表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/99

30話 秘密の地下へ

 ルミナスは自身の入場チケットをしまい、会場から走り出た。

 男性が消えた壁に身を寄せ、チラリと顔を出す。その先には、廃墟同然の宿屋が。


――魔物オークション


 それが、あの宿屋の地下で行われているはずだ。この建国祭という祝福すべき日に、盛り上がりの影に隠れて。

 カイルの船で起こった魔物密輸事件。事件の魔物はすべて、このオークションの商品だ。

 彼は解決したと言っていたが、そんなことはなかったようだ。解決しきれていれば、このオークションが開かれることはない。「数多くの貴族や商人達が検挙された」という内容の新聞が飛び交っていただろう。


 オークションは失敗する。商品の魔物が檻を破壊し逃げ出すのだ。そして、魔物はパレードの列へ突っ込み、大事故を起こすのだ。


(どうして今思い出すのよ……!)


 もっと早く思い出していれば、警備隊に相談するなり、権力を使って捜査するなりできたのに。


「ルミナス様?」

「!」


 見知らぬ声がし、ルミナスは平静を装って振り返った。


「あら、ゴルト卿」


 でっぷりと肥え太った丸いお腹、悪趣味な大ぶりリングに、艶のない革靴。子爵にしては金回りがいいのは、違法オークションの類で資金を得たからだろう。

 優美に微笑めば、彼はにんまりと笑みを深めた。下から上まで舐め回すような視線に鳥肌が立つ。


「いやぁ〜学園に入学される前にお会いしましたが、よりいっそう美しさを増されましたねぇ」

「ありがとうございますわ」

「確か、お見合いのお誘いがひっきりなしなんだとか! 流石は黄薔薇様ですなぁ! 近寄り難いほどに美しい。私が公爵家で、かつ既婚者でなければ求婚していましたよ。めぼしい方はいらっしゃいましたか?」

「……」


(何故かしら。褒められているはずなのに、馬鹿にされている気がするわね)

 さっさと話を切り上げよう。


「貴方も参加されるのでしょう?」

「おお! そうでした、そうでした。ささっ、行きましょうか」

「……」


 何の許可もなしに、子爵の手が腰に回った。もはや掴んでいる。その手を捻り上げてしまいたい。


(目上の者に対する不敬で訴えてやろうかしら)


 公爵家は清廉潔白。だがそれは今の話、表の話。多少のことを揉み消す権力は健在だ。使う必要がないだけで。


「招待状はお持ちですか?」

「ほら」


 ルミナスが苛立ちを抑えていると、酒場の奥に控える店子が声をかけてきた。子爵は金の羽ペンを差し出す。闇オークションは基本的に素性を隠して行われる。羽ペンなら怪しまれずに持ち歩けるだろう。


(ペン先部分にトリカブトの刻印……アメトリア王国の貴族ではないわね)


「お嬢様?」

「如何なさいました?」


 ゴルト子爵はわざと名前を呼ばなかったのだろう。

 オークションは、もう既に始まっているのだ。


「招待状はこの指輪よ。ビオスソニオ公爵家に伝わるこの指輪」


 ただの指輪を二人の眼前に出し、ルミナスはあくまで堂々と言い放った。


「なっ?!」

「持っていないということですか?」

「ええそうよ。王家に忠誠を誓うと言われる公爵家に、招待状がくるはずがないじゃない。今日参加したある集まりで、オークションのことを耳にしたのよ」

「招待状がなければ、ここを通すことはできません」

「家柄を明かした私を追い返す気? 何の収穫も与えず、警備兵が見回りをしている町へ帰すのかしら?」


 含みのある言葉に、含みのある笑み。タラリと店子の額に汗が滲む。


「支配人にはもちろん挨拶をするわ。必要とあらば、私が壁を壊して侵入したと主張してもいい」


 自身の闇魔法の腕は、生徒達を通して学園外に漏れているはずだ。


「……わかりました」

「話がわかる人でよかったわ。さっ、行きましょう?」


 ディランから貰った黄薔薇の仮面が、ここで役に立つとは。仮面を装着し、ルミナスは(嫌々ながら)子爵の腕を引いた。


「あ、ああ」


(……欲に弱いのね)


 ルミナスの発言に驚き離れた彼の手は、長い階段を降りる頃には腰に戻っていた。

 子爵のボタンを闇魔法で切り取り、そっと自身の服の隙間へ忍ばせる。どうせなら、この場にいる者達の身元を、出来るだけ明かしておきたい。証拠を掴み、警備組織へ差し出すのだ。


(どうにかして途中で抜けて、魔物達が置かれている場所へ行かないと)


 でないと、第一の目的である、魔物パレード突撃事件の阻止ができない。

 それまでは、ただバイヤーとしてやって来た無知な令嬢のフリをしておこう。


「入り口からは想像できないほどの広さね。これなら逃げ道も安心だわ」

「大規模なオークションですから、そこら辺もしっかりしているんですよ。なんでも、出口は東西南北合わせて八つもあるんだとか。お嬢様は初めてですかな?」

「どうかしらね」


 中は劇場のようになっていた。座席に座り、横から向けられる不快な視線に耐える。

 暫くするとオークションが始まったようで、支配人が登場した。鞭を強弁のように持ち、誇らしげに魔物の説明をしている。狭い檻に入れられ、震える魔物を嬉々とした表情で値踏みをし、次々と札を上げていくバイヤー達。


「(悪趣味ね)喉が渇いたから、少し休んでくるわ」

「おやおや。大丈夫ですかな?」


 立ち上がると、支えるフリをして、彼の手が胸元に伸びてきた。鍛えられた体幹を駆使し、最小の動作で避ける。


「しばらくしたら戻りますわ」


 有無を言わさぬ笑顔を向ける。しかし、これだけだと怪しまれかねない。


「ガルムがいたら買っておいてくださる? 私、彼等を手懐けるのが好きなのよ」

「彼等を手懐けていらっしゃるんで?」

「これ以上は公爵家の人間にならないと話せないわ」


 魔物に興味を示す言葉、微かに欲を刺激する言葉を残し、会場を後にする。あれだけの言葉と微笑みで、惚気たような表情をされるとは。随分となめられたものだ。


「つっ!」


 暫く歩き、ルミナスは頭を押さえた。

 毎日のように闇魔法を使っているからだろうか、先程から魔物達の声や感情が頭に反響し、頭が内部から割れるように痛い。

 しかし、今はちょうどいい。この声が大きくなる方向へ進めば、魔物達が入れられている倉庫へ辿り着くことができるだろうから。


「大丈夫ですか?」

「えぇ、お気遣いなく」


 背後から誰かが声をかけてきた。背筋を伸ばし、笑顔で振り返る。

 手を差し伸べてきたのは、ライオンの仮面を付け、黒のタキシードに身を包む男性だった。


「顔色がよくありませんよ。休憩室でお休みになられては?」

「慣れていますから大丈夫です。お気遣いありがとうございますわ」


(初めて聞く声ね……彼も他国の貴族かしら)


「無理はいけませんよ。休憩室はすぐそこですから、早く行きましょう」


 休憩室の場所を知っているということは、この地下劇場に通い慣れているか、関係者かのどちらかだろう。


「けっこうで――離してくださる?」


 手首を強く握られ、ギリギリと音が鳴った。仮面越しでもわかるほど、男性は怒りを露わにしている。


「下手に出てやりゃいい気になりやがって」


 そのまま部屋へと力付くで引っ張ろうとしてきた。ルミナスはいたって冷静に対処法を考える。

(魔法で怯ませる? それとも、傷が付かないよう闇魔法で締め上げる?)


「ああ。ここにいたのか」

「!」


 突然、横道から何者かが現れた。

 優しくて甘さを孕む声。照明灯の光を透かす白亜の髪。黒兎の仮面から覗く紫黄の瞳。


(王太子殿下?! 何故ここにいるの?!)


 王太子はルミナスの腰を抱いた。男性も驚いたらしく、彼に睨まれあっさりと手を離す。


「私の妻に何か用ですか?」

(私の妻?!)

「あぁ、貧血の彼女を支えてくれたのですね」

 王太子は、先ほどまで腕を掴んでいた男性の手を一瞥した。

「え、えぇと」

「違うと?」


 耳元で低く冷たい声が聞こえる。黒いスーツから覗く、白いフリルが腰元で揺れた。


「そ、そうです! 旦那様が来てくださってよかったですね! 失礼します!」


 男性はそそくさと会場へ走り去っていった。


「手首は大丈夫ですか?」

「え、えぇ。大丈夫ですわ。助けて下さり、ありがとうございます」

「よかったです」

「殿下は何故こちらに?」

「何故私が殿下だと?」

「……」


 そうだった。ここでは素性を隠しているのだった。

 助けた女性がルミナスだということに、王太子は気付いていないらしい。


「ふふ。冗談ですよ」

 王太子は黒手袋をつけた手を口元に持っていき、クスリと笑った。

「じょ、冗談?」

「はい。こんな仮面一つで誤魔化し切れるはずがありませんから。お嬢様なら尚更です」

「そ、そうでしたのね 」

「はい。それにしても、お嬢様は分かりやすいですね。仮面で隠していても、困っているのが伝わってきます」

「はは……」


 思わぬ助け舟に気が緩んだからかもしれない。ルミナスは視線を横にずらし、作り笑いを浮かべた。

 しかし、助けられたとはいえ、彼が味方かどうかは分からない。王太子が違法行為に手を染めるとは考えにくいが、可能性はゼロではないのだから。


「殿下は、その……オークションに参加をされに?」


 黒兎の王子はニコリと微笑んだ。

 その意味を問えぬまま、視界がぐらりと傾いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ