40話 初めての夜は最後の夜 下
ゆったりのんびり、音楽に合わせて揺れ動く。ノアとのダンスは軽やかで、微睡むような心地がする。
「昨年は成り行きで踊ったのよね。わざわざ誘いに来るってことは、何か急ぎの用事でもあるのかしら?」
「はい。研究していた植物の様子を見に行きたくて、そろそろ帰ろうかと。でも、その前にルミナス様とは踊っておきたかったんです」
「本当、相変わらずね」
思わず笑みをこぼすと、ノアは穏やかな微笑みで応えた。
世話になったからとルミナスと踊ろうと思ったあたり、少しは宣言通り成長したようだ。
「……不思議です」
「何が?」
曲が終わる間際、ノアがぽつりと呟いた。
「早く帰りたいはずなのに、ルミナス様とならもう少し踊っていてもいいと、そう思ってしまうんです」
どこかを見ているノアは、ただただ疑問だといった様子で。
ルミナスは彼の成長に嬉しさを感じつつ、どこか気恥ずかしくなっていた。彼の言葉を、ロマンス小説に出てくるような意味に捉えてしまったからだ。
(彼に限ってそんなことないでしょうけど)
「ならよかったわ。ダンスもたまには悪くないでしょう?」
「なるほど……これがダンスを楽しむということですか」
「今までそう感じたことはなかったのね」
「はい。ダンスは義務のようなものだと思っていましたから」
「……まぁ、それも半ば間違いではないわね」
義務ではないが、社交ダンスを学ぶことは、貴族にとって必須事項となっているのだから。
どうせなら楽しめた方がいい。
「楽しみを知ってもらえたみたいでよかったわ」
「そうですね。少しだけ舞踏会も悪くないと思えました」
ノアと手を離し、互いに礼をして別れる。
「ルミナス」
「ディラン?!」
去り行くノアを見送る間も無く、人影からディランが出てきた。予期せぬ方向から腕を引かれ、思わず驚き声をあげてしまう。
「急に出てこないでくれる?」
「約束しただろう?」
「約束……(セオドアと話していたことね)まぁ、そうだったわね」
約束というには少し大袈裟な気もするが。
「そういえば貴方、御令嬢達に狼だなんて言われていたじゃない」
「ルミナスこそ、月の女神と言われていたな」
「聞いていたのね。なら、助けてくれてもよかったのに」
「俺があそこで出てくると、余計に話が盛り上がりそうだったからだ」
「確かにそうね……」
そして余計、囲まれそうである。
「事実と異なるのなら、そんな噂はない方がいい」
「そうね(何故二回も同じようなことを言ったのかしら?)」
頷くと、ディランの手に力が込められた。同意の表れだろう。
(あ、この曲……)
去年の舞踏会で、最後に流れたものだ。
そういえば、王太子もダンもいないなんて、二人ともどうしたのだろうか。
欠席理由の分からない王太子はともかく、ダンは睡眠不足で倒れただけだ。だけと言うのもおかしいが、ここまで長引くのはどうも怪しい。段々と心配になってくる。
「そんなに彼奴のことが気になるのか?」
表情に出てしまっていたらしい。ルミナスは静かに頷いた。
「医務室に運ばれたとなればね」
「そうか」
(それに……あの言葉の意味も気になるわ)
関係が変わっても、態度を変えずにいてくれるかどうか彼は聞いてきた。いったい、どう変わると言うのだろうか。
昨夜のことを思い出していると、ディランにまた腕を引かれた。距離がグッと近付き、思わず身を強張らせる。
「今は俺を見ていてほしい」
諦めたような、どこか切なさを含んだ声で彼は言った。
「そ、そうよね。目の前のパートナー以外のことを考えるなんて、失礼よね」
「…………はぁ」
内心ドキドキしながらも必死に頷くと、ディランは盛大なため息をついてきた。次いで腕を引っ張られ、外へ旋回させられる。
咄嗟にポーズを取ると、辺りから歓声が上がった。
(急に何するのよ?!)
「……」
ディランを睨むも、ツンとした態度で彼はそっぽを向いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結局、ダンは舞踏会に来なかった。
また、帰り際お見舞いにと医務室に寄ったが、もう遅いからと返されてしまった。明日の朝には公爵家へと学園から出て行くため、できれば今日会っておきたかったのだが、残念だ。
トボトボと寮へと戻っていると、セレナがため息をついた。唇をくちばしのように尖らせている。
「私もルミナス様と踊ってみたかったです」
「あら、練習で何度も踊ったでしょう?」
「そうですけど、やっぱり羨ましいです」
「……なら、少しだけ踊ってみる?」
「えっ?」
セレナに手を差し出し、ルミナスは中庭へそっと足を踏み入れた。
夜風がさらりと頬を撫でる。
「明日、会えなくなってしまうかもしれないから」
「それはどういう……」
踊り始めたセレナは、悲しげな顔でルミナスを見上げた。彼女の瞳に映る自身も、同じような顔をしている。
誤魔化すように、ルミナスは目を瞑って微笑んだ。
「会うのが難しくなると言う意味よ。少なくとも、今までみたいに毎日は無理でしょうね」
「……なら、せめて手紙を書きますね! 毎日送ります!」
「束で送られてきそうな勢いね」
「でも、それならお互い寂しくないですよね?」
「!……そうね」
この子は、ルミナスの気持ちにどこまで気付いているのだろうか。
ただ明るいだけの無遠慮な少女に見えて、意外と人のことを見ているのだ。
(このまま夜が明けるまで踊っていれば、もう過去へ戻らずに済むのかしら?)
なんて朧げに考えながら、ルミナスはセレナの手を離した。一通りの動き終わったからだ。
すると、誰かが草原を踏む音がした。
「お二人で夜の舞踏会ですか?」
「オレたちも混ぜてくださいよ」
背後から声をかけてきたのは、セオドアとカイルだった。後ろにはもちろん、ノアとディランが。
「いつからそこにいたのよ?」
「寮へと帰っていたら、たまたまお二人の姿が見えたので、気になって来てみたんです」
「俺はちょうど植物の観察が終わったところで」
「俺達はセオドアと一緒だ」
「野郎と踊るつもりはなかったんですけど、まぁこのメンバーならいいでしょう!」
ささ!とカイルが差し出した手を、ディランが手刀で叩き落とす。
ダンもいれば完璧だったのに。そう思いながらも、六人で秘密の舞踏会が始まる。
「ルミナス様」
カイルと踊っている最中、セレナが声をかけてきた。
「どうして泣いているんですか?」
「今この時が、楽しいからよ」
音楽も、シャンデリアも、観客もいない。
しかし、今まで経験したよりもずっと幸福で、楽しくて、自由だった。このひと時に、永遠を望んでしまいそうなほどに。ループ最後の夜に、このような感情を抱いたのは初めてだった。
その願いが届いたのか、ただの偶然か。
「まさか……」
翌日ルミナスが目を覚ますと、銀世界が窓の外に広がっていた。
目の前に落ちたのは、花びらではなかった。
小さな雪の結晶が、掌に触れてじわりと溶けていく。




