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31話 協力と共謀

 電球に紐をつけただけの、ペンダントライトが暗がりで揺れた。ジジ、ジジ、と一定のリズムで点滅している。


「オレ、ここに来てよかったよ。魔物は薬で眠らせてるから安全だし、報酬もたんまり貰える」

「武器を持って立っているだけの、簡単なお仕事だよな」


 一際頑丈な扉を守る雇い兵二人は、親指と小指でコインの形を作り、にんまりと笑い合った。

 刹那、音もなく辺りがフッと暗闇に閉ざされた。


「うわっ。また消えたよ」

「ライトの調子、ここまで悪かったかね? さっきからチカチカと、目が痛くなって仕方がないよ」

「古いし、オレ達みてぇな奴しか来ねえからなぁ。管理人も忘れてるんだろ」

「あー。あの人、意外とケチだからな」

「なー。今度い」


 一人の声がピタリと止んだ。

 ライトの灯りはまだつかない。


「おいおい。脅かそうったって、そうはいか――ウッ?!」


 ドサリと音を立て、男性は崩れ落ちた。

 その頭が落ちたのは、ルミナスの足先。

 闇魔法を解くと、王太子が男性の顔を眺めていた。立ち上がり、ルミナスが抱えていたもう一人を受け取る。


「無理はなさらないで下さいね」

「ありがとうございます。殿下のおかげで幾分か楽になりましたわ」


 王太子にここへ来た理由を聞いた直後、ルミナスは立ちくらみを起こした。彼曰く、闇魔法が体内に残存しているらしかった。今は光魔法で相殺してもらい、ほぼ通常と変わらない状態にまで回復した。

 ゆっくりと二人がかりで男性を壁にもたれさせる。


「それにしても、闇魔法を使ってライトの光を遮断するとは、思いもしませんでした。暗闇から人を襲う勇気を持っていらっしゃることも」

「殿下こそ。睡眠ガスをお持ちとは、思いもしませんでしたわ」

「潜入捜査ですからね。事前に色々と用意したんですよ」

「流石、たまたまこの場所を見つけた私とは違いますわね」

「でもお嬢様のお陰で、暗がりの中で締め上げることができました。協力に感謝します」

「私はただ見ていただけですわ」


 カイルからアメトリア王国へ連絡がいっていたらしい。王太子率いる警備兵が潜入捜査をしに来たのだと、彼は説明してくれた。王子である彼が自ら指揮を取るのは、陛下からの試験を兼ねているらしい。なかなかスパルタである。

 ちなみに、ルミナスの説明はと言うと「たまたま怪しい貴族をみかけ、魔物の鳴き声も聞こえてきたため入ってみたら、魔物のオークションだった。どうにかして解決策はないか考えるために出た時に、殿下に会ったのだ」というものだった。

 その結果、このまま帰すのも危険だからと捜査に協力することになったのだ。無理のない範囲でとは言われたが。


「目覚めない内に括り付けておきましょうか」


 王太子は懐から麻縄を取り出し、慣れた手付きで結びだした。


「よく誰かをお縛りに?」

「練習で縛ったことがあるだけですよ。誰かに攫われる危険性がありますから、念のために。縛り方を知るのと知らないのとでは、抜けやすさが違うんです」

「なるほど……」


(私も練習しておこうかしら)


 それにしても、力の抜けた人間は重いはずなのに、よく軽々と上体を起こせるものだ。このくらいの筋肉をつけたいと、ルミナスは自身の腕を掴んでみる。

 王太子のように人を気絶させる練習もした方がいいかもしれない。教えることのできる者がいるかは分からないが、護身になりそうだ。


「終わりました。ここからは私一人で行きますので、お嬢様は安全な場所へお逃げ下さい。教えていただいた出口に部下達を手配しましたので」

「しかし……」


 少しだけ闇魔法を使うと、扉の奥から苦しげな魔物の声がした。


「ここまで来たのですから、最後までお手伝いさせて下さいませ」

 王太子は諦めたように息を吐き、微かに微笑んだ。

「……わかりました」


 ルミナスは扉を開いた。目や鼻、口が微かにピリつき、咄嗟に風魔法の防壁を身の回りに作り上げる。


「何らかの神経ガスでしょうか」

「そうだと思いますわ。魔物達が息苦しそうにしていますもの」


 同じように風音をさせ、王太子も部屋へと入ってきた。

 辺りを見渡すと、予想した通り魔物達が檻の中に入れられていた。見張りのような者は見当たらない。魔物を壇上へ上げている最中なのだろう。


「これからの作戦は何ですの?」

「魔物の場所は分かりましたから、部下達に会場へ突入して貰います。なので、まずは戻りましょう」

「わかりましたわ」


 出口へと体を向けたその時、また何かの鳴き声が聞こえて来た。どこかで聞いたことのある、縋るような声が。


「お嬢様」

「!」


 突然、王太子がルミナスの口を塞ぎ、物陰へと引っ張った。どこかを見つめる彼の眼差しは真剣で。ルミナスは身を硬くし、同じ方向へと目をやった。

 檻が置かれている方角から現れたのは、シワ一つないスーツに身を包んだ、羽振りの良さそうな男性だった。腰には調教用の鞭が下げられている。青紫の宝石飾りが、薄暗がりでギラリと光った。


「大人しくしない商品はどこです?」

「はっ! こちらです!」

「鎮静剤を打とうとも、電流で怯ませようとも、目が覚めるたびに暴れるんでさぁ」

「電流? 傷はつけていませんよね?」

「は、はい。そこはしっかり」

「しっかりしてくださいよ。価値が下がりますから」

「はい!」

「声が大きい。魔物が目を覚ましたらどうするんです」

「グッ」


 乾いた音が部屋に響いた。男性の側で報告をしていた者が苦悶の表情を浮かべている。

 恐らく、鞭を打った男性は商人だろう。

 逃げる隙を伺っていると、王太子が耳打ちをした。


「彼等は気付いていなさそうですが、いくつかの檻が壊れそうですね」

「そうですわね」


 一部が黒く焦げ、脆くなっている檻が多々見られた。電流の流しすぎだ。


「次に魔物が目を覚ました時、檻が壊れて逃げ出す可能性がありますね。どうするか……」

「……あの」

「どうしました?」


 注意すべき人物として彼の目に映るかもしれないが、仕方がない。このまま逃げ出せば、魔物突撃事件が起こる。

 ルミナスは意を決し、口を開いた。


「……実は私、ある程度魔物とお話をすることができますの」

「それはどういった方法で?」


 ルミナスの言葉に、彼は動揺しなかった。ただ静かに、疑問を口にした。


「感覚で扱っているため、うまく説明はできませんが、闇魔法を使うのです」

「なるほど。それは心強いですね」

「信じて下さるのですか?」

「ええ。私は闇魔法を使うことができないため、その真偽はわかりません。しかし、嘘をついていないことくらいはわかります」


 なぜ嘘をついていないとわかるのか。そのことを聞こうとした瞬間、とてつもない破壊音が耳をつんざいた。

 遠くを見てみると、商人達の前で大きな狼の魔物が唸り声を上げていた。


(カイル様の船に積まれていた魔物だわ……!)


 逃げた後、再び捕まってしまったのか。

 商人達の意識は魔物達に集中している。ルミナスは王太子の腕を引き、立ち上がらせた。


「お嬢様?」

「このまま魔物が逃げれば、パレードに突撃するかもしれません。どうにか沈静化を図りますが、全員は難しいかと」

「この場に残るということですか? 危険です」

「これが、考え得る最大の被害を防ぐ方法ですわ、殿下。それを分かっておきながら何もせずに立ち去るなど、公爵家の者として出来ません」

「ですが……」


 鞭が床を叩く音が響く中、彼はキュッと唇を締めた。


「パレードの路線変更をするよう、伝えて来ます」

「頼みましたわ、殿下」

「その前にこれを。貴女が私の協力者である証明になるでしょう」


 王太子は自身の剣から宝石飾りを取り、手渡した。


「……無茶だけはしないでください」


 ルミナスは部屋の中へ、王太子は会場の外へ。

 入れ替わりざまに視線を感じたが、背中で受け止め歩いて行く。


「う、うわぁぁあ! こっちへ来るな!」

「大人しくしなさい!」


 音のした方へ近付けば、商人達は必死に魔物から逃げ、鞭を振るっていた。檻から不安げに覗く魔物達に微笑みかけ、ルミナスは月下へ歩み出る。


「その子を返してくださる?」

「誰だ貴様!」

「失礼な方ね。私は顧客であり、その子の主人よ」

「主人? どういうことですか?」


 大丈夫、怖くないわ。あの時助けられなくてごめんなさい。そう心の中で語りかけながら、ルミナスは魔物へと近付いた。

 ふわりと首元の毛に触れ、座らせる。


「なっ!」

「あんなに暴れていた魔物が……!」

「……何がお望みで?」

「決まっているでしょう?」


 魔物を腰掛けのように扱い、足を組み見下ろすルミナスの姿を見て、商人は喉を上下させた。

 その姿は、輝く月を誑かす、夜の女神のように見えた。


「私と取引をしましょう?」

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