36話 最後の前夜に願う
暖炉が部屋中を暖かく照らし、金縁の窓に降り積もった雪が溶けていく。
対して、ルミナスは氷漬けにされたかのように、固まっていた。
「ど、どうですか?」
「えーっと……」
口を開いたのはセレナで、彼女の見た目がルミナスを固まらせた原因である。主に、彼女が卒業パーティーのために縫ったというドレスが。
目が痛くなるような蛍光イエロー、さざ波の方がマシに思えるほど歪んだボディライン、鞄の奥に隠れていたハンカチのようにグシャグシャの謎の塊。安っぽいスパンコールはアンバランスに散らばっている。
素材の値段はそこまで問題ではない。色、デザイン、裁縫技術がよくないのだ。衣服は基本的に、本人をより魅力的にさせるものだ。パーティーとなれば尚更。服が目立ってどうする。
(光魔法が得意な人は、その技術と引き換えに芸術センスが壊滅……独特になるのかしら?)
頭に手を当て、ルミナスはため息をついた。隣の棚には栞が挟まった本が置かれている。
「や、やっぱり変ですか? あっ、もしかしてお疲れでしたか? クマがひどいです!」
セレナがルミナスの元へ駆けてくる。
「少し待ってちょうだい。その……どこから言えばいいか悩むのよ」
確かに疲れてはいる。卒業パーティー前日まで毎日のように書物を読み、学業の合間を縫って様々な場所に赴いていたからだ。
しかし、先程のため息は紛れもなくドレスに対するもの。
やる気は賞賛に値するが、出来は……よく言えばかわいらしいものではある。指に出来た刺し傷からは、彼女が一生懸命作ったことが伺える。
しかし、このドレスで参加すれば、彼女は間違いなく笑い物にされるだろう。
せっかく魔導師会での一件が功を奏して、セレナの虐めは改善されたというのに。たまに陰険な手紙が届くことはあるそうだが、明らかに減ったらしい。増やすことは避けたい。
(歯に衣着せぬ物言いをすれば、彼女が傷付くかもしれない。でも、気の利いた言い回しが浮かばないわ……嘘をつくのは彼女のためにならないし、どうしたものかしら)
「……セレナさん自身はどう思うのか、先に聞かせてくれる?」
苦し紛れに言葉を捻り出すと、ルミナスに寄り添っていたセレナは体を起こした。
「ルミナス様を表現しきれなかったと思っています……!」
「そうよね、私を……私?」
悔しげに拳を握るセレナを、ルミナスは二度見した。ドレスでルミナスを表現するとは、どういうことだろう。確かに、今年はルミナスが卒業生な訳だが、セレナらしさを無くすことはない。
「これは何に見えますか?」
「これ?」
セレナが指を刺したのは、例の黄色い塊。
「えーっと……まさか、薔薇って言うんじゃないわよね?」
「そのまさかです」
「……黄色い薔薇?」
「そうです」
なるほど。ルミナスが黄薔薇と呼ばれていることから、レースの黄薔薇を作ろうとしたのか。
「名案だと思ったんですけど、技術力が及ばず……」
「なら言ってくれればよかったのに。貴女の分を頼むくらい出来たわ」
「それじゃダメなんです!」
「どうしてよ?」
「想いは自分の力で表現したい派なんです!」
「そ、そうなのね?」
しょんぼりと項垂れていたセレナは顔を上げ、意気込んだ。その勢いにルミナスは圧倒される。
(そこまで卒業パーティーを大切に思ってくれているのね…….)
彼女の熱い思いに、ルミナスは胸を打たれた。しかし、それとこれとは別だ。このドレスの着用を認めるわけにはいかない。
「そのドレスは私が貰ってあげる」
「でも……」
「舞踏会にはこれで行きなさい」
ルミナスは椅子から立ち上がり、クローゼットの扉を開けた。中から取り出したのは、注文していたドレス。つい先日届いたのだ。
「はい」
「えっ……」
箱に結ばれているリボンはドレスの色を表しており、ルミナスが箱を差し出すと、薄桃色のリボンが可憐に揺れた。
再び椅子に座ってセレナの様子を伺う。箱を開けた彼女は、より大きく目を見開いた。
「あの、これは」
「もしもの為に用意しておいたのよ」
「ルミナス様からのお下がりではなく、その……私のために、ですか?」
「えぇそうよ」
胸をドキドキさせながらも、至って平然と答える。セレナは小さく息を零した。
「去年もドレスを頂いたのに、私には何のお礼もできないのに……」
「セレナさん」
ルミナスは腰を上げ、セレナに歩み寄った。
「私の側にいるのなら、これくらいして当然よ」
そっと髪に赤いリボンをかける。
ルミナスから出た言葉は、彼女の望みを反映したものだった。
セレナだけではない。このループで仲良くなったダン、ディラン、セオドア、ノア、カイル、一応王太子も。彼等との記憶や思い出の全てがなくなるなんて、ルミナスだけが覚えているなんて、そんなのは嫌だ。
この約二年、何のヒントも見つけられなかったのだ。こうなれば、神様でも誰でもいい。お願いだから、ループを終わらせてほしい。
(みんなの側にいたい……)
素直に好きだと言えない自分だが、言葉足らずな自分だが、彼等は仲間になってくれた。一緒に遊んでくれた、話してくれた。
彼等がもたらした変化は、リセットするには大き過ぎた。
「ルミナス様?」
顔を上げれば、セレナの顔が歪んでいた。慌てて後ろを向き、顔を拭う。
「その、私に着こなせるかは分かりませんが、頑張ります!」
元気なセレナの声を背に、ルミナスは微笑んだ。一度目を閉じて、セレナへと振り向いた。
「明日の卒業パーティー、楽しみにしているわね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夕方、明日のことを話すべく、ルミナスは教師達に呼び出されていた。卒業生代表として選ばれたからだ。
気付けば夜空が広がっており、帰り際、眺めながら、ふぅと息をこぼす。
ちなみに、オーケストラはセオドアが、飾り付けはノアが選んでくれた。カイルはカーペットや机、食器などを一から買い替えたらしい。どれも海外から取り寄せた一級品なんだとか。それぞれ流石である。
「きゃっ!」
「! すみません。大丈夫ですか?」
どんなパーティーとなるか、不安と寂しさの中で少しの楽しみを感じていると、ダンが曲がり角から現れた。
ぶつかってこけそうになったルミナスを、ダンの腕が支えている。初めて会った日が思い起こされた。
「驚かせてしまいましたね」
「本当よ」
ふざけて軽くひと睨みすると、ダンはまた生意気な微笑みを浮かべた。あの時は紳士的だったのに。
「もう夜よ。何か用事でもあったの?」
「卒業式前だからか、少し眠れなくて。夜風に当たっていたんです」
「そうだったのね。あれから眠れてる?」
「えぇ。前よりかは」
それは恐らく、嘘だ。暗がりで見えにくいが、目に覇気がない気がする。
「ちょうど帰るところだったんです。よければ、寮まで送らせていただけませんか?」
「それはいいけど……」
エスコートが必要な道ではないのに、ダンは手を差し出してきた。彼も少しは別れを惜しんでくれているのだろうか。
ルミナスがそっと手をのせると、ダンは温かく微笑んだ。その表情が本当に幸せそうで、どうしようもない切なさを感じ、ルミナスの胸は締め付けられた。
睡眠不足の話を聞いて以来、ダンと会う日はますます少なくなっていった。こうして目と目を合わせるのは、いつぶりだろうか。
「美しい薔薇には棘がある、なんて言いますが、ルミナス様は違いました」
「え?」
「僕達が初めて会った時を覚えていますか?」
もちろん覚えている。さっきだって、そのことを思い出していたのだから。
「お腹が空いてぼーっとしていたからと言って、顔を真っ赤にさせていましたよね」
「そ、それは!(せっかく忘れていたのに!)」
クスリとダンは笑った。ルミナスの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「僕の、周りからの扱いを知っても、貴女は変わらず接してくれましたね。僕だけじゃなく、多くの人を助けていました」
ダンは立ち止まり、握られたルミナスの手にそっと力を込めた。いつもに増して落ち着いた声色で、どこか懐かしむように言葉を紡いでいく。
「貴女と時を過ごす内に、貴女の優しさ、温かさに触れていきました。それは、棘なんかじゃない」
夜空に透ける白絹の髪が、虹色の光彩を放つ。月光を背に見詰める瞳は、今まで見たどの宝石よりも綺麗で、あの日見たよりも輝いている。
「貴女を知る度、僕は……」
ダンの瞳が寮へと移された。はっとしたルミナスも視線を追う。
薄紫の髪が柱の影へ消えていくのが見え、細腕に握られた何かが一度だけ光った。
「ルミナス様」
悪い予感がし、ルミナスの意識が逸れた。
しかし、名前を呼ばれたことでダンへと視線を戻す。
「えっ……」
刹那、ダンはルミナスの掌に口付けた。
夜風に吹かれ、サラリと揺れた髪から覗く彼の瞳は悲しげで。
「僕との関係が変わってしまっても、貴女は、変わらずに接してくれますか?」
なてズルい質問だろう。
微笑んだかと思うと、次の瞬間にはダンの手は離れてしまった。
待って、と伸ばしたルミナスの手は、既の所で届かなかった。
「明日、またお会いしましょう」
その声は、今にも消えてしまいそうな儚さを孕んでいた。
うっすら白い彼の息が、残雪のように空に留まる。
そして、消えた。




