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2話 躾はお任せあれ

 防壁が消えた刹那、ルミナスは闇魔法の縄をドラゴンへとかけた。

 空中で引っ張り、ドラゴンに跨る。


「グオォォォオ!!!!」

「つっ! 大丈夫だから、大人しくしてちょうだい!」


 闇魔法を使って語りかけながら、手綱のように縄を引く。

 ドラゴンは叫び声をあげながら暴れ、上へ下へ、横へと旋回しだした。振り回されないよう、腕に力を込める。


「いい子、いい子ね」


 少しの間振り回されていると、語りかけが効いたのか、疲れたのか、ドラゴンは大人しくなった。殺気も消えている。

 首元を撫で、ルミナスは会場近くの広場へと降り立った。


「どうしてこんなことをしたの?」

「……」


 何に答えるでもなく、ドラゴンはただじっとルミナスを見つめた。


「きゃっ!」


 ドラゴンはすぐに空へと顎先を向け、飛び立ってしまった。突如起こった旋風に、ひっくり返りそうになってしまう。


(なんとか戻ってくれてよかったわ)


 肩の荷がおり、ルミナスは息をついた。すると、会場の方角から何人もの足音が聞こえてきた。


「ルミナス様!」

「うっ!」


 真っ先に抱きついてきたのはセレナだった。ブラウスが涙で濡れていく。

 何か怒っているが、内容がほぼ解読できない。


「(なんの相談もなくあんなことをされたら、驚くわよね)ごめんなさい」

「ほんとですよ!! でも助けてくださりありがとうございます!!」

「どういたしまして」

「でも許しません!!!!」

「わかったわ」


 セレナの背中を叩きながら、ルミナスは頷いた。

 すると、防壁を直し終えたダンが少し遅れてやってきた。


「殿下、お疲れ様で――」


 セレナの体が離れた瞬間、ダンがルミナスを抱きしめた。


「へっ? で、殿下?!」

「ほら、傷は全て治しましたよ」


 パッと両手を離され、ルミナスは自身の体に目を向けた。風邪で擦り切れた衣服も、腕にできた細かな切り傷も、掌の擦り傷も、全て元通りになっている。


「(そのために私を……)ありがとうございます」

「お気になさらず。一度会場へ戻りましょうか」

「えぇ、そうですわね。怪我人の治療や瓦礫の撤去作業もしなければなりませんし」


 ルミナスはダンから差し出された手を取った。その時、広場の土が抉れていることに気付いた。ドラゴンの爪が触れたのだろう。

 中で何かがキラリと光った。


「少し待って下さるかしら?」

「構いませんが、何か気になることでも?」


 手を離し近付いてみると、出てきたのは小さなペンダントロケットのようなものだった。チェーンは見当たらない。

 ミモザ柄の金属細工は錆びれ、嵌め込まれている黄色い石と共に土だらけになっている。


「これ、何でしょうか?」


 なんとなくダンの元に持って行くと、彼は目を微かに開いた。


「少し見覚えがあります。父上のお知り合いが似たようなものを持っていたので、恐らくそれでしょう。彼女もどこかで失くしたと言っていましたし」

「そうでしたのね。では、これは殿下にお渡しいたしますわ」

「ありがとうございます」


 ダンはペンダントロケットをハンカチで包み、ポケットへ入れた。

 再度彼の手を取り、歩き出す。すると、会場の方から生徒が数人、いや、何十人も駆けて来た。

 あっという間に二人して生徒に囲まれてしまった。


「僕たちを助けて下さり、ありがとうございました!」

「殿下の光魔法とルミナス様の闇魔法、お二人の連携がとっても素晴らしかったですわ!」

「お二人の自らを犠牲にしてでも私達を助けようとする姿、たいへん感銘を受けました!」

「ありがとう。でも僕は王族として、一人の人間として、当然のことをしたまでですよ」

「殿下……!」


 爽やかで慈悲深い微笑みを向けるダンを、キラキラとした目で見つめる生徒たち。

 どうしてだろう。彼の言っていることは本心なのだろうが、どこか胡散臭く感じてしまう。


(王族らしい彼に、ちょっと違和感を感じているのかもしれないわね)


 ルミナスたち以外の人物に囲まれる彼の姿を見るのは、初めてなのだから。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「ドラゴンに襲われたと。それで乗馬に遅れたわけか」

「そうなのよ。待たせてしまったわね、ごめんなさい」


 ルミナスは修復作業を手伝った後、乗馬施設近くのカフェへと足を運んでいた。

 目の前に座るディランは、静かに揺れる紅茶の水面を眺めている。


「無事だったならそれでいい。だが、乗馬はやめておいた方がいいんじゃないか?」

「あら、どうして? 体は回復してもらったから大丈夫よ」

「こうも観客が多くては、集中できない」


 ディランは嫌そうな顔で窓の外を指さした。ルミナスも「あぁ」と察したように呟く。

 窓の外にはセレナが貼り付いていた。数分前に前を通りかかり、アピールもせずにこうして見てくるのだ。

 彼女のやや後ろには何故かノアとセオドアもいた。セレナと同じ学生のノアはまだしも、セオドアは何故ここにいるのだ。探索の仕事があるのではないのか。

 ルミナスは一口紅茶を飲み、息をついた。


「呼びに行くとしましょうか」

「だな」


 ルミナスは立ち上がり、店の扉を開けた。


「外から見るくらいなら、中に入って下さる? 監視されているみたいで落ち着かないわ」

「でも私、お馬さんには乗れないんです」

「そうなの? いつも元気に駆け回っているから、てっきり馬も乗れると思っていたわ」

「まさか! 平民が馬に乗る機会はありませんから。だからお二人の姿を観察して、機会が来た時のためにイメージトレーニングをしておこうと思ったんです」

「なら早く言いなさいな。馬の一頭くらいあげるわよ」


 彼女はどんな子がお好みだろうか。肉質や身長、肉体バランス、毛色など選ぶ基準は様々だ。

 いつか一緒に走るのも悪くないかも、とルミナスが思っているのに対し、セレナは首をぶんぶんと振った。


「ルミナス様にはいつも貰ってばかりですから、これ以上は大丈夫です」

「馬は管理も必要ですからね」


 どこから出て来たのか、ダンが話に入って来た。


「そういえば、課題試験の時に馬に乗っていたわよね? 私の記憶にはないのだけれど、学園は馬もおいているのかしら?」

「ああ、実はあの子、僕の愛馬なんです」

「えっ?!」


 ルミナスとセレナは二人して驚いた。


「白馬の王子様そのまんまじゃないですか!」

「ぜひ今度絵に描かせて下さい殿下」


 セレナの発言に、セオドアが物凄い速さで食いつく。

 先程までノアとこちらの様子をのほほんと眺めていたのに、目がらんらんと輝いている。


「僕でよければ構いませんよ。お二人は馬に乗られないのですか?」

「私はたまに、一人になりたい時に乗ります。とはいえ、こちらには連れて来ていませんが」

「俺は基本馬車生活で、世話や操縦は専用の者がするんです。乗馬は習った時以来していませんね」


 それぞれのお馬事情を聞き、ルミナスはなるほどと頷いた。


「馬を飼っていたとしても、目的や頻度は人によって違うのね」


 この様子だと、頻繁に乗っているのはダンとディランの二人となる気がする。

 ルミナスも今は馬に乗るが、令嬢という立場上、筋肉に目覚めるまではほとんど乗ったことがなかった。


「そういえばセオドア様。馬を国に置いて来たみたいだけど、自分はどうするつもりなの?」

「どうするとは?」

「ほら、学園生活が終わったんだから、お家に帰って成果を出す必要があるでしょう?」

「それがですね、神殿探索をすることになったので、まだ帰ってこなくてもいいことになったんですよ」


 照れ臭そうにセオドアは頬を掻いた。


「なんだか少し嬉しそうね?」


 そう指摘すると、セオドアは気まずそうに目線を逸らした。


「この国での生活が、思っていた以上に充実していて、楽しかったんです。だから別れを名残惜しく感じていたので、ちょっと伸びて嬉しいのかもしれません」

「そう思ってもらえたなら、アメトリアの国民として嬉しいわ」

「あ、でも、何ヶ月かに一回は帰るつもりですよ。先日も顔を見せに行きました」


 セオドアは鞄を開け、中から人数分の袋を取り出した。


「それで思い出しました。今日はお土産を渡しに来たんです」

「これは……ペーパーナイフ?」

「はい。私の国は書物の発行数が多いため、関連する品物も多く生産されるんです。これもそのうちの一つで、皆さんが使う武器に合わせたデザインになっています。面白いでしょう?」

「確かに面白いわね」


 セレナたちとお互いのペーパーナイフを見比べ合う。本物の刃物に見立てるとは、なかなかユーモアがあると思う。

 ディランの物も見ようかと彼のいた方を振り向くと、眉間に深い深い皺が刻まれていた。どこかバツの悪そうな顔をしている。


「わざとじゃないな?」

「何がですか?」

「いや、なんでもない」


 ディランはお土産を片付けるべく、鞄の鍵を開けた。と、同時に何かが床に落ちた。


「あっ」


 全員の声が重なる。

 鞄から出て来たのは、未開封の手紙の束だった。

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