35話 あなたのため、私のために
「……えっ?」
状況がうまく飲み込めず、ルミナスはただセレナを遠くから見ることしか出来ないでいた。
セレナは流れるような動きで投げ飛ばした後、相手の背後に回り込み、関節技をきめている。
「角度が甘い!」
何故かアドバイスをするディラン。
「はい!」
それに従うセレナ。
「うぅ」
苦しむ荒くれ者。
「そこに隠れてました」
仲間の荒くれ者二名(気絶状態)を連れてくるダン。
(えーっと、とりあえず、セレナを止めようかしら?)
ルミナスはセレナに近付いた。
「セレナさん?」
「ルミナス様!」
「ウッ!」
下から上へと抱きつかれ、メキョッと音が出そうなほどルミナスの体は折れ曲がった。魔導師会に添え木や介抱役と共に参加するのは避けたい。
離すようもがくと、セレナがバッと体を離した。
「どうしてここにいらっしゃったんですか?」
きょとんとした表情でセレナは言った。
「用事があって、町に出ていたのよ。そしたら貴女が攫われかけるものだから。怪我はない?」
「はい!」
「嘘ですね」
荒くれ者達を縛り終えたダンが、セレナの腕を見て言った。図星なのか、セレナは腕を引っ込める。
「セレナさん、見せなさい」
「……」
母親に叱られた幼児のように、しょんぼりとした顔でセレナは手を差し出してきた。彼女の手首が少しだけ赤く腫れている。
「さっき捻ったのね」
「……はい」
「隠さなくてもいいじゃない」
ダンに治療を施されながら、セレナは俯いた。
「だって……」
「だって?」
「……」
言うつもりはないようだ。無理に聞く必要はないが、無茶をしてもらうわけにはいかない。
取り敢えず警備組織に話をしに行こうかと振り向くと、ディランが横を通り過ぎた。
セレナの腕を掴み、袖を捲る。
「えっ」
その腕には、うっすらと傷跡が出来ていた。
「締め上げる際、この部分が当たらないようにしているように見えた。いつだ?」
ディラン達に見つめられ、観念したようにセレナは口を開いた。
「建国祭の日です」
「夜ね?」
「そうです」
あの時の物音の正体は、やはりセレナがこけただけではなかったらしい。
「その日からたまに襲われるんです」
「誰かに相談した?」
「教師の方に……でも、証拠がないみたいで、解決できないと言われました」
「証拠ねぇ……」
そんなはずはない。全身袋で包まれているわけではないし、頭から爪先まで絵の具で塗っているわけでもないのだから。確固たる証拠にはなり得ないが、セレナの目撃証言だってあるだろうに。
特別生として迎えておきながら、この学園での彼らの扱いは特別どころかひどいものだ。
「特別生の待遇について、考える必要があるわね……」
「僕もそう思います」
警備組織へ向かうセレナを真っ直ぐに見据えながら、ダンは静かに賛同した。同じ扱いを受けているはずなのに、彼の瞳は深淵で炎を灯しているように思えた。
それにしても、ルミナスが言えたことじゃないが、どうしてここまでするのだろうか。筆頭となってセレナを虐めていた悪女ルミナスはもういないというのに、ループ前より程度がひどい気がする。
(私達が通りかかって、セレナさん自身が強かったからまだ……そうよ、セレナさんは、というか、特別生は能力が高いのよね)
それなら、と自身の頭に浮かんだアイデアに、ルミナスは頷いた。
根本的でなくとも、一代的な対処はできるかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
白と黒を基調とした、シンプルで厳かな魔導師会の会議室。金の燭台には魔法の蝋燭が立っており、暗めの照明が怪し気な雰囲気を醸し出している。棚に置かれている魔道具や、実験器具の数々はどれも年季がこもっており、教科書には載っていないものも幾つか見受けられた。
目の前の長机には、各属性の魔導師長達が座っている。
「レディ・ルミナス、ロード・ディラン」
「はい」
自身の名を呼ばれ、ルミナスは改めて気を引き締めた。ハッキリと、通る声で返事をする。隣で立つディランからは緊張を感じられない。名を呼んだ、一際ベテランそうな白髪の男性を見ている。
「単刀直入に言いましょう。お二人をお呼びしたのは、魔導師会へ勧誘するためです」
「具体的には、闇属性への参入をお願いしたい」
「魔導師会へ……」
「……」
ディランの表情は変わらない。
ルミナスは勧誘されるのではないかと予想していたが、いざ言われると緊張が走ってしまうようだ。
自身がここでしようと思っていることも、その感情を増加させている。
「毎年、魔導師会は学園から数人、優秀な生徒を引き抜いています。お二人の能力を考えれば二年生の際にお誘いしても良かったのですが、職務が忙しくて断念したのです」
「そうでしたか」
「お返事は卒業してからで構いませんので、是非前向きにご検討頂ければと思います」
「ありがとうございます」
ルミナスとディランは丁寧に礼をした。
「お気持ちは嬉しいです。ですが……」
顔を上げ、ルミナスは前を向いた。魔導師長達の視線が集まる。掌にじわりと汗が出てきたが、表情は崩さない。
「お断りいたします」
威圧的にならぬよう、声のトーンを落とす。
慣れているのか、どうしても誘いたかったわけではないのか、魔導師長達は眉一つ動かさない。
「理由をお聞きしても?」
「私は公爵家の一人娘です。家を支えねばなりません。また、私より適した者がいると思うからです」
「適した者ですか」
「はい」
「その人物の名は?」
ルミナスは小さく息を吐き、彼女の名前を述べた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「少しだけ、ざわついていたな」
「私は私で、あの二人がノーマークだったことに驚きよ」
ルミナスとディランは学園に戻る道中、風に吹かれながら学園まで歩いて帰っていた。馬車を使うほどの距離ではないからだ。
自身より相応しい人物として名を挙げたのは、他でもないセレナだ。闇魔法はできないが、光魔法は大得意なのだから。
わざわざ断らず、推薦するだけでもよかった。しかし、ルミナスにそのつもりはなく、ならあの場で断った方がセレナへの注文を集めることができると思ったのだ。
ちなみに、ディランはダンの名前を挙げていた。しかし、ルミナスのように誘いを断りはしなかった。ただ「ダン・ヒストリアも同じくらい優秀かと思います」と。
「私の意図に気付いていたの?」
「ああ。予想だがな」
「そう」
自身より、または同じくらい優秀な人物として彼らの名前を挙げること。それが、ルミナスの頭に浮かんだアイデアだった。
実際にセレナ達が魔導師会に誘われなくともいい。ルミナスが彼女を推薦したという事実ができれば、噂が出回ればそれでいいのだ。彼女達が魔導師会に入れば更にいいが、それは彼女達の気持ち次第だろう。
「それにしても意外だったわ。貴方は誘いを断らなかったのね。何か理由でもあるのかしら?」
「そうだな……」
てっきり帝国に帰るかと思っていた。魔導師会に入れば、基本的な本拠地はこのアメトリア王国になる。他国に調査しに行くことは多々あるらしいが。
暗くなりつつある秋空から目を逸らし、思案しているディラン。ルミナスは彼を見つめる。すると、彼は表を上げて、黒い瞳に茜色の光を灯した。
「ここに残りたいと思えるような理由が、少しできた」
「あら、そうなの?」
「ああ」
「理由を聞いてもいいかしら?」
「それは――」
冷えた風がディランの前髪を乱した。
自身の一つに束ねた髪が目元にかかり、ルミナスは思わず目を閉じる。
再び目を開けると、ディランがルミナスを見詰めていた。ルミナスの金瞳が移ったように、夜闇に浮かぶ三日月のように。
何かを伝えているようで、どこか察してほしいふうで、ルミナスは小さく息を呑んだ。
どう声を掛ければいいのか分からず、視線に耐えかね、そっと顔を逸らす。
「……そういえば」
沈黙を破ったのはディランだった。
「ダンの名前を述べた時、魔導師長達の様子が変だったな。少し表情が崩れていた」
「あぁ……そうだったわね」
「すぐに出て行ったから理由は聞けなかったが……少し気になるな」
「あら、意外ね。貴方が他人に興味を示すなんて」
「お前の中で俺はどんなイメージなんだ?」
ふむ、と思案していた顔を上げ、ディランはやや不快そうに眉を顰めて言った。
「そうね……甘いものが好きで、猫舌で、絵本が好きな人?」
「子供じゃないか」
「そうね」
ルミナスが同意すると、ディランは眉間に皺を寄せた。自分から言ったくせに、肯定されるのは嫌らしい。
「あと、他人に基本、興味がない」
「俺の興味を引ける人間が少ないだけだ」
「ふぅん。なるほどね」
他人に興味がない、とは少し違うらしい。
再び歩き出したディランの隣を着いて歩く。
恐らく、ルミナスに興味を示したのは、同じ闇魔法使いだからだろう。
(そういえば、セレナに興味を示した理由は何だったのかしら? 光魔法の腕?)
しかし、聞いたとしても、帰ってくるのは今のことで、一回目の話は聞く事ができない。
ディラン達それぞれに、セレナに惹かれた理由があり、セレナが彼等を選んだ理由がある。もし、ルミナスが彼女達の仲間だったなら、その馴れ初めについて聞くことができたのだろうか。いわゆる恋バナというものを、楽しむことができたのだろうか。
ルミナスの心に、今の彼等が消えてしまうことへの恐れが募る。
もし、卒業パーティーの向こう側へ行けたなら。その時は、セレナさん達のことをもっと知りたい。
特別生達に学園生活を平和に送ってもらうためにも、ルミナスが安心して学園を離れられるためにも、今はただ、今日の行動が良い方向へ作用する事を願うだけだ。




