39話 初めての夜は最後の夜 上
「ル、ルミナス様……?!」
思わぬ人物の登場に、いや、ルミナスが着ているドレスに、令嬢達は動揺を隠せずにいた。
リーダーと思しき者が、ある生徒をチラと見た。その生徒はなんと男性で、見るからに顔色が悪い。
(ふぅん……なるほどね)
男子生徒の背は低く、体を曲げればセレナとほぼ変わらないくらいだ。コルセットでウエストをしめ、カツラでも被ればパッと見ただけでは男性とは分かるまい。
ただし、顔が見えなければ、セレナをよく知らない人物であれば、の話だが。
「どうしてここに……」
セレナが小さく呟いた。ルミナスを見つめるその瞳には、うっすらと涙が貯められていて。
「着替えるために戻ったら、手紙が届いていたのよ。早馬で送られてきたようだから、念のため確認していたの」
「手紙?」
「えぇそうよ」
手紙に関しては、嘘ではない。
送られてきたのは、あの『トリスティン』のドレスだった。それも、ショーウィンドウに飾られていた黄色のドレスが。その中に手紙が添えられていたのだ。
貴女なら、きっとお似合いになるでしょう。
そう簡潔に、紫色のインクで綴られていた。ご丁寧に黄薔薇のスタンプまで押して。
「……それで、私のドレスがどうかしたのかしら? 切り裂かれたと聞こえてきたけれど」
「な、なんで……」
一人がポロッと言葉をこぼした。そのまま勘違いだったと言えば、これ以上恥を晒さずに終われたものを。
(いや、そう言ったとしても、謝りはしなかったでしょうね)
「その、私達見たんです。セレナさんがルミナス様の部屋から出てくるところを」
「あぁ、確かに来るよう言ったわね」
「えっ」
「彼女と私がよく関わっていることは知っているでしょう? 光魔法の応用について話すために、ついこの間呼んだのよ。その時のことだと思うわ」
「で、でも夜でした」
「予定が合わなければ、夜になることもあるわ。卒業の準備で忙しかったもの」
ちなみに、これらも全て本当のことである。日程が異なるだけで。
「仮にその方がセレナさんだとしましょう。だとしても、彼女がドレスを切り裂いたかは分からないわよね? ただ私の部屋から出てきて、たまたまハサミを持っていただけかもしれない」
「しかし……」
ここで引くことは、彼女達のプライドが許さないらしい。
「確かに、刃物を持ち歩く姿を見て不安になるのも無理ないわ。でも――」
「そうです! 彼女は学園に相応しくない行いをしていたのです」
「ルミナス様もご存知でしょう?」
「何の遠慮もなく抱きつかれていたではありませんか!」
(話題をすり替えたわね。まぁ、半分くらいは分からなくもないけれど)
しかし、それなら毎回注意をすればいい話だ。卒業パーティーのダンスを中断させ、わざわざ会場の真ん中で非難する必要はない。
とはいえ、ルミナスには彼らを責め立てるつもりはない。セレナを傷つけられたことに憤りを感じはするが、自身だって過去に同じようなことをしたのだから。
中途半端な終わり方でセレナには申し訳ないが、ここは丸め込んで終わらせてもらおう。
「だからこそ、歩み寄る姿勢が必要なのよ」
「えっ?」
ルミナスは令嬢達へと近付いた。諭すような穏やかな微笑みを浮かべる。
「特別生が、貴族のマナーや暗黙のルールに疎いのは仕方のないこと。なら、彼女達に教えて差し上げるのが、私達の役目でしょう? それが、先代国王陛下の意向でもあるのだから」
先代国王。その言葉に令嬢達の肩が揺れた。そう。下手に特別生を非難すれば、その制度を提案した先代国王を非難したことになりかねない。ようやくそのことに気付いたようだ。
チラリとボックスに視線を移すと、現国王陛下は席を外していた。陛下もこの騒動を見ていたとなれば、場の鎮静化はより難しいものになっていただろう。
少しだけ肩の荷が降りたルミナスは、あくまで穏やかに言葉を続けた。
「慣れないことで、注意するタイミングを掴めずにいたのよね?」
「えっ……と」
「でも、もう大丈夫よね。それだけ私とセレナさんの姿を見ていたんだもの」
「!」
「また新しい特別生の方もご入学されます。名残惜しくは感じますが、これからよろしくお願いしますわ」
卒業生代表らしく堂々と、他生徒にも向ける様な、丁寧な口調で述べる。
次いで、ルミナスは令嬢達から外へと視線を移した。生徒達も、来賓達も気まずそうな表情を浮かべていた。
「皆様、お騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした。事実確認は終わりましたので、引き続きお楽しみいただければ幸いです」
無理矢理ではあるが、ペコリとお辞儀をし、オーケストラへと視線を送った。
意図を汲んでくれたらしく、凍てついた空気をほぐす様な、柔らかで穏やかな音楽が流れて始める。
「その……し、失礼いたしますわ」
これ以上噛み付くことはできない。そう悟ったのだろう、令嬢達は気まずそうにルミナスへと礼をした。
「ああ、お待ちになって」
すれ違いざま、指先で主犯格の肩に軽く触れた。
ゆっくりと、低く棘のある声で囁く。
「――私が、本当に気付いていないと思って?」
「えっ……」
バッと耳元に手を当て、令嬢がルミナスから離れた。
既に背中を向けていたルミナスは、顔だけを向けてクスリと微笑む。
「さ、セレナさんも踊りましょう? 気まずく感じるなら、どこかで休憩をしててもいいけど」
「ルミナス様……」
セレナは目元を手でゴシゴシと擦った。そんなことをすれば化粧が落ちてしまう。
しかし、離れた手も顔も綺麗なままだ。
(はっ! まさかセレナさん、口紅しか塗っていないの?!)
化粧品を一式渡しておけばよかったと、今になって後悔する。
「あの、どうして私のことを信じてくださったんですか?」
「分かるに決まっているじゃない。だって……」
「えっ?」
視線を感じ、ルミナスはセレナから少し距離をとった。だからだろうか、悲しげな色が瞳に見えた。
(でも、これは彼女が踊りに戻るいいチャンスだから)
ルミナスの避けた先から、純朴そうな男子生徒がおずおずとやってきた。
「あの……僕と踊っていただけませんか?」
「へっ? あ、えっと」
助けを求めるように顔を向けたセレナに、ルミナスは眉を上げて早く行くよう伝える。
「よ、よろしくお願いします」
「! はい!」
顔をこわばらせつつも嬉しそうに頬を染め、男子生徒はセレナに手を差し出して行ってしまった。
いざこざの後にこうしてセレナを誘うとは、見た目の割に度胸があるではないか。
「私達も踊りましょうか」
「そうね、助かるわ」
セオドアに差し出された手に、ルミナスは自身の手を重ねた。
「もごっ?!」
何かを主張する様に、ディランが横から出てきた。その口にはクッキーの食べかすがついている。この短時間でなぜそこまで。
「ディラン様もルミナス様と踊られたらどうですか? その口元を拭ってから」
「?……あぁ」
ノアから差し出された謎の鏡を見て、ディランは頷いた。植物の汁らしきものの跡が残っていることから、彼の研究道具だということが窺える。
ディランといい、ノアといい、卒業パーティーだろうと関係なし、ということか。まぁなんと我の強いことだろう。
「まさか、こんな形でルミナス様と最初に踊る権利を得ることができるとは、思いもしませんでした」
ふふ、とセオドアは目を細めて言った。その声はどこか愉快そうで。また「意地悪な兄モード」に入っているのかと、ルミナスもクスリと笑みをこぼした。
「待たせちゃったかしら?」
「そうかもしれませんね。昨年は遠慮もありましたから」
「遠慮?」
「はい。出会って半年しか経っていませんでしたから、少し声をかけ辛かったといいますか……」
うーん、とセオドアは小さく唸った。何時もと変わらない困り笑いを浮かべている。
「卒業までに、ルミナス様に出会えてよかったです」
「私も貴方に出会えてよかったわ」
「そう言っていただけて嬉しいです。……そうだ。いつか、私の家に招待してもいいですか?」
「あぁ、旅行の話ね」
確か、七人で各国を紹介、観光するんだったか。友人との旅行は初めてのため、考えただけでワクワクする。
「セオドア様?」
いいわよ、とルミナスが答えようとしたその時、セオドアがクスリと笑った。仕方がないなとでも言うように。
「今のは、ルミナス様お一人をお誘いしたつもりだったんですが」
「えっ? あぁ……そう、だったのね。私ったらてっきり……」
「もちろん、皆さんでも来て下さい。楽しみにしています。では」
「えぇ、また」
曲が終わり、セオドアの手が離れた。すると、誰かがルミナスの前にサッと出てきた。遠くから「あっ」と声がした気がする。
「踊っていただけませんか?」
「あら」
ルミナスの手を取ったのは、ディランではなくノアだった。




