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2番目 眩しすぎる太陽

 十六歳の春、セレナはある学園に入学した。


 そして、今日は入学して約一年経った始業式の日だ。


「今年も頑張ろうね、ハルちゃん!」

「ピィッ!」


 ハルちゃんは楽しげにセレナの周りを飛び回った。一回りした後、そのまま後ろへ飛んでいく。


「セレナ」


 ディランが名前を読んだことと、セレナが後ろを振り向いたのはほぼ同時だった。

 ハルちゃんを自身の指に乗せ、ディランがセレナへと差し出す。


「久しぶりだな」

「はい! 久しぶりですね」


 彼はセレナの光魔法に目をつけ、ある日話しかけてきたのだ。命の危機にさらされていたセレナを助けてくれたこともある。

 以来、こうして会っては挨拶する仲になったのだ。たまに練習にも付き合ってくれる。


「今日の放課後は空いているか? 魔法の効力を確認したい」

「いいですよ。何時からにしましょうか?」

「そうだな。できれば……っ!」


 突然、ディランの目が見開かれた。

 視線の先を追うと、そこには褐色の肌と青い瞳のコントラストが綺麗な青年が立っていた。


「何でここにいるんだ」

「お知り合いですか?」


 尋ねるも、ディランはただ前を睨むのみ。すると、青年が駆け寄り、ディランの肩に腕を回した。


「手紙を出しただろ〜? さてはお前、照れ隠しか!」

「やめろ、離せ、暑苦しい」


 ベリッと音がしそうな勢いでディランは青年の腕を離す。

 ふと、青年の視線がセレナに移された。


「おっ。初めまして、かわいいお嬢さん?」

「えっ?!」


 青年がかしずき、セレナの手の甲にキスをした。思わず手を引く。


「はは、顔が真っ赤ですよ」

「だ、だって……!」


 両頬を手で包むと、自分でもわかるほど熱くなっていた。

 こんな風に、そう、まるでお姫様のように扱われたのは初めてだ。


「からかうな」

「え〜? なんだよ、ディランの婚約者か?」

「俺は誰とも婚約していない」

「じゃあ恋人?」

「違う。そもそも、俺は此奴に恋愛感情を抱いていない」

「へーぇ?」


 青年は笑いつつも、どこか訝しむような目つきでディランを見ていた。


「まっ! そういうことにしといてやるよ」

「おい」


 青年は振り向き、再びセレナの手を取った。思わず体がびくついてしまう。


「オレ、ディランの従兄弟のカイルです。これからよろしくね?」


 パチンッとウインクをされ、またもや顔に熱が集まる。


(でも、どうしてなのかな? 爽やかなはずなのに、ちょっと怖い気がする)


 胸の高鳴りとは別の何かを感じ、セレナは静かに頷いた。



(あれ? ここは……)


 ふと、セレナが目を覚ますと暗い船の中にいた。


(何があったんだっけ?)


 朦朧とする意識の中で思い出す。

 体を起こしてみると、どこか見覚えのある人物が椅子に座っているのが見えた。


「あ、起きた?」

「カイル、様? あっ」


 思い出した。

 カイルと出会って数日後、セレナは彼からカヌレをもらった。ほろ苦くておいしいカヌレを。

 そして、部屋に帰ってきてカヌレを食べた後、急な眠気に襲われたのだ。


「体はどうだ?」

「頭が……」

「わかった。起こしてやってくれ」

「かしこまりました」

「!」


 誰かに体を起こされた。振り解こうとするも、力が上手く入らない。

 ふと視線を向けると、セレナを引き上げたのは執事だった。丁寧な動きでソファまで移動させられる。


「薬の効果が切れたら意味ないからさっそく聞くけど、ディランのことをどう思ってるんだ?」

「友達? 先生?」


 驚いた。意識せずとも言葉が紡がれていく。離したくないのに、勝手に話してしまう。

 セレナの不安と焦りをよそに、カイルは興味深そうにふむ、と言った。


「嘘はついてなさそうだけど、本当にそんな、純粋な理由か?」

「純粋?」

「じゃあ次。どうやって近付いた?」

「ディラン様の方から声を。光魔法を見せてほしいって」

「あー、うん。なるほどな。アイツはなんだかんだいって真面目だもんな。じゃあ最後」


 カイルはセレナに近付いた。


「ディランのこと、好き?」

「友達として好き」

「そうか。うん、そうか」


 こくこくと頷くカイル。

 意識がはっきりしてきたセレナは、ようやく自分の意思で口を開いた。


「あの、どうしてこんな質問をしたんですか?」

「アイツのことが心配だからだよ。端的にいうと、色んなやつに目をつけられるんだ」

「魔法を教えてほしいから?」

「そんな純粋な理由じゃないさ。公爵家の地位が欲しい、見目のいい奴と注目を浴びたい、媚を売って地位を上げたい……色々とな」

「そんな、どうして」


 だから、彼はあんなにも頑なな性格になってしまったのだろうか。

 自分のために他人を利用する。そのことに、なんの罪悪感もないなんて。


「貴族なんてそんなもんさ。お嬢さんだって、いろんな御令嬢にいじめられているだろ?」

「それは、そうですけど……」


 ふと、セレナの頭にルミナスの顔が浮かんだ。入学式の日にぶつかって以来、彼女はほぼ毎日のようにセレナを虐めてくるのだ。

 でも、説明はできないが、何か違和感が感じられて、彼女だけは違うのではないかと思ってしまう。


「だから、お嬢さんくらいは大丈夫でよかったよ。なんだってそこまで頑張るんだ?」

「お、お嬢さん?」


 慣れない呼び方に、再びカイルへと意識を戻す。


「ああ。基本的に貴族の御令嬢たちは全員、そう呼んでいるんだ。地位が高い人は別だけど」

「どうしてですか?」

「んー」


 気まずそうにカイルは頭をかいた。


「だって、いちいち名前なんて覚えてられないからな」


 どういうことだろう。聞いていいものなのか悩んだその時、ピシリと音がした。


「キャア?!」

「うおっ?!」


 突然、船を真っ二つに割る勢いで、巨大な、狼のような魔物が現れた。

 危機一髪、部屋の外へ出る。船の外を見ると水流が渦を巻いていた。


(泳いだら激流に巻き込まれて死んじゃう!)


 なら、魔物を倒すしかない。


 ふとカイルを探すと魔物と戦っていた。水飛沫が辺りに飛び散っている。

 助けようと一歩踏み込んだその時、魔物の鋭い爪がカイルへと振り落とされた。


「カイル様!」


 セレナの発した光魔法が、防壁となってカイルを爪から守る。

 頑丈な防壁は爪を粉々にし、魔物は痛みに後ずさった。


「逃すか!」

「キャウン!!」


 魔物が船から飛び降りるその瞬間、カイルは側に立てかけてあった槍を手に取った。鋭い槍の切先が、魔物の腹を貫通する。

 ボトンッと盛大な音を上げ、魔物は水流に呑み込まれていった。


「う……」


 魔物が沈んでいく様子に呆気に取られていると、誰かの呻き声が聞こえてきた。

 振り向くと、甲板の端でうずくまる執事の姿があった。彼の周りには血溜まりができている。


「大丈夫ですか?!」

「ウグッ」

「まずい。出血が多すぎる」


 駆けてきたカイルが患部を弄ると、執事は苦しげな声を漏らした。

 魔物に腹をかき切られたか、噛みちぎられたか、踏み潰されたか。

 セレナは息を吐き、気を落ち着かせた。


「今助けますから」

「こんな傷をどうやって――嘘だろ?」


 セレナが手をかざすと、柔らかな光が執事を囲んだ。傷ついた組織を修復、複製していく。


 ふぅ、と再びセレナが息をつく頃には執事の顔色は穏やかなものに戻っていた。


「誰かを助けたい。それが、私がここで頑張る理由です」


 カイルは少し目を見開いた後、フッと笑った。まいった、とでも言いたげだ。


「なるほどな。オレは本当に思い違いをしていたらしい」

「カイル様?」


 この時初めて、セレナをちゃんと見てくれたような気がした。


「助けてくれてありがとう。こんなひどいことをして、申し訳なかった」

「えっ!」


 カイルに頭を下げられ、セレナは慌てて顔を上げるよう告げる。


 顔を上げたカイルの表情は、どこか憑き物が落ちたような、穏やかな表情をしていた。



――これが、セレナとカイルの馴れ初めだった。



 夏の日差しのような、眩しくて人を元気にさせるけれど、時にその熱さで焼き殺してしまうような、危険なものを感じさせる人。

 どんな所へも連れて行ってくれそうな、人望豊かな商人。



「貴女最近、調子に乗っているようじゃない?」


 お昼時、食堂へと向かっているとルミナスが声をかけてきた。

 どこかつまらなさそうでツンとした表情は、彼女の基本装備だ。他の表情を見たことがない。

 後ろに控える令嬢たちは、怒りに眉を吊り上げたり、いじわるそうに口角を三日月型にしたりと大忙しなのに。


 調子に乗っている。そう言われても、と思いながら押し黙っていると、令嬢の一人がセレナの腕を捻り上げた。

 ブレスレットの青い宝石がきらりと光る。


「どうやって買ったのよ?」

「カイル様から頂きました」

「ふーん。こんな高価なもの、貴女には一生買えないものね」


 クスクスと令嬢たちが一斉に笑い出す。ルミナスは相変わらず真顔で睨んでくるが。


「ドレスの奥に隠れたネックレスも、アンクレットも、鞄もドレスも全部、カイル様から頂いたのでしょう?」

「まるで乞食ね」

「こじ、こじき?」

「要するに貧乏ってことよ!」


 初めて聞く単語だったから聞き返しただけなのに、何故か怒鳴られてしまった。

 理不尽だと思っていると、ブレスレットを握っていた令嬢が、ネックレスにも手を伸ばした。


「こんな煌びやかなもの、貴女には分不相応なのよ!」

「――やめなさい」

「えっ?」


 ルミナスが令嬢の手に扇子を乗せた。


「器物破損なんて、下らないことをなさるおつもり?」

「彼女は平民です! 問題にはなりませんわ!」

「でも事実は消えないわ」

「しかし」

「しかし?」


 ルミナスから発せられた圧に押され、令嬢は食い下がった。

 混乱する頭で固まっているセレナを一瞥し、ルミナスは踵を返す。


「行くわよ」

「おっ、ルミナス様じゃありませんか」


 気付けば、カイルがルミナスの前に立っていた。


「何かしら?」

「彼女とこの後食事をする予定がありまして」

「そう。通してちょうだい」

「ええもちろん。あ、その前にルミナス様、一つ質問をいいですか?」

「何かしら? 貴方に構っている暇はないのだけれど」

「貿易は上手くいっていますか?」


 カイルの質問に、ルミナスは首を捻った。


「なんの話? 我が家は貿易なんてしていないはずよ。貴方なら知っているでしょう?」

「あぁ! そうでしたね、すみません。勘違いをしていたようです」

「はぁ。失礼するわ」


 馬鹿馬鹿しいとため息を吐き、ルミナスは去って行った。


「カイ――」

「会いたかったよセレナ!」

「か、カイル様! 恥ずかしいです!」


 周りの刺さるような視線を感じ、カイルの胸板を叩く。しかし、彼が離れる様子はない。


「そうやって恥ずかしがる姿もかわいいなぁ〜」

「カイル様!」

「あはは、わかったよ」


 へらっと笑い、カイルはセレナから離れた。しかしすぐに頭を撫で出す。


「ごめんな、助けられなくて」

「先生に呼び出されていたんですよね? 何もされなかったので大丈夫ですよ」


(だってルミナス様が、あ)


「そういえば、どうしてルミナス様に貿易の話をしたんですか?」

「ん? あー」


 カイルは手を止め、どこか居心地が悪そうに視線を外に移した。しかしすぐにセレナへと微笑み、再び頭を撫で出す。


「なんとなくだよ。気にすんな」


 彼の笑顔が「これ以上は踏み込むな」と言っているようで、セレナは心の奥で寂しさを感じた。

 カイルは時々、一線を引いてくる。


(私のことを何度も好きだと言ってくれるけど、なら、どうして話してくれないんだろう?)


 少しだけ、胸がズキリと痛んだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 時が経つのはあっという間で、カイルと出会って一年しか経っていないのに、もう卒業式がやってきた。


「はぁ〜。セレナが卒業するまであと一年かぁ」

「寂しくなりますね」

「まったくだぜ。セレナがこっちに来る日が待ち遠しいよ」


 嫌だと駄々をこねるカイルを抱きとめ、セレナは苦笑した。


 ふと、ルミナスの姿が見えないことに気がつく。

 どこか胸がザワザワし、セレナは辺りを見渡した。そして、ある令嬢たちがルミナスについて話していることに気付く。


「ルミナス様、お家が没落寸前でお帰りになられたみたいよ」

「確か貿易で失敗したのよね?」

「欲を出すからよ。ねぇ?」


(王族の次に高い、公爵家という地位に君臨するルミナス様のお家が、貿易で?)


 ドキリとして、セレナは思わずカイルから離れた。


「どうした? まさか疲れたか?」


 心配そうに見やるカイル。


(なんでだろう……カイル様がちょっと怖い)


 セレナがもう一歩後ずさったその時、辺りに叫び声が響いた。


(あっ)


 振り向くと、何かが見えたような気がした。

 しかし、眩しい光が一瞬にして視界を奪う。背中に痛みを感じた後、セレナは意識を手放した。

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