(どこがとは言わないが)ある部分が痛む。

 しかし、そうも言っていられない事態のようで、ディランは鋭い視線を馬車の後方に送っていた。


「チッ。しつこいな。セレナ、ルミナス」


 ディランが名前を飲んだその時、馬車が急ブレーキをかけた。

 魔法のサポートによって倒れることはなかったが、今度は不穏な蹄が地を蹴る音が聞こえてくる。

 刹那、ディランが馬車の扉を開けた。


「ユニコーンに抱きついてきてくれ」

「へっ?!」

「はい?!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ