43話 真実
「何者だ。この本は、神殿は何なんだ」
ディランが恐ろしい形相で本を睨む。
しかし、おちゃらけた調子で文字は綴られていく。
『単刀直入に言おう。君達は物語のキャラクターなんだ。この世界は物語で、私は作者。いわゆる創造主に当たるね』
「そんなことを信じるとでも?」
「俄かに信じがたい話ですね」
ディランとノアはそう一蹴した。
しかし、ルミナスにはどうもこの話が嘘には思えない。
でも、彼の話と、ダンがここに来たことが本当なのだとすれば、この二つに何の関係があるというのだろう。
『信じてもらえなくてもいいよ。どのみちやり直すから』
「!」
「ルミナス様?」
創造主(仮)の言葉に、ピクリと肩が反応する。明らかに動揺してしまったためか、セレナ達が心配そうにこちらを見てきた。
「……本当に、ここは物語の世界なの?」
だとしたら、自分の役目は何なのか。
やり直す。その度に自身は殺されてきたに違いない。
「おい、信じるつもりか?」
「話を聞くだけよ。それに、どのみちここから出てダンを探さないといけない」
「だが……」
ディランと話すうちにも、文字はどんどん増えていく。
『私の世界にも魔法があって、物語の世界を作る魔道具がある日、発売されたんだ。簡単な設定と、あらすじを書くだけで、全てが勝手に動き出す。あとはのんびり観察するだけ。ラストは誰も予想できない。そんな物があったら、ワクワクするだろう?』
「確かに……!」
「セオドア」
「すみません。血が騒いで」
『ああ、そうそう。禁忌に近い魔法だから、始めるためには血が必要なんだ。こう、爪楊枝で指先をちょんっとね』
「爪楊枝?!」
思わずセオドアと顔を見合わせた。彼は信じられないといった様子でメモをとりだした。
確か、オブシディアンでの神話に似たような話が出てきた気がする。まさか、これが真実に近いものだったのは。
『ヒロインはセレナ。ヒーローはここにいる君達四人』
「えっ……」
「なんだと?」
「しかし私達は、少なくとも私は、セレナさんに恋愛感情を抱いていません」
「俺もそうです」
セレナを含む五人が否定する様に顔を顰めたり、不思議そうな表情を浮かべたりしている。
しかし、この発言はルミナスに「ここが物語の世界なのだという」確信を与えた。
だって、今までのループでセレナはその四人と結ばれてきたのだから。
『顔色が悪いね、ルミナス。やっぱり君は気付いているみたいだ』
「気付いている? ルミナス、どういうことだ?」
「ルミナス様……?」
視線が本からルミナスへと移る。胸がドキリと音を立てた。
どう説明すればいい。説明したとて、信じてもらえるのだろうか。いや、信じてもらえたとしても問題がある。
ルミナスがセレナを虐めてきたこと。
それは、どうしようもない事実だ。
「その……私は…………」
『セレナを虐め、場を盛り上げる悪役。いわゆる悪役令嬢というやつだ』
「!」
残酷にも、創造主は待ってくれなかったようだった。胸が、より一層強く締め付けられる。
顔を上げることができない。どんな顔をしたらいいのかわからない。
セレナの顔を見るのが、怖い。
「待て」
低い、怒気を孕んだディランの声が頭の横から聞こえてきた。
「ルミナスはセレナを虐めてなどいない」
「そうです。むしろ助けていましたよ。私達だってそうです」
「俺も世話になりました」
「オレもそうだな。普通に優しい御令嬢だぜ?」
頬から熱いものが伝う。
しかし、それは事実でなくて、事実なのだ。
『そう。それがおかしいんだよ。今まではちゃんとルミナスがセレナを虐めて、みんながセレナのことを好きに』
「――ちゃんと、とは?」
(ひいっ!)
バシンッとディランが本に手を置いた。
彼の眉間に刻まれる皺は深く、眼光はナイフのように鋭い。ディラン以外、全員が肩をびくつかせる。あまりの迫力に顔を上げてしまったではないか。
『基本的に、私達は上から覗き込むことしかできないんだよ。でも、それだけだと迫力に欠ける。だから、あらすじに一工夫を加えたんだ』
「それが俺達の感情とどう関係する」
「!」
そういうことか。ディランがここまで反応した理由がわかった。
「ちゃんと」と言えるということは、彼等の感情や行動の動きに確証を持っているということだ。
ループ時、ルミナスはセレナを見る度に頭がぼーっとした。元からそうではあったが、悪化するのだ。
もし、それが何らかの影響を受けてのことだったら。
『闇属性はこの世界に干渉できる魔法。そう書いたんだ』
「大雑把すぎるな」
『確かにね。でも、だからこそ色んなことができるんだよ』
「しかし、意思疎通の手段に本を使っていることから察するに、お前は魔法が使えないのだろう?」
『だから、設定に媒体も書いておいた。それがハルちゃんだよ』
「ハル……ちゃん?」
『そう。本来の寿命を考慮すると、彼女は君の入学前に亡くなる。その時に僕の目として使えるようになると、設定に書いておいたんだ』
「そんな酷いことを!」
セレナは怒りを露わにした。
しかし、実態がないのではどうすることもできない。ただ悔しそうに唇を噛み、斧をギュッと握っている。
彼女を慰めたくても、罪悪感が邪魔をして、ルミナスは伸ばしかけた手を引っ込めた。
「……ただ見ていただけではないんでしょう?」
「えっ?」
代わりに出てきた声は、自身でも驚くほどに冷たかった。
セレナが顔を上げ、本を見つめる。少し間があり、文字が浮かび始めた。
『うん。魔法を使って出会うきっかけを作ったり、感情を少し操作させてもらったよ。だって、物語はドラマティックな方がいいから』
「俺達を操っていたということか?!」
「恋愛感情も無理矢理……? そんな話、ドラマティックだとは思えません」
「私達にだって意思はあるんです! こんな、こんな――」
『でも君達はキャラクターでしょ』
しんと辺りが静まり返った。
文字からは感情の起伏を感じられない。
彼にとって、私達はキャラクター以外の何者でもない。生きていない、意志のない操り人形のようなものなのだ。
ただ楽しむだけの道具。
『だから、私が最もいいと感じたペアを見つけるまで、満足のいく結末を迎えるまで、何度でもやり直させてもらうよ』
目の前が真っ暗になったような錯覚に陥る。
創造主が相手じゃ、太刀打ちできないじゃないか。
(彼が望むラストが描かれるまで、何度も繰り返すの?)
「どうやって、やり直しを行っている?」
『本当はできないと言われているんだけど、これもシステムの穴をついたんだ』
「またそれか」
『簡単な話だよ』
ごくりと喉が上下した。何故だろう。知ってはいけない、深淵のようなものを感じる。
『物語の機能が不可能になるまで、この世界を破壊させればいいんだ』
「……まさか」
『全てを消すことはできないんだけど、人がほとんど全員いなくなれば、バグが起きて最初からやり直しになる』
思い出したのは、殺されてきた記憶達。
刺され、切られ、切り裂かれ。幾度となく感じてきた痛みが、苦しみが、熱が、再び心を締め上げた。
『でも、バグを起こし過ぎた。その結果、設定通りにいかないことが増えていった。それが君だ、ルミナス』
「私?」
『君の悪役令嬢という設定が、消えた』
頭の中で、ピースが嵌る音がした。
今までは悪役令嬢として動かされてきた。そして、バグによってその役目から解放されたのだ。
偶然起こったこの世界。その幸運を絶対に手放してはならない。
『そのせいで、言うことをきかなくな』
この世界についてより詳細を聞こうとしたその時、文字が途切れた。代わりに奥の扉からガシャガシャと金属音が聞こえてくる。
少しして、再び本から光が発せられる。
『助けられるなら、助けてみればいい。悪役としてしか生きたことのない君にでき――』
ダァンッと大きな破壊音と共に、本の上に斧が振り落とされた。
「セ、セレナさん?」
粉砕された石の粉が舞う中で、セレナがゆっくりと斧を床から引き抜く。
髪の隙間から見えた瞳は、かつてないほど冷淡で。先程の出来事も相まって、その場にいた全員が身を固まらせた。あのディランでさえも、口をぽかんと開けている。
「……ルミナス様」
「は、はい」
「誰が何と言おうと、この世界で見たこと、起きたことが私の全てです。貴女が優しい人であることは、変わりません」
「セレナさん……」
強い意志を感じる目で、セレナはルミナスを真っ直ぐに見つめた。
「…………ありがとう」
「はい!」
救われた心地がする。かつての彼女じゃないとしても、許してもらえたような気がして。
太陽のような笑顔を向けるセレナを見て、頬を綻ばせた。
その時、奥の扉が開いた。誘うように、淡い光が漏れ出している。
一歩踏み出そうとすると、誰かが背中を叩いた。顔を向けるとそこにはディランがいて。
「セレナの言う通りだ。お前はただ、気にせず進めばいい」
「ダンさんを助けるんですよね、なら早く行きましょう」
「武器の準備はできてます。あ、毒もありますよ」
心強い彼等の言葉に、ルミナスはもう一度微笑んだ。次いで自身の両頬を叩く。
「行きましょう」
幸せな未来を掴む覚悟。それは、最後のループが始まった日から決まっている。




