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挿話2 いつか

 チュンチュンと鳥の囀りが聞こえる中、ルミナスは優雅なティータイムを過ごしていた。場所は学園の温室。机にはお気に入りのマカロンと、小さな焼き菓子がいくつか。

 氷を使って冷やしたアールグレイが、爽やかに喉を潤した。


「ふぅ」


 ルミナスはグラスをコースターに置いた。机に置かれた手紙にチラリと目をやる。

 そしてもう一口飲もうと、再びグラスを持ち上げた。そんな時だった。


「ルミナス様こんにちは!」

「ゴホッ」

「だっ大丈夫ですか?!」


 音もなく背後からセレナが現れ、ルミナスが紅茶を吹き出しかけたのは。飛ばないよう飲み込もうとしたため、変な場所へ紅茶が流れてしまう。

 バシバシとセレナに背中を叩かれ、もういいとルミナスは必死に頷いた。心配しているからだろうが、彼女の力は強過ぎる。


「げほっ……気配がなかったわ」

「ルミナス様のアドバイス通り、足音を立てずに来たからでしょうか?」

「足音を立てるなとは言っていないわ。走るなと言ったのよ」

「わかりました!」


 ニコーッと笑い、隣の椅子に座るセレナ。

(相変わらず無遠慮ね)

 と思いつつ、ルミナスは微笑みを溢して紅茶をのんだ。

 すると、背後から今度はガサリと木々が揺れる音がした。

 振り返ると、ノアが頭に小枝を挿した状態で茂みから顔を出していた。


「えぇと、ノア? 何をしているのかしら?」

「あっルミナス様。こんにちは。ミミズを集めていました」

「ミッ、ミミズ?!」

「はい。沢山採れました」

 てってれー、とノアが麻袋を掲げた。ルミナスは手で自身の目を隠す。

「やめて、こっちに向けないで」

「ルミナス様はミミズが苦手ですか?」

「……別に、苦手ってわけじゃ……」


 認めるのはちょっと悔しくて、ルミナスは強がってみせた。しかし、いそいそと茂みから出てきたノアが近付き、少し肩を揺らしてしまう。


「ヘビはどうですか?」

「ひっ!」


 首元にヒヤリとした感触がして、ルミナスは慌てて椅子から飛び退いた。


「何するのよ?」

「ふふ。そこまで驚かれるとは」

「……貴方って、時々子供みたいなことをするわよね」


 ルミナスが座っていた椅子の側では、ダンが何やら紐状の物体を持って立っていた。後ろのセオドアと共に生温い笑みを浮かべている。

 それがなんだか嫌で、ルミナスはズカズカと二人に近付いた。

 よく見てみると、首にくっついたものはヘビではなかった。ブヨブヨとした、やけにビカビカしている、素材のわからない物体。先っぽに目らしきものが描かれている。


「……オモチャ?」

「そうです。町で子供から貰いました」

「実は今日、絵本の読み聞かせをしに行っていたんです。学園を出る前にダンに会って、手伝ってもらいました」

「なかなかいい経験でした」

「それはよかったです」


 二人して手を口元に持っていき、クスリと笑った。


「でも、どうしてヘビのオモチャを貰ったの?」

「今日読んだ本の中に、ヘビが悪役として出てくるものがあったんです。そうしたら、可哀想だから仲良くしてあげて、と言われてしまって。どうやら、その子の手作りのようで、一匹だけ貰ってきたんです」

「へぇ……子供がこんなものを」


 ダンが持っているヘビを見つめる。やはり素材はわからない。

 本当は、その子供のように、すべての生き物を怖がらずに接することができたらいいのだが、なかなか難しい。

(小さい頃から、正しい認識で触れ合っていれば変わったのかしら?)


 突然、そのヘビがペトリと顔にくっついた。


「ツッ!」

「わっ!」


 再び後ろに飛び退くと、誰かにぶつかったようだ。顔に手を当て振り向くと、ディランがルミナスを見下ろしていた。声を出したのは隣にいるカイルだろう。


「突然どうしたんだ?」

「ちょっとね……」


 ダンの方を向くも「何かありましたか?」と言いたげな表情で返された。

 ルミナスは内心ため息をつく。


「二人はどうして温室に? 珍しいわよね」

「温室じゃなくて、ルミナス様を探してたんです」

「私を?」

「はい!」


 カイルは鞄から中くらいの箱を取り出した。シンプルな白色の箱を、茶色のレースリボンが飾り立てている。

 受け取った箱の中身は軽い。


「これは?」

「この前のお礼です。警備兵達から聞きましたよ」

「あぁ、なるほどね。別によかったのに」

「二度も助けてもらったんです、そういうわけにはいきませんよ。また渡しに来ますから」

「充分よ。自分がしたいこと、すべきことをしただけだから」

「じゃあ、ここは俺の気を済ますために受け取ってくれません?」

「おい。それだと意味がないだろう?」

「だって本人に受け取る気がないんじゃ、しょうがないだろ?」

「……いいわ。有り難く受け取ってあげる」

「これでいいのか?」

「これで、って?」


 そう聞けば、カイルは茶化すような表情でディランを指差した。


「今回はコイツにプレゼント選びを手伝ってもらったんです」


 お礼にそれはどうなんだろうかと思うが、交流期間の長いディランの方が選定役に相応しいと考えたのかもしれない。

 箱を開けるよう目線で促され、ルミナスは中を見た。


「チョコレートケーキ?」

「ああ。イチゴとラズベリージャムがたっぷり使われている」


 そう言われて思い出したのは、ダンの作ったショートケーキ。映像を振り払い、ルミナスは箱からケーキを取り出した。


「おいしそうね。今からみんなで食べない?」

「いいんですか?」

 渡した本人、カイルが聞く。


「一人で食べるには、ホールケーキは大き過ぎるわ」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「ん〜! おいしいです!」

「フォークを咥えたまま離さないの」


 そう言って、ルミナスもケーキを一口頬張った。どっしりとしたチョコレート生地に、鮮やかな酸味のラズベリージャム。

(もしかしたら、一人でも食べ切れたかもしれないわね)

 ケーキがなくなってしまったお皿を見て、ルミナスはふむと頷いた。


「そういえば、ルミナス様は先程まで何をなさっていたんですか?」

「両親からの手紙を読んでいたのよ」


 ルミナスは手紙を本の下から取り出した。薔薇の形の封蝋がきらりと光る。


「手紙なんて久しぶりで、いったいどんな内容なのかと思ったら、旅行に行ってきたとのことだったわ。これはお土産ね」


 封筒の中から出てきたのは、貝殻やアクアマリンが埋め込まれたチャーム。エグマリヌ公国に行ったらしい。両陛下から誘われたんだとか。

(平和なものよね。両陛下と公爵家夫妻が国から離れても、攻め込まれることも、非難されることもないなんて)

 数ヶ月後に、ルミナスが殺される世界だとは到底思えない。

 紅茶に映る顔を見つめていると、セレナが「旅行……」と呟いた。


「いつか皆さんで行ってみたいです!」

「いいですね。今年の冬休み、もしくは全員が卒業してからにでも行きませんか?」

「えっ?」


 セレナに続くダンの言葉に、ルミナスは少し驚いた。

 卒業後も彼等と関わることなど、ないと思っていたからだ。


「ルミナス様は嫌ですか?」

「嫌ではないわ。けど……」

 どのみちループが終わらないと、それは不可能だ。

「……ううん。楽しそうだと思うわ」

「じゃあ、皆さんの国を訪れるのはどうですか? それぞれの国の景色を、キャンバスに収めてみたいと思っていたんです」

「流石はテオドールね。楽しみにしているわ」

「え?」


 セオドアの反応は、ルミナスが思いもしないものだった。

 あの見事な暁光を描いた彼のことだ。きっとどれも美しく、心を動かすものになるだろうに。


「どうしたの?」

「その……私はテオドールではありません。彼は私の憧れです」


 彼の描いた暁光の絵は、限りなく『暁光の中で芽吹く君へ』の表紙絵に似ていた。しかし、よくよく思い出してみれば、セオドアは、自分がテオドールだとは言っていなかった。

 どうやら、お互い勘違いしていたらしい。


「あら、そうだったのね。勘違いしていたわ。それでも変わらず貴方の絵は好きよ」

「ありがとうございます」


 セオドアは照れ臭そうに頭を掻き、次いで柔らかな微笑みをルミナスに向けた。


「もしかして、セオドア様は絵を描いているんですか?」

「あっ」


 セレナの言葉に、ルミナスとセオドアの声が重なった。

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