29話 建国祭に潜むもの
時間の流れは早いもので、あっという間に建国祭がやって来た。
照りつける太陽に勝るほど熱い人々の声で、町は賑わっている。淡い紫色と黄色のワンピースに着替えてルミナスは町を歩く。建国祭が近付くと販売される伝統的衣装で、もちろんセレナとお揃いだ。
「晴れてよかったですね!」
「そうね。露店も楽しみの一つだから」
「お店の人も、町の人も、観光に来ている人も、みんな楽しそうです!」
「カラフルなテントも見ていて創作意欲が湧きます」
「あちこちに飾られている花々も綺麗ね。流石ノアだわ。建国祭の厳格さだけでなく、喜びも伝わってくるわね」
「ありがとうございます」
照れ臭そうにノアは頬をかいた。その顔は建国祭前に見た時より焼けている。
紫、黄、白の三色で統制された花が、シンプルな煉瓦作りの家を華々しく彩る。
飾られている花にそっと触れる。すると、横からドレスと同じ色のドリンクが差し出された。
「ビックリするじゃないの」
ルミナスの言葉を受け、ダンはクスリと笑みを溢した。
「アメトリアドリンクを買って来ましたよ」
「ありがとう。量が多くて大変だったんじゃなくって?」
「ディラン様が手伝ってくださったので、大丈夫でしたよ」
「そういえば、ディランもいな……」
見渡した先にいたのは、お菓子の袋でポケットをパンパンに膨らませ、指の隙間に棒付きドーナツやら、チュロスやらを挟ませているディランだった。口をモグモグとさせながら、セレナ達にドリンクを渡している。縦に連なるドリンクタワーを差し出している、と言ったらいいだろうか。
日陰に移り、その様子をダンと眺める。
「彼、目に映る全てのお菓子を食べようとしてたんです。これでも止めたんですよ」
「よくあんなに入るわね……」
呆れ笑をダンと共に浮かべる。「闇魔法を使って、お腹の中をブラックホール化している」と言われても、信じてしまいそうだ。
(あら美味しい)
久しぶりに飲んだアメトリアドリンクは、相変わらず独特の風味をしているが、悪くなかった。
バタフライピーの柔らかで素朴な味を、レモンの爽やかでフレッシュな酸味が後追いする。グラス淵はスノースタイルで、薄紫色をした花冠のようだ。唇から舌先へとじんわりと甘味が広がっていく。数年前は、この装飾はなかった気がする。年々改良されているらしい。
「美味しいですね」
「そうね。悪くない味だわ」
「もう少しアクセントがあったら最高だと思いません?」
ダンは懐から瓶を取り出した。赤い液体からどぷりと気泡が噴き出している。
「……正気?」
「はい。ルミナス様もいかがですか?」
「結構よ」
「ですよね」
「分かっているのなら聞かないで頂戴」
唇を尖らせ、ダンから少し距離を取る。
「ふふ、すみません。ルミナス様があまりにも分かりやすく嫌がるものですから、つい」
「私に聞いたのは、善意じゃなかったのね?」
「それもありますよ」
笑顔が胡散臭い。訝しげな目線を向けると、ダンはクスリと笑い、ドリンクを飲み始めた。
「貴方って、なかなか度胸が座っているわね」
「まさか」
「!」
ダンの手が伸び、ルミナスは体をビクつかせた。
「ルミナス様だけですよ」
伸ばされた手は耳元へ。微かに触れた部位が熱を帯びる。
「ダン――」
「はい。取れました」
「えっ?」
パッと離れたダンの手には、赤紫色の花が。
「どこかから落ちて来たようですね」
「あ、ありがとう」
「いえいえ」
自然な動きでダンに背を向け、バクバクと鳴る胸を抑えた。
彼は急に近付いてきたり、真剣な表情・声をしてくるため、心臓に悪い。
軽く息を整え、ルミナスは再びドリンクを飲むことにした。
(氷が溶けてきてるわね。この暑さだもの。仕方がないわ)
首筋に浮かぶ汗をハンカチで拭う。
それにしても、このドリンクはこんなに面白いものだったのか。飲むに連れて色合いが変わっていく様は見ていて楽しい。
ドリンクを傾けてみると、レモンとバタフライピーが混ざり、境界線が菫色に変わった。
「このドリンク、ダンの瞳に似ているわよね」
「そうですか?」
「えぇ。前から思っていたのだけれど、貴方の瞳って本当に不思議よね。王族の血縁者がご先祖様にいるのかしら? それか、たまたま?」
ジッとダンの瞳を見つめる。紫色と黄色のグラデーションが波間のように揺れた。
「あの」
「ん?」
「近いです」
「えっ! あっ、ごめんなさい!」
「いえ、珍しいとは昔から言われてきましたから」
「やっぱりそ――」
「アメトリアドーナツはいるか? あとこれは付属品だ」
「きゃっ!」
突然、目の前にドーナツが現れた。差出人はリスディラン。無表情で何かを頬張っている。いや、紫色の兎の仮面を着けているから、ウサギディランだろうか。
(今の、見られていたかしら?)
先程とは別の意味で、ドキドキしながらドーナツを受け取った。付属品と渡された黄薔薇の仮面で、服にしまうと、ダンが日陰から外に出た。
「セレナさんの所にいたのでは?」
「そろそろ移動するらしい」
「今日限定の舞台でしたよね」
「ああ。早く行こう」
「そうですね。行きましょう」
「えっ」
一気に二人から手を差し出される。確かに、人混みの中では手を繋いだ方が安全だ。また、ルミナスは一度、スイーツ巡りで逸れたことがある身。彼らが心配するのも無理はない。
しかし、ドリンクとドーナツで両手が塞がっているので、不可能である。それに、男性二人に手を繋がれて目的地へと導かれるなど、他の貴族に見られたら笑われてしまうだろう。貴女は幼女だったのかと。
「悪いけど、私は大丈夫よ。ちゃんと着いていけるわ」
「人混みに流されないか?」
「変な人について行きませんか?」
「大丈夫よ。こう見えても公爵家の令嬢。年増のいかぬ小娘じゃないんだから」
ルミナスはセレナ達の元へと向かった。セオドアに案内を頼み、会場へと歩いて行く。
開演の二時まであと二十分。十分ほどで着くらしいので、残りは着いてから食べるとしよう。
また、建国祭はパレードが行われ、これも観るつもりだ。演劇を見終わった後、だいたい三時半頃に劇場前の通りへ来るらしい。完璧な堪能プランである。
(ん? また失礼なことを言われたような気がするんだけれど……気のせいかしら?)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「わぁ〜! すごい眺めです!」
「ここからなら、落ち着いて全体を見渡せそうね」
「飾られている花も建築物と調和していて素敵です」
「オリジナルの葡萄ジュースも飲めるらしい」
「もう飲んでますね」
流石はセオドア。着いたのは、夜に開かれる大劇場を除き、最も豪華で設備の整った劇場だった。ここで数々の名作、名場面が生まれてきたらしい。
また、彼が取ったのは二階正面のボックスだった。プライベートな空間なので、リラックスして観覧に集中できるだろう。一階席の前列は迫力があるが、町を歩くことを考えれば、今回は体の負担が少ないこちらの方がいい。
「大変だったでしょう?」
振り向くと、セオドアは恥ずかしげに微笑んだ。
「実は去年予約をしておいたんです。次はいつ来れるか分かりませんから」
「じゃあ楽しまないとね」
「そうですね」
葡萄ジュースの入ったグラスを二人で鳴らす。
セオドアはルミナスと同じ三年生だ。今年で卒業を迎え、本国に戻ってしまう。
(そっか……ループが終わっても、彼等と離れてしまうのね)
今までは、迎えたことのない未来を求め、希望を抱いていた。その意思に変わりはない。しかし、今さら不安を感じるとは。
「おや、開幕のベルが鳴りましたね。そろそろ座りましょうか」
セオドアの声を聞き、舞台に集中するべく頭を振った。
隣に座るセレナが振り向き、肘掛けに両手を添えて身を乗り出してきた。
「楽しみですね、ルミナス様!」
「そうね。始まるから前を向きなさいな」
「わかりました!」
バッと前を向き、左右に揺れるセレナ。
幼な子を見守る親の気持ちが少しわかった気がした。
「クゥーン」
「?!」
「ルミナス様?」
口元を綻ばせたその時、どこかから生き物の声が聞こえてきた。
「今、何か声が聞こえなかった?」
「いえ、特には」
「そう……気のせいかしら」
身を起こし、あたりを見渡すも気配はない。劇場の入り口には見張りがいるため、観客以外が入ることはできないだろう。
(あら? ダンがいないわ)
「ねぇ、ダンはどうしたの?」
「ドリンクを買った店に、何か大切な物を忘れたらしい。取りに戻って行った」
「そうだったのね。せめて中盤には戻れるといいのだけれど……ん?」
暗くて見えにくいが、床に紙切れが落ちていた。
拾ってみると、入場チケットだった。
「チケットがない人はいるかしら?」
尋ねてみるも、みんな持っているようで、返事代わりにチケットを掲げている。ちなみに、カイルは仕事があるようでこの場にはいない。
ということは、これはダンの分だ。再入場にはこのチケットが必要である。
「係の人と話してくるわ。気にせず観ててちょうだい」
「わかりました」
しょぼくれつつも手を振るセレナ。
ルミナスは階段を降り、入り口に立つ係へ事情を説明した。
(あとは戻って待つだけね)
「キャンッ!」
また、生き物の声がした。先程より声が近い気がする。痛々しい声に、心苦しさを感じてしまう。
ふと外を見ると、生き物はいないものの、貴族の男性が見えた。どこかおかしい様子で路地裏へと入っていく。
(やけに辺りを気にしていたわね。さっきの生き物のような、犬のような……ハッ!)
「思い出したわ……今日って……!」
ルミナスの額にじわりと汗が滲んだ。
それは、暑さからくるものではなかった。




