33話 実験には失敗がつきもの
「セレナさんとディラン様の機嫌が悪いと思ったら、そんなことがあったんですね。パレードのルートが途中で変更されたり、今日は色々と大変でしたね」
閉演後、ルミナス達はレストランへと移動し、食事をとっていた。
事のあらましを聞き、パンを千切る手を止めてダンは頷く。彼が劇場へ戻って来たのは閉演直後だったため、ルミナスがいなくなったことは知らなかったのだ。
「一つ聞きたいんだが、一人で魔物を逃した訳ではないんだろう?」
「外に出た時、警備兵の方々がいました。誰か協力者でもいたんですか?」
「確かに、時間がかかり過ぎている気がしますね」
「えっ……と」
ディラン、セレナ、ダンがルミナスを見つめる。一つ以上聞かれているではないか。
ルミナス皆に「たまたま会った知人に連れられた場所がオークションで、逃げ出した先で魔物に会って逃した」と説明した。いけると思ったんだが、少し無理があったか。
「その、王――」
「王太子か?」
「王太子殿下に絡まれてたんですか?!」
「ち、違うわよ!」
「では逢引きか」
「私達を置いて殿下と逢引きを?!」
「だから違うわよ! はっ」
いけない。レストランだというのに、つい大きな声を出してしまった。
幸い、テラス席のためこちらを見てくる者は少なかった。
「ルミナス様顔が赤いですよ!」
「やはり逢引きか」
「違うわよ……大きな声を出したから恥ずかしいのよ」
見ないでちょうだい、と顔を手で隠す。何故、王と言っただけで王太子と出てくるのか。そして何故、王太子と協力したと考えないのだ。
(そんなに舞踏会で目立っていたのかしら?)
夢のように自身を空から見上げることはできないため、分からないが。まぁ、王太子自身目立っていたので、セレナ達の記憶に残りやすかったのかもしれない。でも、その日から何ヶ月も経っている。
「まぁまぁ。無事にお二人が戻ってきたんですから、食事を楽しみませんか?」
「エディブルフラワーも美味しいですよ」
「……それもそうだな」
(セオドア様! ノア様! ナイスアシストよ!)
コクリと頷き、ディランはようやくカトラリーに手をやった。そして前菜を食べ始める。
「……味がしないな」
ディランは渋い顔をして、ラベンダーをもしゃもしゃ咀嚼した。
ノアの瞳がギラリと光る。
「ではこちらはどうでしょうか?」
パチンッとノアが指を鳴らした。その途端、店の店員達がズラリとお皿を持ってきた。花が種類別に盛られている。
あっという間に前菜がお花サラダに取り替えられ、ディランは眉間により深く皺を刻ませた。
「これは何だ」
「エディブルフラワーです」
「見ればわかる。何故取り替えた」
「今回メニューに使用する花は紫と黄色にしぼったんですが、念のため他のものも用意しておいたんです。僕が育てたものも幾つかあって、ぜひ食べてみて頂きたかったんです!」
「待て。食べるとは一言も言っていない」
「まぁまぁ。食べず嫌いはよくないと言いますし、食べてみたらいかがです?」
「待て。花を足すな」
「私のもどうぞ」
「いらん!」
ノアとセオドアに花を盛りに盛られ、ディランは苦しそうに花を食べ出した。話しても無駄だと思ったのだろう。
ルミナスはクスリと笑みを漏らし、自身も前菜を食べようと視線をお皿に戻した。
「あらっ?」
前菜の上にはこんもりと花がのせられていた。ほとんど花しか見えない。スノードームならぬフラワードームである。
バッと隣に座るダンを見ると、ニコリと微笑まれた。
「……貴方の仕業かしら?」
「沢山持って来てくださいましたね」
「また逃げる気?」
「またとは?」
無言で見詰めると、ダンは勘弁しましたとばかりにため息をついた。微笑みは絶やさずに。
「なかなか手をつけていらっしゃらなかったので、足りなかったのかと」
「多過ぎよ」
「でも美味しいですよ」
「貴方ねぇ。いくらなんでも……待って。それは本当にお花なの?」
ダンのお皿の上には、紫色の液体に塗れたエディブルフラワーがこんもりとのせられていた。いや、どっしりと。
「はい。お花ですよ?」
「いや、その……質問が悪かったわね。上の液体は何かしら?」
「……ドレッシングをご存知ないのですか?」
「……知ってるわよ」
信じられないと目を見開くダン。そんな訳ないだろう。だとしたら、今まで食べて来た、サラダの上にかかっている液体は何だったんだ。ジュースとでも言うのだろうか。
「これだけの量を食べるなら、ドレッシングがいるかと思って作っていただいたんです」
「あの短時間で?」
そう聞けば、ダンはやや恥ずかしげに頬をかいた。
「僕もいつかメニューを監修してみたくて、少し店主とお話をしたことがあるんです。そのよしみで」
「……そう」
店主はよく許可したものだ。それとも、知人間でのみということで、許容したのだろうか。
「ルミナス様もよければどうぞ。そのままでは味気ないでしょう? 砂糖漬けでもないですし」
ルミナスの隣に店員がやって来た。ドレッシングの入った小瓶を持っている。この店の定員は元メイドか諜報員だったのだろうか。対応が早過ぎる。
「美味しいですよ!」
「セレナさんいつのまに?!」
(そしてまた口の周りが紫色に!)
ルミナスは自身の口元を指差し、セレナを見詰めた。気付いたようで、口元を拭っている。少しずつ行動が改善されて来ているのだと感じ、ルミナスは頬を綻ばせた。
(そのことはいいんだけれど、今はドレッシングをどうするかね……)
「ご迷惑でしたか?」
「えっ」
不安気に見つめてくるダン。彼はよかれと思って作ってくれたのだ。断るのは気が引ける。
「……頂くわ」
そう言った途端、紫色のドレッシングが花の上にかけられた。
よく見れば細かい何かの粒が混ざっており、扇状に広がる紫はもはや芸術といえよう。そう思えば食べる気が出てくる……はずもなく。
(でも、勿体無いわよね)
「!」
「どうですか?」
「……おいしい?」
意外といける。あっさりとしていて、少し苦くて、酸っぱくて。だけど微かにとろみがあって、旨味がある。
信じられなくて、ルミナスはもう一度食べた。
やはり意外と美味しい。何を使っているのか全く分からないのは怖いが。
「(クッキーやケーキといい)……信じられないわ」
「そんなに美味しいですか?」
嬉しそうにダンは微笑んだ。彼の作る料理は、見た目が少し独特なだけで、味は美味しいのかもしれない。
「悪くないわね」
「ああ。悪くない」
「美味しいですよ」
「見た目の割にいけますね」
「見た目の割に?」
気付けばディラン達も食べていた。ノアの感想にダンが小首を傾げた。
「あっ。そういえば、建国祭をイメージしたケーキも考えてみたんです。あとは仕上げだけなので、先に終わらせて来ますね」
「あら、そうだったの?」
「はい。本当はサプライズのつもりだったんですけど、素人の作ったものですし、期待させるのもどうかと思って」
ダンは席を立ち、厨房へと向かって行った。
「あ。そういえば、ゼリーも作ってもらったんですけど、配分を間違えて一人分しかないんです。誰か食べますか?」
「仕方がないから頂こう」
ディランは立ち上がり、ツカツカと厨房へと入って行った。誰もいらないなど言っていないのに「仕方がない」とは。
数秒後、厨房からバタリと人が倒れる音がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
医務室へディランを送り届けた後、ルミナスはセレナと共に寮へと戻っていた。
「まさかあれでお開きになるとは思わなかったわね」
「そうですね。私、びっくりしちゃいました」
「医師も原因が分からないって言うし、ダンは何を入れたのかしらね。……あぁ、もう着いたのね。おやすみなさい」
「はい! おやすみなさい、ルミナス様」
「……セレナさん?」
一向にセレナが扉を開ける感じがなく、ルミナスは振り向いた。セレナは足元を見ている。
「セレナさん?」
「あっ。おやすみなさい、ルミナス様」
「それ、さっきも言ったわよ」
「へへ。では」
セレナは勢いよく扉を開けると、さっさと中へ入ってしまった。
(何だったのかしら……ん?)
廊下の先で、何かが動いたような気がした。静かに近寄り、顔を出してみる。
(……誰もいない)
気のせいだろうか。
ルミナスは自室へ向かうため、階段の手すりに手をかけた。と、その時、ガンッと重いものが何かにぶつかる音が聞こえて来た。
セレナの部屋からだ。
「セレナさん?」
慌てて戻り、扉を叩く。少しガタガタと音が中から聞こえて来たかと思うと、扉がゆっくりと開けられた。
「どうしましたか?」
半分も開けられていない扉の隙間から顔を出し、セレナはきょとんとした表情で尋ねた。
「中で何かあった?」
「あぁ!」
セレナはポンと手を叩いた。
「実は、床に落ちていた紙を踏んでしまって、こけちゃったんです」
「そうなの?」
「はい。その拍子に物が落ちて来てしまって……とても見せられる状態じゃないんです」
「そう。怪我をしていないのならいいのよ」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「ええ。おやすみなさい」
目の前で扉が閉められる。
振り返りざま聞こえて来たのは、風が部屋の中へ吹き込む音だった。




