42話 神殿への道は花の香り
ガルムに乗って揺られながら、ふと思い出す。以前は彼と共に、セオドアとノアを助けに行ったか。あの時に着いたのは小さく廃れた教会だったが、今回はどこだろう。
暫く行くと、ガルムが失速し始めた。飛び降りて着いたのは、大きな大きな宗教色の強い建造物の前へと続く道の前だった。
「来たか」
「お久しぶりです、ルミナス様!」
「久しぶりね。そう言うにはちょっと早い気がするけど」
飛びついてきたセレナを受け止め、ディランに挨拶代わりの微笑みを向ける。
「また会えて嬉しいです! 毎日寂しかったんですから」
「それだと学園が始まった時のことが心配だわ。あぁ、でも、忙しくて少しは気が紛れるかも」
「それはないと思います」
セレナはぶんぶんと手を横に振った。彼女の腰に下げられている斧も一緒に揺れる。
道を行きながら、ルミナスはディランの方を向いた。
「それで、どうしてこの先にダンがいると思ったの? 貴方は確か本国に戻っていたはずだけれど」
「実はカイルと共に情報を集めていたんだ。でも、彼奴に関する情報はほとんど出てこなかった。出自はおろか、家族さえもな」
思わず足を止める。
「特別生に選ばれておきながら、それは変だわ」
「ああ。だから、方向を変えて目撃証言に絞ったんだ。すると、舞踏会の夜にたまたまこの辺りを走っていた馬車の御者が、当日深夜に白い髪の男を見たと言ったんだ」
「そんな情報、よく掴めたわね」
「カイルは顔が広いからな」
ディランの顔が少しだけ誇らしげに見えた。なんだかんだ言って、彼のことを気に入ってはいるらしい。素直じゃないだけで。
「カイルはどこにいるの?」
「目的地で待たせている。俺達はルミナスを迎えに来たんだ」
「そうだったのね、ありがとう」
「あっ、ルミナス様お久しぶりですねぇ!」
目的地はすぐそこだったようだ。遠くから予想していたよりも遥かに大きな建築物を見上げる。
念のため数メートルは距離を空けているが、それでもかなり大きい。そして、辺りに生える木々よりも高かった。
「これは……神殿?」
「ええ。そのようですね」
「あら、二人も来たのね」
木々の間からノアとセオドアが出てきた。
流石はノア。神殿に使えるだけある。
「二人には神殿について聞き込みをしてもらっていたんだ。結果は?」
「それが、誰一人として神殿の存在を知らなかったようです。俺も基本的な神殿は書物で全て確認したはずなのですが、これは初めて見ました。ここまで大きい神殿、忘れるはずがないのに不思議です。かなり年季も入っていそうですし」
ノアが神殿を見上げると、セオドアがポケットからメモを取り出した。文字で一面真っ黒だ。
「あと、面白い話を耳にしました。どうやら時折、近隣の町に光が漏れ出ていたようです。住民達は雷だろうと思っていたようですが、方角的に神殿が原因と見ていいでしょう」
「光……怪しいわね」
「あっ。そういえば、皆さんに見ていただきたい物があるんです」
「何かしら?」
「これです」
ノアは鞄からファイルを取り出した。中を開くと、変色した羊皮紙が何枚も重なっていた。
教会に落ちていた、不穏な内容の古いメモが思い起こされる。
「これは各国の教会に落ちていた物です」
「ゴミじゃないか」
「最初はそう思われていたんですが、念のため俺が集めておいたんです。すると、老朽具合がバラバラなのに、思わぬ共通点が見つかって」
『奴らが来る』
『みんないなくなった』
『光の戦士がやってくる』
同じような内容のメモが何枚も、何枚も出てきた。全員の額に汗が滲む。
ルミナスはポケットから例のメモを取り出した。
(奴らが来る。ここももうお終いだ……ノアが出した最初の一枚と内容が被っているわ)
「悪戯にしては数も規模も大き過ぎるわ。内容も不穏だし、只事とは思えない」
「やはりルミナス様もそう思われますか」
「光の戦士も何か気になるわ」
「……俺にも分からない。だが、嫌な予感がする」
このメンバーの中で、最も魔法の才能があるであろうディランが苦し紛れに呟く。
そういえば、先程からセレナがやけに静かだ。
「セレナ?」
視線を向けた彼女の顔は青かった。声をかけられ、はっと頭を上げる。
「あ、すみません。なんだか少し苦しくて」
「なら、今日は帰りましょう」
「同感だ。警備組織に報告した方が」
――刹那、ディランが流れる様に剣を抜いた。
圧倒的な殺気が向けられた先にいたのは、光を放つ鎧だった。
(どういうこと?! 隙間から人肌が見えないなんて!)
丸腰で出て来てしまったため、ルミナスは闇魔法の剣を作り、握った。他のメンバーも次々に武器を構える。
「おかしい。姿が見えるまで気配がなかった」
「貴方が気付かないなんて、よほど腕が立つようね」
「それか、突然現れたか」
「おいおい、後ろも囲まれてるぜ!」
突如置かれた異常な状況に、嫌な汗が背中を伝う。
考えろ、周りをよく見ろ。どうにかして逃げ道を作らなければならない。
(でも、彼等に攻撃が通じるの?)
ジリ、と鎧が歩き始めたその時、何かが彼等を薙ぎ倒した。
――それは、太く、しなやかな、一本のツタだった。
「う、嘘でしょ……?!」
「あれって……!」
ズシリ、ズシリと地響きを起こして現れたのは……
「アモーレ!」
「アモーレ?!?!」
かつてルミナスが生み出した、謎の花だった。
「アモーレ! 会いたかったよ!」
「待つんだノア!」
「大丈夫! あの子はとっても優しいから!」
何が起こったのか理解できずに固まっていると、ノアが一目散に駆け出した。セオドアが慌てて止めに行く。
整理すると、つまり、踊り狂う花アモーレ(ノア命名)が神殿前の鎧達をツタで叩き飛ばしたのだ。
まるで神殿へと導いているように視界が開ける。とはいえ、後ろにはまだまだ鎧達がいる。油断はできな――
「行くぞ」
「えっ?」
突然、ディランがノアに続いて走り出した。
いつも突飛な行動をして驚かせてくるが、思慮深い彼のことだ。何か考えがあるのだろう。動揺しつつも後を追う。
「アモーレ! 助けにき、うっ」
ノアの首根っこを掴み、ディランはそのまま神殿へと駆け込んだ。
「ディラン様! ノアの首が絞まってしまいます!」
「仕方がないだろ。どちみち帰りことはできないんだ。このまま神殿を探索しよう」
「ええっ?!」
皆一斉に驚きの声をあげる。
入り口を過ぎ、重々しい音と振動が伝い、ルミナスは後ろを振り向いた。
「扉が!」
「チッ。誰かが入ると落ちてくる仕組みになっていたか」
「アモーレーー‼︎」
閉じゆく隙間から入り込んできたのは、花の香りをのせた旋風だった。
ゴトン、と大きな音を立て、辺りに暗がりがもたらされる。
火魔法で明かりでも灯そうかとしたその時、壁に嵌め込まれている灯籠達に火が灯った。いや、光の炎が。
光の道がどんどん奥へと広がっていく。
「まるで迷宮だな」
「ええ。メモの手が止まりません」
「二人とも冷静ね」
危機感がなさ過ぎる、とも言えるか。
キツツキの如き速さでメモを取るセオドア。彼の後ろで地に伏しているノアに近付くと、啜り泣く声が聞こえてきた。彼がこんなにも取り乱す姿は初めて見た。
「えぇと、ノア様。立てるかしら?」
「グスッ……すみません、大丈夫です……」
「そ、そう(顔は大丈夫じゃなさそうだけど)」
ノアの顔は赤く、涙に濡れてぐしゃぐしゃになっていた。この短時間でよくそこまで泣けたなと思う。
取り敢えず手を出し、ノアを引き起こす。
「アモーレって名前があったのね」
「はい。文献で見かけた異国の女神の名前なんです。愛の女神だとか」
「豊穣の女神ではないのね」
「それも考えたのですが、ありきたりかと思って、やめました。あの子は情熱的な動きをしますし、愛の女神の名前を借りても差し支えないかと」
「情熱的ね……」
ノアの目にはそう映っていたのか。ルミナスには狂っているようにしか思えなかったが。
とはいえ、先程のアモーレの行動は自身達を助けたように思えた。あの子にも意思があるのかもしれない。
「アモーレ、無事だといいわね」
「はい……グスッ」
(そ、そこまでなのね)
「今は自分達の心配をした方がいい」
ディランが剣を片手に話しかけてきた。
「貴方の言う通りね。これからどうするの?」
「出口は塞がれちゃいましたし」
「そうだな……」
ディランはジッと奥を見据えた。
先程の喧騒が嘘だったかのように、辺りは静寂に包まれていた。鎧もいない。
少しくらい炎の音がしてもいいはずなのに、ただただ静かだった。それが言いようのない不気味さを感じさせる。
「ルミナス。闇魔法で奥を見てみろ」
「奥……あっ」
目元に魔力を集中させると、一枚の頑丈そうな扉が見えた。
「何が見えたんですか?」
「扉よ。行き止まりではないみたいね」
「ああ。となれば、先に進むしかなさそうだ」
扉に着くまで、罠も、鎧も出て来なかった。足音が止まり、紫と黄色の石が嵌め込まれた扉の前に立つ。
(お見合いの日に、こんな体験をするなんてね)
小さくため息を吐く。
すると、隣にディランがやって来た。その瞳には微かな緊張が見える。
「いくぞ」
「ええ――ッ!」
なんと濃い魔力だろう。重い扉に手をかけ、警戒しつつ中へ入ると、部屋は眩しいほどの光で満ちていた。
窓一つない不思議な空間。その中心に石壇が一つ立っている。
前を見据えていると、ディランが隣にしゃがみ込んだ。そしてすぐに立ち上がる。
「罠の気配はないな」
「そんなこともわかるのね」
「ああ。罠からはなんらかの魔力や死臭がするものだが、この部屋を満たす魔力以外は感じられない」
「(死臭……)それなら、建築者と私達以外の人間が来たかどうかも怪しいわね」
「そうだな。ノア。やはり見覚えはないか?」
「ありませんね。ですが、アメトリア王国は最も神聖な国だと聞きます。このような場所があってもおかしくないかと」
「この壁に嵌め込まれている石も、アメトリアの国石です。王家と何か関係があるかもしれません」
それこそ神話のように、とセオドアは付け足した。
「あー駄目だ」
いつのまに見てきたのか、カイルがこちらへと歩いてきた。
「何が駄目なの?」
「奥に扉みたいなもんがあったんですけど、鍵穴がなければ取っ手もない。八方塞がりです」
「そう……あの本にここから出るヒントが隠されているかもしれないわ。とにかく見てみましょう」
「そうですね。ダンさんの痕跡も探、きゃっ!」
石壇へと近付いたその時、眩しい光が本から発せられた。
咄嗟に目を塞いだが、よほど強かったらしく目がチカチカし、体がよろけてしまう。
「今のは……光魔法?」
「目が……目が……」
「ノアしっかり!」
「ルミナス様、私、目が溶けたかもしれません」
「えぇっ?! いや、大丈夫よ。ちょっと充血してるけど、溶けていないわ。見える?」
「まだ痛いけど見えてます……光の防壁魔法をすり抜けてくるとは、思いもしませんでした」
ポロポロと涙を溢すセレナを支える。
彼女の協力な防壁魔法が太刀打ちできないなんて。物理的な光とは思えない。となれば、彼女以上の魔力がこの本には込められていたのだろう。
「おい、これを見てみろ」
「すごい……! 勝手に文字が刻まれていっています!」
「文字が勝手に? どういうこ……!」
「あー……これは、ちょっと」
本を覗き込み、ルミナスは息を呑んだ。
『君たちをここから出す気はない』




