30話 秘密の地下へ
ルミナスは自身の入場チケットをしまい、会場から走り出た。
男性が消えた壁に身を寄せ、チラリと顔を出す。その先には、廃墟同然の宿屋が。
――魔物オークション
それが、あの宿屋の地下で行われているはずだ。この建国祭という祝福すべき日に、盛り上がりの影に隠れて。
カイルの船で起こった魔物密輸事件。事件の魔物はすべて、このオークションの商品だ。
彼は解決したと言っていたが、そんなことはなかったようだ。解決しきれていれば、このオークションが開かれることはない。「数多くの貴族や商人達が検挙された」という内容の新聞が飛び交っていただろう。
オークションは失敗する。商品の魔物が檻を破壊し逃げ出すのだ。そして、魔物はパレードの列へ突っ込み、大事故を起こすのだ。
(どうして今思い出すのよ……!)
もっと早く思い出していれば、警備隊に相談するなり、権力を使って捜査するなりできたのに。
「ルミナス様?」
「!」
見知らぬ声がし、ルミナスは平静を装って振り返った。
「あら、ゴルト卿」
でっぷりと肥え太った丸いお腹、悪趣味な大ぶりリングに、艶のない革靴。子爵にしては金回りがいいのは、違法オークションの類で資金を得たからだろう。
優美に微笑めば、彼はにんまりと笑みを深めた。下から上まで舐め回すような視線に鳥肌が立つ。
「いやぁ〜学園に入学される前にお会いしましたが、よりいっそう美しさを増されましたねぇ」
「ありがとうございますわ」
「確か、お見合いのお誘いがひっきりなしなんだとか! 流石は黄薔薇様ですなぁ! 近寄り難いほどに美しい。私が公爵家で、かつ既婚者でなければ求婚していましたよ。めぼしい方はいらっしゃいましたか?」
「……」
(何故かしら。褒められているはずなのに、馬鹿にされている気がするわね)
さっさと話を切り上げよう。
「貴方も参加されるのでしょう?」
「おお! そうでした、そうでした。ささっ、行きましょうか」
「……」
何の許可もなしに、子爵の手が腰に回った。もはや掴んでいる。その手を捻り上げてしまいたい。
(目上の者に対する不敬で訴えてやろうかしら)
公爵家は清廉潔白。だがそれは今の話、表の話。多少のことを揉み消す権力は健在だ。使う必要がないだけで。
「招待状はお持ちですか?」
「ほら」
ルミナスが苛立ちを抑えていると、酒場の奥に控える店子が声をかけてきた。子爵は金の羽ペンを差し出す。闇オークションは基本的に素性を隠して行われる。羽ペンなら怪しまれずに持ち歩けるだろう。
(ペン先部分にトリカブトの刻印……アメトリア王国の貴族ではないわね)
「お嬢様?」
「如何なさいました?」
ゴルト子爵はわざと名前を呼ばなかったのだろう。
オークションは、もう既に始まっているのだ。
「招待状はこの指輪よ。ビオスソニオ公爵家に伝わるこの指輪」
ただの指輪を二人の眼前に出し、ルミナスはあくまで堂々と言い放った。
「なっ?!」
「持っていないということですか?」
「ええそうよ。王家に忠誠を誓うと言われる公爵家に、招待状がくるはずがないじゃない。今日参加したある集まりで、オークションのことを耳にしたのよ」
「招待状がなければ、ここを通すことはできません」
「家柄を明かした私を追い返す気? 何の収穫も与えず、警備兵が見回りをしている町へ帰すのかしら?」
含みのある言葉に、含みのある笑み。タラリと店子の額に汗が滲む。
「支配人にはもちろん挨拶をするわ。必要とあらば、私が壁を壊して侵入したと主張してもいい」
自身の闇魔法の腕は、生徒達を通して学園外に漏れているはずだ。
「……わかりました」
「話がわかる人でよかったわ。さっ、行きましょう?」
ディランから貰った黄薔薇の仮面が、ここで役に立つとは。仮面を装着し、ルミナスは(嫌々ながら)子爵の腕を引いた。
「あ、ああ」
(……欲に弱いのね)
ルミナスの発言に驚き離れた彼の手は、長い階段を降りる頃には腰に戻っていた。
子爵のボタンを闇魔法で切り取り、そっと自身の服の隙間へ忍ばせる。どうせなら、この場にいる者達の身元を、出来るだけ明かしておきたい。証拠を掴み、警備組織へ差し出すのだ。
(どうにかして途中で抜けて、魔物達が置かれている場所へ行かないと)
でないと、第一の目的である、魔物パレード突撃事件の阻止ができない。
それまでは、ただバイヤーとしてやって来た無知な令嬢のフリをしておこう。
「入り口からは想像できないほどの広さね。これなら逃げ道も安心だわ」
「大規模なオークションですから、そこら辺もしっかりしているんですよ。なんでも、出口は東西南北合わせて八つもあるんだとか。お嬢様は初めてですかな?」
「どうかしらね」
中は劇場のようになっていた。座席に座り、横から向けられる不快な視線に耐える。
暫くするとオークションが始まったようで、支配人が登場した。鞭を強弁のように持ち、誇らしげに魔物の説明をしている。狭い檻に入れられ、震える魔物を嬉々とした表情で値踏みをし、次々と札を上げていくバイヤー達。
「(悪趣味ね)喉が渇いたから、少し休んでくるわ」
「おやおや。大丈夫ですかな?」
立ち上がると、支えるフリをして、彼の手が胸元に伸びてきた。鍛えられた体幹を駆使し、最小の動作で避ける。
「しばらくしたら戻りますわ」
有無を言わさぬ笑顔を向ける。しかし、これだけだと怪しまれかねない。
「ガルムがいたら買っておいてくださる? 私、彼等を手懐けるのが好きなのよ」
「彼等を手懐けていらっしゃるんで?」
「これ以上は公爵家の人間にならないと話せないわ」
魔物に興味を示す言葉、微かに欲を刺激する言葉を残し、会場を後にする。あれだけの言葉と微笑みで、惚気たような表情をされるとは。随分となめられたものだ。
「つっ!」
暫く歩き、ルミナスは頭を押さえた。
毎日のように闇魔法を使っているからだろうか、先程から魔物達の声や感情が頭に反響し、頭が内部から割れるように痛い。
しかし、今はちょうどいい。この声が大きくなる方向へ進めば、魔物達が入れられている倉庫へ辿り着くことができるだろうから。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、お気遣いなく」
背後から誰かが声をかけてきた。背筋を伸ばし、笑顔で振り返る。
手を差し伸べてきたのは、ライオンの仮面を付け、黒のタキシードに身を包む男性だった。
「顔色がよくありませんよ。休憩室でお休みになられては?」
「慣れていますから大丈夫です。お気遣いありがとうございますわ」
(初めて聞く声ね……彼も他国の貴族かしら)
「無理はいけませんよ。休憩室はすぐそこですから、早く行きましょう」
休憩室の場所を知っているということは、この地下劇場に通い慣れているか、関係者かのどちらかだろう。
「けっこうで――離してくださる?」
手首を強く握られ、ギリギリと音が鳴った。仮面越しでもわかるほど、男性は怒りを露わにしている。
「下手に出てやりゃいい気になりやがって」
そのまま部屋へと力付くで引っ張ろうとしてきた。ルミナスはいたって冷静に対処法を考える。
(魔法で怯ませる? それとも、傷が付かないよう闇魔法で締め上げる?)
「ああ。ここにいたのか」
「!」
突然、横道から何者かが現れた。
優しくて甘さを孕む声。照明灯の光を透かす白亜の髪。黒兎の仮面から覗く紫黄の瞳。
(王太子殿下?! 何故ここにいるの?!)
王太子はルミナスの腰を抱いた。男性も驚いたらしく、彼に睨まれあっさりと手を離す。
「私の妻に何か用ですか?」
(私の妻?!)
「あぁ、貧血の彼女を支えてくれたのですね」
王太子は、先ほどまで腕を掴んでいた男性の手を一瞥した。
「え、えぇと」
「違うと?」
耳元で低く冷たい声が聞こえる。黒いスーツから覗く、白いフリルが腰元で揺れた。
「そ、そうです! 旦那様が来てくださってよかったですね! 失礼します!」
男性はそそくさと会場へ走り去っていった。
「手首は大丈夫ですか?」
「え、えぇ。大丈夫ですわ。助けて下さり、ありがとうございます」
「よかったです」
「殿下は何故こちらに?」
「何故私が殿下だと?」
「……」
そうだった。ここでは素性を隠しているのだった。
助けた女性がルミナスだということに、王太子は気付いていないらしい。
「ふふ。冗談ですよ」
王太子は黒手袋をつけた手を口元に持っていき、クスリと笑った。
「じょ、冗談?」
「はい。こんな仮面一つで誤魔化し切れるはずがありませんから。お嬢様なら尚更です」
「そ、そうでしたのね 」
「はい。それにしても、お嬢様は分かりやすいですね。仮面で隠していても、困っているのが伝わってきます」
「はは……」
思わぬ助け舟に気が緩んだからかもしれない。ルミナスは視線を横にずらし、作り笑いを浮かべた。
しかし、助けられたとはいえ、彼が味方かどうかは分からない。王太子が違法行為に手を染めるとは考えにくいが、可能性はゼロではないのだから。
「殿下は、その……オークションに参加をされに?」
黒兎の王子はニコリと微笑んだ。
その意味を問えぬまま、視界がぐらりと傾いた。




