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37話 鍛えられたトラブル耐性

「嘘でしょ……」


 翌朝、クローゼットの前でルミナスは座り込んでいた。

 見つめる先では、ボロボロに切り裂かれたドレスが箱から飛び出し、散乱している。


「誰がこんなことを……」


 端くれを手に取り、ルミナスは呟いた。

 思い起こされるのは、昨夜見た女生徒の姿。


(どうする? 今から店へ電報を打ったところで、間に合うかはわからない。予備のドレスもない)


 時間もない。あと五分以内に部屋を出なければ、遅刻してしまう。それまでの間に解決法を考えねばならない。


「お嬢様」

「入って」


 扉が三度ノックされた。中に入ってきたのはエミリーで、手には宝石の入った箱や化粧道具の数々を抱えている。

 卒業生は、家のメイド、または執事を呼んでいいことになっている。彼等にメイクや支度をしてもらうためだ。


「お久しぶりです、お嬢様。お体は、!」

「久しぶりね、エミリー。貴女は準備をお願いね。私は電報を打ってくるから」

「かしこまりました」


 エミリーに部屋を任せ、ルミナスは教務員室へと向かった。


「きゃっ!」

「そんなに急いでどうしたんだ?」

「顔色が悪いですよ」


 ぶつかったのはディランだった。後ろからセレナも登場する。

 二人とも着替え終えたらしく、ディランは前年より豪華な黒いスーツを着ていた。薄桃色のドレスは、セレナの薄紫色の髪に合っていた。


「あれっ。もしかしてルミナス様、寝坊しちゃったんですか?」

「まさかお前まで寝不足か?」

「いえ、実はドレスが――お前まで? 誰か寝不足なの?」

「あぁ。実は着替える前にダンと会ってな。睡眠不足で倒れたらしい。担架に乗せられて、保健室まで連れて行かれていた」

「私も窓の外からたまたま見えたんですけど、うつ伏せで運ばれてました」

「それは逆に悪化させ、あっ!」

「ルミナス?」

「ごめんなさい、私ちょっと急いでいるの。また会場で会いましょう!」


 教師が二人の奥に見え、ルミナスは走り出した。

 ドレスは恐らく間に合わない。なら、いっそのこと、着なくても変でない状況を作ればいいのだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 卒業式が始まり、ルミナスは壇上に上がった。良くも悪くも視線を感じる。

 それもそのはず。魔導師会で着用したスーツを身に纏っているからだ。少しアレンジを加えており、ブラウスはフィッシュテールである。繊細なフリルがドレスの裾のように、ルミナスの動き合わせてふわりと舞った。

 ただのドレスで出るよりも、度肝を抜くような服を着た方がまだマシだと考えたのだ。


(てっきり非難されるだけかと思ったけど、意外とそうでもなさそうね)


 壇上から見える生徒達の表情は、大きく分けて四つ。一つ目は不思議そうな顔、二つ目は眉を顰め不快感を露わにした顔、三つ目は無関心もしくは眠そうな顔、四つ目は、ルミナスに見惚れている顔。

 できる限りエレガントに美しく、それでいて騎士のようなカッコよさも残るよう、時間ギリギリまでこだわってよかったと思う。

 ルミナスは内心ほっと胸を撫で下ろした。


(でも、これだけじゃ、わざわざドレスを着なかった理由が分からず、変な噂が立ちかねない)


 ここからが肝心なのだ。

 答辞を終え、ルミナスはボックスから会場を見下ろしている国王陛下へと体を向けた。


「陛下、少々お時間を頂いても宜しいでしょうか? 新たな試みがあるのです」


 跪き陛下を見上げれば、面白いとでも言うように口角が微かに上がっていた。陛下は新しい物が好きなので、恐らく許可してもらえるだろう。


「いいだろう」

「ありがとうございます」


 ルミナスは立ち上がり、ある二人を見つめた。


「ノア・ラント、セレナ・フィオーレ。壇上へ上がってください」

「はい!」


 二人の声が会場へ響く。今までにない展開に、生徒達は驚いている。

 開始直前に説明を聞いた二人は、顔をこわばらせながらもルミナスの前に立った。

 一般生徒と特別生両方に、知人がいてよかった。だからこそ、この案を受け入れて貰えたのだ。


「卒業生を代表し、代替えの儀を行わせて頂きます」

「代替えの儀……?」

「なんだそれ……?」


 生徒達の話し声を聞き流し、ルミナスは闇魔法で剣を作った。黒曜石のような剣身がシャンデリアを映し出す。

 初めて見た者がほとんどなのだろう、会場はより大きな響めきに包まれた。


「同じ学舎の仲間として互いを支え合えるよう、学園をより発展させられるよう、切磋琢磨してください。学園は任せました」

「尽力いたします」


 セレナの光の剣とノアの水の剣が、ルミナスの剣へと重なる。

 刹那、それぞれの光が合わさり、光の粒子が会場を駆け巡った。

 即興で考えた代替えの儀は、騎士の誓いを大幅にアレンジしたものである。これならば、騎士らしいとも言えるルミナスの衣装が不自然に思われることはないだろう。

 壇上から降り、ルミナスは再び生徒達、来賓達へと目を向けた。


(よかった。驚いてはいるけれど、悪い印象ではないみたいね)


 閉式の言葉を聞き、ルミナスは立ち上がった。


(取り敢えず、ドレスが届いていないか部屋にもど――)


「ル、ルミナス様!」


 背後から声をかけてきたのは、セレナではなく他の女生徒だった。見覚えはない。振り返って視線を向けると、彼女の後ろにも、こちらを見てくる女生徒が数人見受けられた。

 目の前の女生徒は下を向き、もじもじしている。耳と頬がじんわり赤い。


「何かしら?」

 女生徒は肩をびくりと震わせた。

「あの……とっても素敵でした!」

「へっ」


 女生徒が恥ずかし気にそう叫ぶと、柱の影から他の女生徒達がゾロゾロとやって来た。

 一瞬にして、ルミナスは周りを囲まれてしまったようだ。


「本当にカッコよかったですわ!」

「凛とした美しさがあって、私、見惚れてしまいました」

「お召し物もとっても素敵で……!」


(ちょっ、ちょっと近い! 近いわ!)


 うっとりとした表情で見つめられ、ルミナスは後ずさる。しかし、後ろにも女生徒達がいるため、逃げることは出来ない。


(こんなことになるなんて……!)


 取り敢えずお礼を言いながら、ルミナスはなんとか逃げる方法を考える。気持ちはありがたいが、このまま舞踏会に突入するのは避けたい。

 いや、このまま踊ってもいいのだが、それだと見た目が完全にリードする側だ。何度も迎えているとはいえ、大切な卒業パーティーの舞踏会なのだから、自身が最も満足のいくドレスを着て踊りたい。(そのドレスはクローゼットの中で端切れと化しているが)。

 遠くにセレナ達の姿(頭のみ)が見えたが、変に声をかければ面倒くさいことになりかねない。


(仕方がないわ。ちゃんと応えるしかなさそうね)


 そういえば、王太子は来なかったらしい。ボックスには両陛下だけが座っていた。


(まぁ……私にはあまり関係ないけれど)


 ボックスから視線を戻すと、オーケストラの準備が整ったようで、騒々しかった会場が軽快な音楽に包まれた。


「あ、舞踏会が始まりましたね」

「そうね、そろそろ――」

「ルミナス様は、誰かと踊る約束をされたんですか?」


 一人の質問を受け、女生徒達がきゃあと楽し気な声を上げた。

 好きな小説の、お気に入りのワンシーンを説明する時のような、嬉々とした表情をしているように見える。


「去年の王太子様とのダンスは圧巻でしたわ。ミステリアスで雪のような殿下と、黄薔薇のように美しく可憐なルミナス様。お二人の神秘的な儚さといったら……!」


(し、神秘的?!)


「あら、ヴァールハイト様とのダンスもよかったですわよ。お二人の黒髪は深い夜を思わせて、まるで月の女神と月に吠える狼のようでしたわ。堂々たる凛とした美しさはもう……!」


(月の女神?! 狼?!)


「私はアルティスタ様とのダンスがグッときましたわ。何か囁き合いながら微笑みを交わす姿は、大人の余裕を感じられて、ドキリとしましたわ」

「ノア様とのダンスだって穏やかで、優しくて、ゆったりと……そう、まるで、季節外れの春風に舞い落ちる青葉のようで――」


(ああ……これは延々と続くやつだわ)


 突っ込む気も薄れ、ルミナスはやれやれとため息をついた。

 話はすぐにどのペアがいいかという内容から、どの殿方が素敵かという内容に変わった。舞踏会そっちのけである。

 一つ咳払いをし、意識を戻させる。


「皆さん、ここで話に花を咲かせるのもいいけれど、どうせなら誰かの花になられては? 壁の花がお望みではないでしょう?」


 ルミナスは適当に集団の先に手を向けた。まるで、どうぞ、とでも言う様に。


「ほら、誰かが熱い視線を送っていたわよ」

「えっ?!」


 ルミナスの言葉に、女生徒達が手を差した一点に顔を向ける。そこまでがっついては引かれると思う。


「私は少し予定があるから、先に楽しんでくださいな」

「はい!」


 優美な微笑みを浮かべ、ルミナスは会場から出た。

 ルミナスがわざわざ言わなくとも、既に楽しむ気満々だということが伝わってくる。気分というものは、あっという間に変わってしまうものなのである。


(さて、どうするかしらね……)


 冷えた廊下に、ルミナスの靴音だけが響く。


「お嬢様!」

「あら。どうしたの、エミリー」


 自室に続く角を曲がると、丁度エミリーが駆けてきた。珍しく困惑の色が見える。


「実は、先ほど怪しげな箱が届きました。外から安全性は確認しましたが、予想される内容物が少し……」

「差し出し人は?」


 エミリーはルミナスに耳打ちをした。


「えっ?」


 顔を見合わせて「信じられない」と目線で告げるも、エミリーは頷くだけ。


(……開けてみるしかなさそうね)


 述べられた差し出し人の名前は、いや、言葉は「必要ならお使い下さい」だった。

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