1話 前線に出るタイプの令嬢
「まさか、一ヶ月もしないうちに、学園へ戻ってくるなんてね」
ルミナスは紫紺のドレスに着いた花びらを取り、そっと空に舞い上げる。窓から一枚だけ入ってきたらしい。
「ルミナス様!」
イグドラム王立学園の始業式に、ルミナスは卒業生枠として招待されていた。
自身の存在に気付いたらしく、席についていた女生徒たちが数人、声をかけてきた。開始まであと数分であるにも関わらず、律儀なことである。
「久しぶりね」
そう微笑めば、女生徒たちは嬉しげな声を上げた。
「お会いできて光栄ですわ!」
「本日は、あのお洋服ではないのですね」
「でも、お召しになっているブラウスもスカートも、とってもお似合いですわ!」
心なしかガッカリされた気がする。ルミナスは苦笑いを浮かべた。
「あのあと男性服が流行って、皆さんジャケットを着用し始めましたのよ。流石にパンツは履く気になれませんでしたけど……」
「あれはルミナス様だからこそ履きこなせたのだと、購入したあとに実感しましたわ」
「私だと、スラッとした見た目にはなりませんでしたもの」
うんうん、と女生徒たちは渋い顔で頷いた。その時、開会を告げる鐘の音が鳴った。
「式が始まるわよ。席に戻りなさいな」
「またお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ルミナス様の着こなしについて、本人を交えてお話ししたいのです!」
「わかったから、早く席に戻りなさい」
なだめながら頷けば、彼女たちは嬉しげに席へと戻っていった。
(後輩って、いつまで経ってもかわいいものね)
ルミナスはクスリと呆れ笑を浮かべた。
そういえば、咄嗟の思いつきの行動が流行りを生み出していたとは、思いもしなかった。また、気づきもしなかった。
よく辺りを見渡してみると、ドレス用に改良されたジャケットを羽織っていたり、ネクタイをつけていたり、スーツにも使えそうなブラウスを着用している女生徒が、チラホラと見受けられた。それが自身の行動に感化されてのことだと思うと、どこかむず痒くなってしまう。
「うふふ、あ」
視線を感じて顔を前に戻すと、セレナとバチリと目があった。ニンマリと生温かい笑みを浮かべている。
「私を見ていないで、先生のお話に耳を傾けなさい」と目線で訴えるも、呑気に手を振られてしまった。
(式中に手を振らないで!)
一応気を使っているのか、動きは小さくなっている。それでも見ていてハラハラしてしまう。
どうしようと思案していると、突然会場がざわついた。ルミナスより先に顔を上げたセレナの顔は「衝撃」といった感じだ。あまりの騒々しさに嫌な予感がしつつ、ルミナスも顔を上げる。
(えっ?! 白兎の仮面?!)
壇上には、理由を告げずに自身を学園へ呼んだ張本人、紫紺のタキシードに身を包むダンが立っていた。
ダンを凝視するも、気づいていないのか、わざとなのか、彼は混乱する生徒たちに微笑んだ。その微笑みは、王子に相応しい優美なものに見えて、悪魔のような愉快そうな笑みにも見えた。
ダンは丁寧にお辞儀をすると、白兎の仮面を取った。
場内がより大きなどよめきに包まれる。
「お、おい! あれって、今年三年生になる特別生だよな?」
「多分? ってか俺、あいつ、いや、あの人のことを馬鹿にしたことがあるんだけど……なんで、あんな上ものを着ているんだ?」
「白兎の仮面って、王太子が今までずっと着けていたよな?」
「しかも、あのカフスボタン……アメトリン、だよな?」
今までダンに酷い仕打ちをしてきたであろう生徒たちが、次々に不安を口にした。
その口ぶりは、予想される事実を必死に否定しようとしていた。
誰かに自身の行ったことを話さなければ気が済まないほど、彼らは焦っているのだろう。
「アメトリア王国が王太子、ダニエル・アメトリ・イストワールです。本日は、皆様に謝罪させていただきたく、この場をお借りしました」
「謝罪?」
ルミナスの側で呆然と壇上を眺めていた生徒が呟いた。
無理もない。彼の正体を知っていたルミナスでさえも、彼の行動に衝撃を隠せないでいるのだから。
「今まで僕は陛下のご希望により、特別生ダン・ヒストリアとして過ごして来ました。ですが二年経ち、もう身分を隠す必要はないと判断したため、このことをお知らせいたします。騙すような形となってしまい、申し訳ございませんが、同じ学友として、これから共に学んでいきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします」
ダンは深々と礼をした。会場は既に静まり返っている。
(そういえば、どうしてダンは身分を隠していたのかしら?)
王太子として姿を表す際は、必ず認識阻害魔法のかかった仮面を着けていた。そこまで徹底する理由は何だろうか。
(単なる気まぐれとは思えないし……彼の発言から察するに、陛下のことが関係しているのよね?)
ルミナスは口元に手をやり思案した。そしてなんとなく、ダンへと視線を戻す。
立ち去るかのように見えたダンは、何かを思い出したように口を開いた。
「――皆様の身分に関するお考えの数々は、非常にいい参考になりました」
ほぼ全ての生徒たち、さらには教師陣までもが、面食らった様子で息を呑んだ。
口を開けたまま固まっている。
(はっ!)
ルミナスは我に帰り、自身の口を閉じた。
(まさか彼、自身を支えるに相応しい、国を支えるに相応しい側近候補を選ぶために、わざと平民として振る舞っていたというの?)
平民になら本性を出してもいい。そう思う生徒は多い。
ダンへと視線を移すと、優美な笑みを浮かべて壇上から降りている最中だった。
(やられたわ。そんなの予想でき……今のは何?)
ふと、遠くからバサリと音が聞こえてたような気がした。
周りの生徒たちは相変わらず放心状態だが、確かに聞こえた気がする。
ルミナスは耳元へと魔力を集めた。
バサリとより強い音が、ルミナスの鼓膜に届いた。
――なにかが、来る
次の瞬間、ガラスが割れ散る音が辺りに響いた。
あれほど静まり返っていた会場に、再び喧騒が湧き戻る。
「ツッ!」
突風が舞い込み、粉塵が辺りを取り巻いた。
しかし、目を閉じたその時には何も聞こえなくなっていた。
違和感を感じ目を開ける。硝子の粉も、木の粉も入らなかった。
「ダン!」
なんと、ダンが聖剣を天井へと向けていた。光の魔法防壁が会場を丸々と包み込んでいる。
しかし、防壁内には既に崩れ落ちた瓦礫の数々が散乱してしまっている。細かく割れたのは幸いだったが、怪我をしている生徒が何人も転がっていた。
(もし彼が咄嗟に防壁を張ってくれなかったら……!)
背筋に悪寒が走る。その時、瓦礫の中からセレナが姿を表した。
「私も手伝います!」
「では、セレナさんは怪我人の救助をお願いします。また衝撃が来る際は防壁のサポートを」
「わかりました!」
「私も手伝うわ」
闇魔法を使い、瓦礫を撤去していく。
(でも、それだけじゃ駄目。だって、この崩壊を引き起こしたのは、自然じゃなくて――)
フッと会場に影が差した。
会場に再び悲鳴が上がる。
「そんな……!」
赤黒く光る漆黒の翼、巨大な鋭い爪、紅玉より爛々とした爬虫類のような瞳。
(ドラゴン?!?!)
スゥと息を吸うと、ドラゴンは雄叫びを上げた。空気の波動が防壁を逆撫でし、鼓膜がビリビリと揺れる。
闇魔法で大人しくするよう、逃げるよう語りかけるも、距離が離れすぎて届かない。
何より、彼は非常に殺気立っていた。
(でも、このままだとダンが!)
ダンへと目を向けると、苦し気に顔を歪めていた。額には汗が滲んでいる。
教師陣には、ドラゴンの力を防げるほどの、耐えうるほどの防壁を張ることのできる者はいない。彼の魔力が尽きれば全員殺されてしまうだろう。その前に、何としてでもドラゴンを帰す、もしくは倒すしかない。
(せっかく平和が戻ってきたと思ったら、何なのよ!)
ルミナスは打開策を講じるために、辺りを見渡した。始業式とはいえ、立派な式の一つ。武器は置かれていない。
(そうだわ!)
「失礼するわね」
ルミナスは近くにいた女生徒から、ネクタイを貰った。そして自身の髪を一つに束ねる。
そしてある場所へと駆け出した。
「セレナ!」
「は、はい!」
「貴女、木属性も使えるわよね?」
「そうですけ、ルミナス様?! どうして二階に上られているんですか?! しかもその格好!」
ルミナスはスカートを脱いでいた。その代わりに現れたのは、卒業式の日に着たようなスラックス。
「この後、乗馬に行く予定だったのよ」
お披露目する気はなかったのに、と頭をかいた後、ルミナスは二階のボックスに建てられている柵の上へ足を乗せた。
「危険です! 何をなさるおつもりですか!」
一時を争うため、セレナの声を無視してダンへと声を張り上げた。
「殿下、一瞬だけ防壁を解くことは可能でしょうか?」
「タイミングを教えてくだされば」
「セレナさん、突風を空に届くくらい伸ばすことはできるかしら?」
「出来ますけど、流石にドラゴンは吹き飛ばせません! 少し動く程度かと!」
「そう」
ルミナスはグッと足に力を込め、魔力を手から捻り出した。
「――上出来よ」
「ルミナスさ、ツッ?!」
ルミナスはボックスの外、空中へと飛び出した。
長く伸びた闇魔法は、ロープのようにシャンデリアに引っ掛かり、ルミナスを反対側へと振り下ろす。
「風を!」
「はい!」
ブワリと風邪魔法がルミナスの背中を押した。
「ドラゴンが戻って来ました! 避けて下さい!」
セレナの悲痛な声にルミナスは微笑みで応えた。闇魔法を混ぜ、より風の威力を上げる。
「捕まえた」




