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最後 糸の解けた黄薔薇様

 十六歳の春、セレナはある学園に入学した。


 各国の貴族の子供たちが集まる、名門イグドラム王立学園。特別生として選ばれたことは名誉なことであり、喜ぶべきものだ。実際、セレナも入学のお知らせが来た際は、心身ともに舞い上がったものだ。

 しかし、学園が始まって早々、セレナは物足りなさを感じていた。何かが足りないような気がする。そして寂しい。いるはずの存在が、隣にいない心地がする。


 そして今は、一人で同級生たちに預けられた教科書を運んでいた。


「何もなかったわけじゃないんだけどな……」


 入学式の日、セレナは曲がり角で男子生徒とぶつかった。

 本来ならば申し訳なさを感じるところなのだが、不思議なことに、セレナはほんの少し落胆したのだった。


「どうし――キャッ!」


 突然、誰かがセレナの足を引っ掛けた。転ぶのはこれで何度目だろうか。

 予想していたよりも派手に転んでしまい、膝からじわりと血が滲む。


「セレナさん?」

「へ?」


 名前を呼ばれ、顔を上げた。


(えっ?)


 そこには、心配そうに、どこか不思議そうに眉を下げてセレナを見下ろす女生徒の姿があった。

 彼女の瞳は温かくて、黄色い満月のようにキラキラと輝いて見えた。

 ふと、セレナはあることに気がつく。


「ルミナス様......どうして私の名前を知っていらっしゃるんですか?」


 そう尋ねると、女生徒は見るからに動揺しだした。表情を固まらせ、視線が横に泳いでいる。


(あれ?)


 セレナは自身の発言に違和感を感じた。そしてまた、あることに気付く。


(私だって、この人を知らないはずなのに、どうして今、名前を――)


「セレナさん!」

「わっ?!」


 突然降った大声に、セレナは目を覚ました。


「あ、ルミナス様」

「もう。こんなところで寝ていたらダメじゃない」


 眠い目を擦るセレナの前で、ルミナスは頬を膨らませた。

 どうやら、本を読んでいる最中に寝落ちしてしまったようだった。セレナは椅子に座っており、机の上には本が中途半端なページで開かれていた。うっすらと腕に、本の跡が残っている。


(長い夢を見ていた気がするなぁ)


 ごめんなさい、と言って起き上がると、ブランケットのようなものがパサリと落ちた。

 薔薇の刺繍が施されており、手で触るとサラサラとしている。


(こんな物、持っていたっけ?)


 不思議に思い拾ってみる。羊毛が丁寧に編まれた、温かいブランケットからは、清潔感があって、それでいて華やかで、甘い花の香りがした。


「……ルミナス様と同じ匂いがする」

「なっ?! ちゃっ、ちゃんと洗ってるわよ!」

「あっ」


 返してちょうだい! とルミナスはセレナからブランケットを奪った。

 暖炉の火が燃える、薄暗い部屋の中でもわかる。ルミナスの顔は真っ赤だった。涙目になりながら、何かをぶつぶつと呟いている。


「お風呂にだって入っているし、使う化粧品もそれなりにこだわっているのに、そんなに酷いのかしら?」


 と、本人は小さい声で言っているつもりなのか、内容がバッチリ聞こえてくる。恐らくだが、「ルミナスと同じ匂い」を「人間臭い」と捉え間違えているようだ。

 ルミナスは眉間に皺を寄せ、少ししてブランケットに鼻を寄せた。


「?」


 彼女の皺がより深まる。犬のように何度も嗅ぎ直し、ついに頭を捻った。


「心配なさらなくても、いい香りってことですよ」

「ああ、そうなのね。私ったらてっきりくさ――いい香り?!」


 またルミナスは顔を赤らめた。表情から取れば怒っているように見えなくもないが、ある程度時を共にしてきたセレナには、照れ顔と怒り顔の区別はつく。

 口をパクパクとさせてブランケットを持つルミナスの姿がかわいくて、とても公爵家の御令嬢には見えなくて、セレナはクスリと笑みをこぼした。


「貴女今、私のことを笑ったわね?」

「幸せ笑いですよ」

「幸せ笑い? 初めて聞いたわ」

「何に幸せを感じたのかは、聞かないんですね」

「今の何が幸せだっていうのよ?」

「うふふ」


 セレナは微笑み、ルミナスに抱きついた。ルミナスは「苦しい!」と叫ぶも、無理やり引き離さないでいてくれる。


「やっぱり、ルミナス様は優しい人でした」

「な、何よ急に」


 何時もより落ち着いたセレナの声に、何か思うことがあったのだろうか。ルミナスは戸惑いつつも、体に込めた力を抜いた。


(ルミナス様と初めて会った時、ううん、最後のループで出会った時、すごく懐かしい感じがした。そして、やっと何かを見つけられる気がしたの)


 彼女のことが気になって仕方がなかった。理由はないのに「優しいんじゃないか」と「噂とは違う人なんじゃないか」と思ったからだ。

 ルミナスと何度も出会ったことは本当だった。きっと、過去の自身が心の奥底で、守ってくれていたのだろう。記憶が完全に消えてしまわないように。


「心の声に耳を傾けるって、大事ですね!」

「ウッ?!」


 精一杯の力を込めてルミナスを再度抱きしめ、セレナは体を離した。


「し、信じられない! 貴女、全力で抱きしめたわね?!」

「流石ルミナス様! わかってくださるんですね!」

「ポジティブに返せばいいってものじゃないのよ!」


 ルミナスがビシリと指を差してくる。セレナは、この流れるようなツッコミを楽しんでいる節がある。今になってやっと自覚しだした。

 どう返事しようかな、と思うと、誰かが扉をノックした。

 出てきたのはダンで、ルミナスを見て「あ」と声を出した。次いでセレナに視線を移す。


「もうお目覚めになられたんですね。おはようございます」

「おはようございます」


 同じように返すと、ダンはルミナスに近付いた。


「よかったですね」

「何がよ?」

「何がですか?」


 ダンはニコリと微笑んだ。


「セレナさんがなかなか起きてこないから、心配されていたんで――」

「殿下!!!!」


 ルミナスは眉をキッとさせて、ダンの口元を覆い隠した。


「モゴモゴ」

「はっ!」


 自身が誰に何をしているのか気付いたようで、すぐさまルミナスは手を離す。


「も、申し訳ございません!」

「いいんですよ、ルミナス様。もっと気楽に接してください」

「ですが」

「今まで仲良くしていた貴女に、冷たくされるのは堪えますから。僕としては、もっと仲良くなりたいくらいのに」


 ルミナスの顔にかかっていた髪を、ダンはそっと耳にかけた。

 罪悪感を刺激するような、なんらかの想いが透けて見える物言いに、セレナはイラッとしたものを感じた。

 自分がここにいない者のように扱われているのも、納得がいかない。


「そりゃ、まぁ、友達と距離を置かれるのは、寂しいとは思いますけれど……」

「友達、ですか」


 ダンは静かに眉尻を下げた。作戦失敗、と顔に書いている。

 変なタイミングで発動するルミナスの鈍感ぶりに、セレナは内心ガッツポーズを決めた。

 その時、バンッと何者かが扉を開け放った。


「明日町に行かないか?」


 三人して振り向くと、何かの紙を握りしめるディランの姿があった。

 神殿事件が終わって以来、彼は「何故か」自国に戻らず、アメトリア王国で暮らしている。

 そして、暇なのかほぼ毎日セレナたちを遊びに誘ってくる。


 ディランは紙を開いて見せてきた。


「イチゴフェアがまた開催されるんだ」

「なんですって?」


 ルミナスの目の色が変わる。


「チョコレートとコラボしたものもあるらしい」

「イチゴとチョコレートなんて、絶対おいしいじゃないの!」

「お土産として、ドライイチゴのホワイトチョココーディングなんてどうだ?」

「いい。いいわね」

「じゃあさっそく作戦会議だ。欲しいものは全て食べなくては。だろう?」

「わかっているわ。経路マップは任せてちょうだい」


 セレナはダンと共に笑いに耐えていた。

 前々から思っていたが、ルミナスとディランは何故、こうも食べ物が絡むと人が変わるのだろうか。

 作戦を立てながら図書室へ向かう二人の後を追う。


 その会話に自分は加わっていないはずなのに、セレナの心は穏やかだった。

 クスリと笑みを漏らす。すると、ルミナスが振り向いた。


「ほら、早く来なさい。貴女は何が食べたいのかしら?」

「!」


 ルミナスはちょい、と手をこまねいた。


 優しくて、なんだかんだ素直で、周りのことをよく見ている。わざと誰かを一人にすることができない。悪役になりきれない、かわいい人。

 そんな彼女だから、側にいたいのだ。


「今行きます!」


 再び抱き付けば、ルミナスの背骨からポキリという音がした。

これにて、過去編は終了となります。

お読みいただきありがとうございました!

彼女たちにとって、五度目はないので「最後」です。

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