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34話 本人が変われば周りも変わる

 ある昼下がり、ルミナスは鏡の前に立ち、マネキンと化していた。コルセットがギチリと音を立てる。


「お嬢様、お背中はキツくありませんか?」

「えぇ、大丈夫よ。これでお願いね」

「かしこまりました」


 紐が離され、腹部に開放感がもたらされた。元々着ていた服を手にかけ、着直す。

 再度鏡で姿を確認し、ルミナスは試着部屋から出た。


「それでは、来週にはお送りいたします」

「ええ。任せたわよ」

「はい。お嬢様の晴れ舞台ですから、相応しいものに仕上げてみせます」

「期待しているわよ。貴女のドレスは気に入っているの」

「ありがとうございます」


 裁縫師にもう一度別れを告げ、ルミナスは店の扉を開けた。

 すっかり色褪せてしまった景色を見つめる。冷えた風が空いた首元を撫でていった。


(あと約二ヶ月で卒業パーティー……結局、ループを終わらせる方法は見つけられなかったわね)


 今日はドレスの最終確認をするため、お気に入りのドレスブランドに足を運びに来たのだ。最初のループ時にどんなドレスを着たのか、今はもう覚えていない。ただ一つ、確実に言えるのは、サイズが変わったことだ。全てはディラン達との鍛錬のおかげである。


(体も、心も、人間関係も、今までとは全く違う)


 ここまで来れば、この大きな変化が良い結果をもたらしてくれるよう、祈るしかない。残りの二ヶ月も模索し続けるつもりではあるが、望みは薄いだろう。

 しかし、卑屈になって今を疎かにしたくはない。ルミナスは背筋を伸ばし、顔を上げた。


(そういえば、セレナさん、自分でドレスを用意するって言っていたけれど、大丈夫かしら?)


 念のため今年も用意しておいたので、もし大丈夫でなかったとしても対処はできるが。自身がセレナの為に頼んだ、薄桃色のドレスを思い浮かべる。アクセントとして赤い宝石とリボンをつけようかと思ったのだが、自身の赤いドレスとお揃いになるよう意識しているようで、恥ずかしくなって結局やめた。


(でも、今思えば、一緒にいるのは今年で最後なのだから、つけてもよかったかもしれないわね。あった方が可愛いし。今から宝石店に探しに行こうかしら? でも、着てくれるか分からないし……あっ)


 あるショーウィンドウの前で、ルミナスは足を止めた。

 王室専用ドレスブランド『トリスティン』緻密な裁縫技術、流行を捉えつつ、崩し過ぎない品のあるデザインが好評を得ている。使用される素材はどれも一級品で、宝石のカッティングも一粒一粒こだわり抜かれているらしい。令嬢達が一度は着たいと憧れるブランドである。もちろん、ルミナスもその一人だ。

 部位によって濃度の違う、淡い黄色のドレス。ふわりと広がる裾は軽やかで、着れば月にまで舞うことができそうだ。キラキラと輝くのは、宝石だろうか。目視が厳しいほどに小さい。更に金糸も織り込むことで、この世の物とは思えないほど繊細で、可憐な輝きが作り出されていた。


(やっぱり素敵だわ。……やっぱり、セレナさんに持ちかけてみようかしら?)


「ルミナス様?」

「ひゃっ! ダ、ダン?」


 背後から声をかけられ、ルミナスは飛び退いた。振り向くと、パンパンに膨らんだ紙袋を抱えるダンがいた。

 何時もはかなりの至近距離から話しかけられる為、今回はまだマシではある。しかし、驚くことに変わりはない。


「驚かせてしまいすみません。何か悩んでいらっしゃったので、どうしたのかと」

「少しドレスのことで考え事をしていただけよ」

「卒業パーティーのドレスですか」

「ええ。みんなと過ごせるのは今年で最後だから、セレナさんと……」

「セレナさんと?」

「い、いえ。なんでもないわ。気にしないでちょうだい。それより、ダンは何の用事で町に来たのかしら?」


 歩きながら話すと、ダンは一瞬身を固まらせた。聞いてはいけない用事だったのかと、ルミナスは顔色を伺う。

 何時もは隣で歩くのに、今日は少し前を歩いている。たまたまかもしれないが、ルミナスには様子が変に思えた。


「無理して言わなくて大丈夫よ」

「いえ、用事というのはこれです」


 ダンが取り出したのは、香炉だった。チラリと袋の中から香木が見える。


「実は、最近寝付きが良くないんです。色々と忙しくもなったので、きちんと睡眠はとっておきたくて」

「言われてみれば、少しクマができているわね」

「そうですか? 今日はまだ寝れた方なんですけど……失礼しました」


 そう言って、ダンはあくびを噛み殺した。秋口から会う回数が減っていたため、何か無理をしているのではないかと心配になる。


「やはり、睡眠不足はよくありませんね。しかし、ルミナス様もクマができていますよ」

「えっ?」


 ルミナスは慌てて手鏡を出した。化粧で薄くなっているものの、確かに少し青黒い。

 朝に気付かなかったのは、眠くて意識が朦朧としていたからだろう。書物に読み耽り過ぎたようだ。


「ルミナス様こそ、ちゃんと寝れていますか?」


 ダンが心配そうに顔を覗き込んでくる。建国祭での事が頭によぎり、ルミナスは少し顔を横に逸らした。


「だ、大丈夫よ……あ! そういえば、寝る前に目を閉じて、楽しいことを想像したら眠りにつきやすくなると聞いたことがあるわ」

「逆に興奮して眠れなくなりそうですね」


 ダンは苦笑した。言われてみれば、確かにそうかもしれない。

(突っ込むことの方が多かったから、何だか慣れなくて恥ずかしいわ)

 ルミナスの顔に熱が集まる。


「……でも、そうすれば、悪夢を見なくて済むかもしれませんね」

「悪夢?」


 憂いを帯びた瞳で、ダンはため息を溢すように呟いた。ここまで苦しげなダンは初めて見た気がする。


「内容は覚えていないのですが、起きるといつも――」

「おい」


 ダンの声を、ディランの声が掻き消した。二人して顔を向けると、珍しくお菓子を頬張っていないディランが、両手に箱を抱えて立っていた。


「ディラン様、お久しぶりです」

「ああ、先週ぶりだな。ところで何を話していたんだ?」

「ダンの悪夢についてよ」

「悪夢? 図太いお前がそんなものを見るとはな」

「図太いとは初めて言われました」

「言われないだけだろう。セレナといい勝負だ」

「ふふっ。ごほんっ」


 図太くないですー、と唇を尖らせて言うセレナの姿を想像し、ルミナスは思わず笑ってしまった。慌てて平静を取り繕う。


「何かいい方法はないかしら?」

「香炉と想像は出てきました」

「想像?」

「楽しいことを想像してから眠るのよ」


 怪訝な顔をするディランに、簡単に説明してみる。いったい何を思い浮かべたのだろう。


「……腹が減りそうだな」

「ディラン様らしいですね」

「ええ。分かりやすいわ」

「そうか?……あ」

「どうしたの?」

「ガルムに包まれて眠るのはどうだろうか?」


 自信あり気に提案するディラン。ちょっと口角が上がっている。


「うーん。なかなかできない経験ですが、無事に部屋の中で隠し通す自信がないので、遠慮しておきます」

「もふもふしているぞ」

「貴方、本当にもふもふが好きね」

「別に好きではない」


 ルミナスとダンは「はいはい」と呆れ笑いを浮かべて頷いた。ディランは二人の対応が不満なのか、口をややへの字に曲げている。

 そして、思い出すかのように「あ」と呟いた。


「これ」

「何かしら?」


 ディランはルミナスへ箱を差し出した。なかなか重さがあるようで、気を抜いていたルミナスの腕はズシリと沈み込む。


「魔導師会用の服だ。頼んでいただろう?」

「……あぁ!」

「魔導師会って、各属性ごとに部署の別れている、王国直属の魔法分析機関ですよね?」

「ええ。実は先日、そこに呼び出されたのよ」


 約一ヶ月前、手紙が届いたのだ。卒業の準備に向けて忙しかったため、完全に忘れてしまっていた。


「魔導師会では、機能性と組織性を高めるために衣服のデザインが男女同じなのよ。その規則がいつの間にか来訪者のマナーにも影響を与えたようで、呼び出された女性もパンツスタイルで行くみたい」

「それで何故、ディラン様がルミナス様の服を?」

「彼、女性服も扱えるスーツ店の馴染みらしいのよ。だから頼んでみたの。変に失敗するよりいいかと思ってね」

「そうだったんですね。ディラン様がこの国のお店と繋がりがあったとは……演練でよく服を破いているからですか」


 最後の言葉はルミナスの耳には届いたが、ディランには届いていなかったらしい。どこから取り出したのか、ロッククッキーを食べている。やはりお菓子を食べるのか。


「また確認したら教えてくれ。とはいえ、呼び出し日は来週だから、一から直すことはできないが」

「分かったわ。さっそく今日着てみるわね」

「僕も見てみたいです」

「珍しいから気になるわよね。別にい……」

「ルミナス様?」

「ルミナス?」


 箱をディランに預け、ルミナスは走り出した。

 セレナが道の奥で見えたからだ。それも、荒くれ者らしき男性に腕を引っ張られ、嫌がっているセレナが。


「セレッ」


 助けるべく、魔力を手に込めたルミナスは動きを止めた。


「ふんっ!」


 セレナが、その男性を背負い投げたからだ。 

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